第12話 オーレリア

現在、オールディス辺境伯邸の応接室には張り詰めた空気が満ちていた。


僕の左隣にはアイザックが、テーブルを挟んだ向かいにはシリルとオーレリアが並んで座り、壁際には護衛らしき赤髪の男が立っている。

同じように、僕の背中側の壁際にはクライドが控えていた。


隣国の第一王子とその婚約者の来訪であれば、領地一丸となって歓待するのが普通だろう。

しかし、今回は僕の謝罪を受けるのがメインの私的な訪問である。

内容が内容なだけに、秘密裏にこのような場が設けられたのだ。


そして、本来は部外者であるはずのアイザックだが、僕のことを心配してこの場に同席できるよう交渉してくれたらしい。

正直、隣にアイザックが居てくれるのは心強かった。


(何から話せばいいんだろう……)


会話の糸口を探りながら、ちらりとオーレリアに視線を向ける。


数ヶ月振りに会ったオーレリアは、ずいぶんと雰囲気が柔らかくなった気がした。

きっと、隣国での暮らしが充実しているのだろう。


(僕の前では怒ったような呆れたような、そんな表情かおばかりだったから……)


問題は、オーレリアの現婚約者シリルである。

彼は口元に笑みを浮かべたまま、冷えた瞳で僕をじっと睨み……いや、見つめてくるのだ。


あの卒業パーティーにシリルも参加していたのだから当然だ。

今思うと、あんなに自信満々に婚約破棄を宣言した愚かな自分の姿を見られたことに、情けなさと羞恥を感じた。


その時、僕の左隣から軽い咳払いが聞こえる。

どうやら、僕が話を切り出せるようアイザックが気遣って合図をくれたようだ。


しかし、僕より先に口を開いたのはオーレリアだった。


「サミュエル様。久し振りにお会いしましたが……ずいぶんと日に焼けていて驚きました」

「あ、ああ。今は騎士団の見習いとして訓練を受けているから……」

「まあ! どうりでたくましくなられたと思いましたわ」

「そうか? まだ体力作りの訓練がメインだが、ようやく剣の稽古も受けられるようになったんだ」


思ったよりも和やかな会話の始まりに、内心ホッと胸を撫で下ろす。


「オーレリアこそ雰囲気が変わ……」


しかし彼女の名前を口にした途端、シリルの瞳がカッと見開かれ、僕に対して凄まじい圧がかかる。

思わず言葉を止める僕に、アイザックが小さく「名前」と囁いた。


「あ……すまない。キャクストン侯爵令嬢」


もう婚約者ではないのだから、オーレリアを名前で呼ぶのは失礼な振る舞いだった。


「いえ、構いませんわ。この場ではオーレリアとお呼びください」

「でも………」


オーレリアはよくても、シリルの反応が怖すぎるのだが……。


「慣れた呼び名のほうが本音を話しやすいと思います。サミュエル様もわたくしも……」

「…………」


その言葉に、僕は覚悟を決めて深く息を吸う。


「オーレリア、卒業パーティーでの無礼な振る舞い……いや、それだけじゃない。これまで君に対する僕の態度は酷いものだった。本当に申し訳なかった!」


そのまま勢いよく頭を下げる。


もちろん、こんな言葉で許されるものではない。

それでも、僕と話をするために会いに来てくれたのだから、しっかり謝罪はしようと決めていた。


「サミュエル様、顔を上げてください」


おそるおそる顔を上げると、目の前のオーレリアは柔らかく微笑んでいる。


「これでやっとわたくしの肩の荷が下りましたわ」

「え?」

「ずっとサミュエル様の行く末が気掛かりだったのです」


(僕の行く末……?)


意味がわからず、そのままオーレリアを見つめる。


「サミュエル様が何も気づかないまま、鏡に映るご自身だけをずっと見つめて生きていくのではないかと……。ですから、サミュエル様の手紙が本心なのかどうか、自分の目で確かめにまいりました」

「…………」


王都を追放されて、ようやく僕は周りを見ることができるようになってきた。

いや、それでもまだまだ見えていないもののほうが多いだろう。

あのまま王城で暮らしていたら、オーレリアの言う通りになっていた可能性が高いと自分でも思ってしまう。


(国を離れてからも心配をかけてしまっていたんだな……)


あんな酷いことをした僕に対して、オーレリアはなんて慈悲深いのだろうと認識を改める。


「手紙にも書いた通り、過去の自分を振り返ることができるようになったのは最近なんだ。容姿以外を褒められることが増えてきて、その時にオーレリアの言葉を思い出した」

「わたくしの言葉?」

「自作のスキンケアグッズを褒めてくれたことがあったろう? たしか、僕は研究者に向いていると……」

「ええ。あの時は『僕は王族だぞ? 何を馬鹿なことを言っているんだ』と、サミュエル様に一蹴されてしまいましたが……」

「うっ………」


言った……。たしかに、僕はそう言った。


「それは、その……すまなかった。今はオーレリアの言葉に感謝している。それに、あの研究も役に立っているし……」


しどろもどろになりながらも、なんとか感謝の言葉を伝える。


「まだ研究を続けておられるのですか?」

「ああ。実は商品として売り出すことになったんだ」


僕はこれまでの経緯を簡単に説明した。


「まあ! それは素晴らしいことですわ」

「オーレリアに言われた通り、周りと協力することの大切さがよくわかったよ」

「ええ。サミュエル様は『周りの人間は僕を輝かせるためだけに存在するんだ』と言っておられましたものね……」

「ううっ……そ、そうだったな。僕が間違っていたんだ」


それからも、オーレリアは過去の僕の発言を次々に暴露していく。

隣で話を聞いているアイザックが、ドン引きの目で僕を見てくるのがなんとも辛い。

シリルなんて、僕を見つめる瞳に殺意を宿すレベルだ。


(オーレリア……もうその辺りでやめてくれ……!)


僕はひたすらオーレリアに謝罪を続け、その言葉が止まるのを待ち続けた。


「ふぅ……言いたいことを言えてすっきりしましたわ」

「それは……何よりだ……」


満足そうなオーレリアに対して、僕は身も心もぐったりしている。

しかし、彼女が僕に対して鬱憤うっぷんつのらせていたことはよくわかった。

これも僕が過去と向き合うには必要なことだったのだろう。


「でも……」


再び口を開いたオーレリアに、まだ何かあるのかと身構える。


「研究者が向いているという考えは、今でも変わっておりませんわ。商品の開発に携わるようになられたのなら、その道へ進むのもよろしいのでは?」

「…………」


たしかに、オーレリアの言葉は正しいのだろう。

幼いジェイミーならともかく、この年齢から剣術を始めたところで大成する可能性は限りなくゼロに近い。


「剣の才能がないことは自分でもわかっているんだ。努力をするには遅すぎることも、もちろん理解している。それでも……やれるだけやってみようと思う」


見習い騎士は自分から望んだ道ではない。

しかし、毎日の訓練は確実に僕の力になり、そんな僕のことをアイザックは褒めてくれた。


「もしかしたら、これも何かの……誰かの役に立つかもしれない」


そうオーレリアに告げると、彼女は穏やかな笑みを浮かべる。


「サミュエル様自身がそう考えられたなら、それが一番だと思いますわ」


その言葉に、僕も笑みを返した。


「今日はサミュエル様のお元気そうな姿を見ることができて本当によかった」

「僕も……オーレリアの幸せそうな姿を見ることができてよかった。それに、こんなことを僕が言うのは烏滸おこがましいんだが……」


そのまま、ちらりとシリルに視線を向ける。


「あの卒業パーティーでシリル殿下に求婚されたオーレリアの表情かおを見た時、僕よりも美しいと……初めてそう思ったんだ」

「………っ!」


僕の言葉を聞いたシリルとオーレリアは驚きに目を見開いた。

そして互いに顔を見合わせると、照れた様子で笑い合う。


(きっと、僕ではオーレリアをこんな表情にすることはできなかった)


そう……あの瞬間、僕はオーレリアに見惚れてしまった。

だが、その瞳はまっすぐにシリルへ向けられていることにも気がついていた。


愛し合う二人を前に、僕も誰かと愛し愛されるような関係になれるだろうかと、ふと考えてしまう。


(いや、僕なんかじゃ……)


あんな事件を起こし、王都を追放されるような僕では婚約者を得ることは難しいだろう。

すると、左隣から視線を感じ、見上げた先には慈しむような表情のアイザックが……。


その瞬間、僕の胸は激しく高鳴ったのだった。


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