第12話 夢のような時間を
「さぁさぁさぁ、部活後といえばやはりコンビニに限るとは思わないかね?」
「俺ファムチキ~、剣司の奢りな~」
「嫌に決まってるだろ……」
八咲が僕たちの前で小躍りをする。刀哉は購買のアイスをかじりながら自転車を押している。僕は差し込んでくる夕陽に目を細めながら二人の後ろをついていく。
刀哉は冷たいものの後にホットスナックを食べようとしているのか。腹を壊しそうだが、なんか刀哉なら心配するだけ無駄な気がする。
部活の終わった僕たちは、八咲の提案でコンビニへ向かっているところだった。学校を出て数分、一つ信号を渡ったところにファームマートというコンビニが存在する。どうやら牧場で採れた牛乳を売っていることが始まりだとか。
登校してくるときにも思ったが、絶対にこのコンビニはウチの高校の授業やら部活やらが終わった生徒をターゲットにしていると思う。
ホットスナックめちゃめちゃ多いし、中の雑誌や漫画も豊富だ。酒の種類を少なくして、ジュースやスポーツ飲料水で補っている。イートインというコンビニ内で食べるためのテーブルやイスの数も周りのコンビニに比べて多いだろう。
自転車のマークが描かれた地面に駐輪し、軽やかな音楽と共に入店。すると、八咲も刀哉も各々で目的のものに向かって一直線に歩き出した。
僕は別にこれと言ってほしいものはないんだよな。でも手持ち無沙汰で店内をうろつくのも迷惑だろうし、二人のどちらかについていこう。
刀哉は……飲み物か。きっと炭酸系だ。間違いない。長年の付き合いで知っている。
さて、じゃあ八咲は、っと……。そういえば八咲の好きなものってなんだろうか。この芝居じみた喋り方をする少女は果たしてどんなものがお好みなのか、正直なところ気になる。
やはりこう、趣味嗜好も普通とは違うのだろうか。
「ふむ……やはりこれだな」
そう言って手に取ったのは……みたらし団子?
一パック三本入りの、百円程度で買えるようなよく見るアレである。
「八咲……みたらし団子が好きなのか?」
「うむ、そうだとも。毎日食べているぞ」
毎日て。さすがに飽きるだろそれ。
「しかし、コンビニでは百円程度の安物しかないから……ちと物足りないがね」
「そういえば、京都とか和菓子の有名なところだったら高級なやつもあるんだっけ」
「ああ……幼いころ食べたことがある。まさに天に昇る心地だったな……」
そのころの味を思い出しているのか、うっとりとした様子でみたらし団子を見つめる八咲。
「だが、コンビニのみたらし団子も馬鹿にはできない。これはこれで馴染み深い味さ」
「ふーん……んじゃそれでいいんじゃないか?」
「よし、じゃあこれを二パック頼もうか」
「一つじゃないのか」
「君も食べるだろう?」
「え……」
きょとんとした顔で八咲が見てくる。顔小さいから大きな目が一層目立つな……。
「おごりだ。なぁに、遠慮することはない。今日はちょっとした記念だ」
「記念?」
「そうとも。君と仲良くなった記念だ」
そう、なのだろうか。まぁ確かに、以前よりは気軽に話せるけども。
それでも、わざわざこんな風に言ってくるのも独特だなぁ。
「……おや、君と少しだけ距離が近くなった気がしたが、気のせいか?」
僕の沈黙をマイナスな意味で受け取ったのか、八咲が表情を曇らせた。
「え、いやいや、そんなことは……」
自分が悪いことをしたような気分になってしまい、咄嗟に手と首を振って否定する。そしたら八咲の表情が一気に明るくなって「そうか、ならよかった」とこぼした。
ずんずん、と得意げな足取りで八咲はレジへ向かう。
どこか、そんな八咲を
「八咲、知ってた?」
「何かね?」
「みたらし団子って、実は和菓子の中で一番太りやすいらしいよ」
「……乙女に対してよくもそんなことが言えたな君は」
八咲が怒りと羞恥で顔を赤くしながら、踵で僕の足をグリグリと踏み躙ってくる。体重はさほど重くはなかったが、踵が見事に足の甲のツボを穿ち、僕は声にならない悲鳴を漏らす。
しかし、今は八咲を赤面させたことにニヤリとさせてもらおう。
ありがとうございましたーという声を背に、コンビニから外に出る。駐輪しているところにいてはちょっと迷惑になるだろう、コンビニの横のフェンスまで移動し、そこで食べることになった。
「ほら、達桐」
ずい、と僕に押し付けるようにして差し出された一パックのみたらし団子。
「ありがとう」
僕が団子一つを一口で食べるのに対し、八咲は片側から半分だけ食べるように齧る。
できるだけみたらしが団子に付き過ぎないようにしているのは気のせいだろうか。
……さっきの太りやすいって言葉を気にしてるのかな。だとしたらちょっと可愛いな。
だけど、八咲はめちゃめちゃスリムっていうか、少なくとも太ってはいないんだからそんな気にしなくていいと思うんだけど。
「うん、やはり美味いな。いつ食べても飽きない味だ」
「確かに。久しぶりに食べたけど美味しいね」
ふふん、そうだろうと何故か八咲がちんまりとした胸を張る。
横目で流しながらその態度をスルーして、食べることを再開する。
「沙耶、また団子か。ホント好きだよなそれ」
刀哉がファムチキを齧りながらコンビニから出てきた。
「なんだね、文句でもあるのかい? これが私の健康の秘訣なんだよ」
「ははは……」
そんな秘訣があってたまるか。苦笑いしか出ない。
刀哉も「ンなワケあるか!」っていつものように鋭いツッコミを入れるのかと思ったら、
「──やめろ、笑えねぇよバカ」
ピシ、と。
空気が一瞬、凍り付いた。
刀哉……? らしくない雰囲気に、思わず団子といっしょに唾を飲み込んだ。
「……すまないすまない。それでも、みたらし団子を君たちと食べているこの時間は、本当に心の健康に良いのだよ。そういう意味と受け取ってくれ」
八咲も八咲で、どこかいつものスカした態度がしおらしくなってるし。
変な空気になってしまった。気まずいなと思っていたら、
「こんなんで良ければ何度でも付き合ってやるよ。なぁ、剣司」
「えっ、あ、うん……」
急に話を振られたから咄嗟に頷いてしまった。
「ふ、ありがとう、二人とも」
そう言ってころりと微笑む八咲は、本当に可愛らしかった。
まるで、今まで追い求めていた夢が叶ったと言わんばかりに……。
「しかし、どうすれば達桐の
「んえ?」
「そうだなぁ……荒療治でもしてみるか? たとえば防具無しで試合するとかよ」
「はぁ?」
僕を挟んで物騒な話が進んでいる。二人を交互に見るけどお構いなしに話は続く。
「ほう、なるほど。防具無しでの打ち合いを経験すれば、確かに防具ありの稽古なんか怖くもなくなるだろうさ」
「だろ? 名案じゃね。それじゃあ早速」
「だが、逆に悪化した場合は?」
「あん? そんなの、もっとやればいい。気合いと根性でどうにかしろ」
「究極の脳筋だな。嫌いではないが」
ダメだ。早く止めないと。
「待て待て待て。そんな危ないことするワケないだろう」
「そうか? 稽古用の剣は木刀から袋竹刀、そして現代の竹刀と変遷しているが、当初から防具があったワケではない。つまり、防具を着けずに稽古をするというのも一つの稽古法でだな」
「っつーか、それくらいやんねぇと治らねぇだろうが」
「達桐は
「さっきからチキン、チキンって……」
八咲の言葉が悪意に満ちている気がする。部室の片づけ中に声を掛けてくれた時はすごく優しい雰囲気だったのに、こっちの方がイキイキとしてないかコイツ。
ちょっとでも距離が近付いたような気がしたのはどうやら勘違いだったらしい。
ぐぎぎ、と歯を食いしばっていると、八咲がくすりと小馬鹿にしたように見てきて、
「悔しかったら、サッサと治すことだな、達桐」
ちくしょう、やっぱりコイツ嫌いだ。
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