第7話 紅い瞳
次の休日、ノアの研究室へ向かうため、クライドと共に騎士団棟の中庭を歩いていると甲高い声が聞こえてくる。
「とぉりゃあああ!」
声のする方へ視線を向けると、小さな子供が掛け声と共に木剣を振る姿が見えた。
(剣術の稽古か……? それにしてはずいぶん幼いな)
黒髪に琥珀色の瞳を持つ五歳くらいの少年と、その近くには護衛らしき騎士の姿も見える。
すると、僕の視線に気づいたらしい少年が、動きを止めてこちらを見た。
途端に木剣を放り投げ、僕に向かって全速力で駆けてくる。
「あ、あの! もしかして、アレン王子ですか?」
「は?」
息を切らし、大きな瞳をキラキラとさせながら問われるが、僕の名前はアレンではない。
「『ドラゴン物語』のアレン王子ですよね?」
「いや、僕の名前はサミュエルだ」
「ええ〜っ!? こんなにそっくりなのに?」
「…………」
困り顔でオロオロしている護衛騎士は、僕が誰だか気づいているのだろう。
対する僕も、幼い少年にどう接すればいいのかわからず、助けを求めるようにクライドへ視線を送った。
「『ドラゴン物語』のアレン王子はどのような姿をされているのですか?」
クライドはその場に屈むと、少年に目線の高さを合わせながら尋ねる。
「ちょっと待ってて!」
少年は木剣を振っていた場所へ戻ると、一冊の本を抱えて再び僕らの前にやって来た。
「ほら! これ!」
そう言いながら少年が開いて見せたページには、金髪碧眼のキラキラとした青年が描かれている。
「これが……僕?」
「そっくりでしょ?」
「いや、僕のほうが美しいだろう」
「え? お兄さんはアレン王子より強いの?」
「強い? 僕は美しさの話を……」
「はいはい。大人げないですよ殿下」
僕と少年の会話にクライドが割って入った。
「残念ながらこのお方はアレン王子ではございません」
「えーっ!?」
「しかし、我が国の王子ですよ。一応」
「一応とは何だ!」
「お兄さん、王子様なの!?」
少年は再び目をキラキラとさせて僕の顔を見つめる。
「すごいっ! やっぱり王子様はキレイなんだね」
「キレイ……?」
「うん! 僕こんなにキレイな男の人を見たのは初めてだよ!」
「そうか……!」
なんて正直な少年なんだ。
「王子様はここで何をしているの?」
「研究室へ行くところだ」
「そうなんだ! ねぇ、僕も一緒に行っていい?」
しかし、そこに護衛騎士が待ったをかける。
「ジェイミー様、殿下とご一緒なさるのは……」
「え? ダメなの?」
「許可を取ってからでないと困ります」
「そっかぁ……」
しょんぼりしてしまった少年が可哀想になり、思わず声をかけてしまう。
「だったら、別の日に時間を取ろう」
「本当?」
「ああ。僕が許可を取っておく」
「やったあ!」
笑顔になった少年と再会の約束を交わして別れ、再びクライドと二人で歩き出す。
「ジェイミー様と呼ばれていましたね」
「ああ。アイザックの甥だろう」
「おや? 気づいておられましたか」
「お前から何度も聞かされたからな」
王都を出発し、この辺境の地に辿り着くまでの間、クライドからオールディス辺境伯に関しての情報を一通り聞かされていた。
あの少年の名はジェイミー・オールディス。
アイザックの亡き兄の一人息子だ。
そしてアイザックは、ジェイミーが成人するまでの
そんなアイザックに子供が出来ると、
(きっと仲の良い兄弟だったのだろうな……)
そうでなければ、兄の子のためにここまでしないだろう。
『お前は本当に容姿しか取り柄のない能無しだな!』
ふと、二番目の異母兄の声と、無言のまま僕を蔑む一番目の異母兄の顔が脳裏に浮かぶ。
それらを振り払うように大きく息を吐いたが、胸の内側にはジクジクとした痛みが残った。
(僕にだって、ダリル兄様がいる……)
異母兄たちとの仲は最悪だったが、従兄のダリルが実の兄のように僕を可愛がってくれた。
ダリルは母上の生家であるレディング侯爵家の嫡男で、現在は他国へ留学中である。
こんなことにならなければ、今頃は帰国したダリルと再会できていたはずなのに……。
そんなことを考えながら、研究室棟へ足を踏み入れた。
◇
「殿下! 本日はわざわざ足を運んでくださり、ありがとうございます!」
研究室の扉の前で、ノアが僕たちを待っていた。
相変わらずボサボサの髪にヨレヨレの白衣を身に着けている。
「あれから進捗はどうだ?」
「いくつか良さそうな材料を見つけたので、殿下にも見ていただけたらと……」
さっそく研究室へ入り、ノアから詳しい説明を受ける。それからは新たな材料を試したり、乳液や美容液の調合方法を教えたりと、互いの知識を披露し合った。
最初は遠慮がちだったノアも僕という存在に慣れてきたのか、
(楽しいっ……!)
王城でスキンケアグッズを自作していた時は、僕が怪我をしないよう監視が付いていた。
その監視役がクライドで、僕の研究に一切興味がない彼はいつもソファで昼寝をしていたのだが……。
まあ、そんなクライドが監視役だったからこそ、僕は研究に没頭できたのかもしれない。
だから、こんなふうに誰かと協力をして何かを作り上げるのは初めての経験だった。
ちなみに、現在もクライドは研究室のソファでお昼寝中である。
「そういえば、化粧水は使ってみたのか?」
一通り作業が終わり、ふと思い出したことをノアに聞いてみる。
「はい。あれから毎日、洗顔後は必ず化粧水を付けるようになりました」
「使用感はどうだ?」
「まだ数日ですが肌の赤みが引いたような気がします」
「そうか……!」
希釈した┃
「ノア、肌を見せてくれ」
「え?」
椅子に座っているノアの真正面に立ち、その邪魔な前髪を手で掴んで持ち上げる。
「メガネが邪魔だな……外すぞ」
「ひえぇっ!?」
情けない声を上げるノアだが、メガネと前髪で隠れていた紅い瞳が
「こら! 隠すと見えないだろう!」
「す、すみません! でも、こんな『魔獣の眼』をお見せするわけには……」
「僕が見たいのは目じゃなくて肌だ!」
「え……?」
顔を覆っていたノアの両手がするりと落ちる。
「殿下はこの目が気味悪くはありませんか?」
そう問われ、僕は改めてノアの顔をまじまじと見つめる。
「パーツのバランスは悪くないな。眉を少し整えれば垢抜けそうだし……。その紅い瞳も珍しいとは思うが、一番の問題は瞳の色ではなく、その下にある
「
「いくら化粧水を塗っても毎日の睡眠をしっかり取らなければ意味がない。あとは温めたタオルを目元に乗せて、そのあとにアイクリームを塗るといい。……よし、僕の使っているものを分けてやろう」
呆けたような表情で僕の話を聞いているノア。
そんなノアの前髪を再び掴み上げた僕は、ノアの顔に自身の顔を近づけると、じっくりとその肌を観察する。
「うーん……。こんなことなら、使用前の肌の状態を確認しておくべきだったな」
「あ、あの、化粧水の使用を開始した日から毎日レポートを書いていますので……」
「そうなのか? ぜひ、読ませてくれ!」
「ひゃい! あの、殿下……顔が近過ぎて、その……」
そう言いながら、ノアが頭を後ろに反らす。
「あ………!」
そのせいでバランスを崩した僕は、ノアに向かって倒れ込んでしまった。
「で、殿下、大丈夫ですか……!?」
しかし、そんな僕をノアがしっかりと抱き留めてくれる。
その時、研究室の扉をノックする音が聞こえ、こちらが返事をする前に勢いよく扉が開く。
そこには、なぜかアイザックが立っていたのだった。
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