第5話 協力

ノアに詳しく話を聞くと、彼は一角狼クルフィアの角のような廃棄される材料を使って、新しい製品を生み出す研究をしているのだという。


「殿下が使用されている化粧水をお借りすることはできませんか? 何かヒントだけでも掴みたくて……」


必死な様子のノアを見るに、どうやら研究はあまりうまくいっていないらしい。


「だったら化粧水の調合を教えてやろう」

「え?」

「どうした? そのほうが手っ取り早いだろ?」

「でも、それは開発者の許可を取ってからでないと……」

「だから、開発者の僕がいいと言っているんだ」

「へ?」


ノアがぽかんと口を開ける。


自身の肌に一番馴染むものを、自分の手で作った。ただそれだけのことなのに何を驚いているのだろう。


「実際に作って見せたほうがわかりやすいのではありませんか?」

「それもそうだな」


クライドの提案に僕も頷く。


「で、でしたら、僕の研究室へご案内いたします!」



医務室を出てノアの研究室へと移動し、さっそく化粧水を作ってみせた。


「あとはここに薄めた精油を加えると、好みの香りに調合できる」

「な、なるほど……」


ノアは必死にメモを取っている。


「使用感をお聞きしても?」

「それはノアが自分で試してみるといい。まあ、僕のこの美しい肌が全てを物語っているがな」

「たしかに、殿下の肌は真っ白でシミ一つなくて……とても美しいです!」

「そうだろう?」


ノアの素直な称賛の言葉に、僕の自尊心は満たされていく。


「どうだ? 他にわからないところはないか?」

「はい! 殿下の説明はとてもわかりやすいので」


人に何かを教えた経験がなかった僕は、ホッと息を吐いた。


「それにしても、オリジナルの化粧水を開発をするなんて殿下はすごいですね!」

「そうか?」

「まだコスト面に課題はありますが、これは商品として十分通用すると思います」

「コスト?」


きょとんとする僕に、ノアが簡単に説明をしてくれる。

どうやら、一角狼クルフィアの角以外に使われる材料が高価すぎるということらしい。


(材料の値段なんて考えたこともなかったな……)


必要だと思う材料は、金額など気にせずに全て王城へ取り寄せていた。

だが、商品として販売するならば避けては通れない問題なのだろう。

その辺りはノアがこれから考えていくという。


「殿下のおかげでやっと可能性が見えてきました! ありがとうございます!」


再び興奮した様子のノアを見ながら、不思議な気持ちが湧き上がる。


僕の取り柄はこの美しさだけで、ただそれを磨くように母上から言われ続けてきた。


日焼けをしないよう外へ出るのは最小限に、手の平にマメができ、腕の筋肉の付き方にバラつきが出てしまうからという理由で剣術の稽古を禁じられてしまう。

元から魔法の才能はなかったが、火魔法を使用した際に軽い火傷を負ったせいで魔法の訓練すらも禁止されてしまった。

これをきっかけに勉学に励み、そちらの才能が伸びればよかったのだが……残念ながらそう上手くはいかない。


すっかり手持ち無沙汰になった僕は、何か趣味になりそうなものを探すようになったのだ。

そのうちの一つがスキンケアアイテムの自作で、単調な作業が意外と性に合っていたらしく、僕にとって息抜きの時間にもなっていた。


(それに、美しさを磨く研究ならば母上の機嫌を損ねることはないからな)


そんな、ただ自分のためだけの行いが、他の誰かに認められるとは思わなかったのだ。


「乳液と美容液の調合法も教えてやろうか?」

「ええっ!? よろしいのですか?」

「ああ。僕のこの美しい肌は化粧水だけでは到底再現できない」

「ありがとうございます!」


こうして、訓練が休みの日はノアの研究に協力することになったのだった。



「おい、なんで今日も来たんだ?」


夕食の時間になり、クライドが食堂へ向かってしばらく経つと、自室の扉をノックする音が響く。

まさかと思いながらも扉を開けると、アイザックが目の前に立っていたのだ。


「なんでって……いつものお菓子を届けに来たんですよ」

「だから、今日の訓練は休みだったろ? それなのにお菓子を食べる理由がない」


嗜好品ではなく疲労回復にいいから食べるという話だったではないか。

そう言うと、アイザックは目を見開く。


「え? でも、今日は外に出掛けていませんよね?」

「それはそうだが……。なぜ、そんなことを知っている?」

「外出届にも馬車の貸出記録にも殿下の名前がありませんでしたから」

「…………」


なぜ、そんなことをチェックしているんだ……。


「だから、殿下は俺のことを待ってるんだと思って会いに来たんですけど……」

「どうして僕が出掛けていないことと、お前を待つことが繋がるんだ!?」


どうやら、休日にお菓子を買いに出掛けなかった理由を、僕がアイザックとの給餌の時間を望んでいるからだと解釈したらしい。


「ふざけるな! そんなはずがないだろう! 急用で街へ出掛ける予定がなくなっただけだ」


すると、わかりやすくアイザックの顔が不機嫌になる。


「あー、そうですか。だったらこれはいりませんよねぇ」


そう言いながら、アイザックは手に持つ袋から小さな白い箱を取り出した。


「何だそれは?」

「シュークリームです」

「シュークリーム!?」

「殿下のために街で買ってきたんですけど……。いらないんだったら自分で食べますから」

「えっ………」


この五日間で口にしてきたものはクッキーやチョコレートのような保存の効くお菓子ばかりで、それでも十年振りに食べるそれらの味に夢中になってしまった。


(シュークリーム……)


もう味はあまり思い出せないが、自分の好物であったことは覚えている。


「ちなみに今日中に食べないとダメなやつです」

「今日中……」

「ええ。俺は甘いものが得意じゃないので、残してしまうかもしれません」

「なんてもったいない!」

「ですよねぇ?」

「…………」


また、いつもの胡散臭い笑みを浮かべるアイザック。


「その……残すくらいなら僕が食べてやってもいい」

「あれ? 訓練がない日は食べないって、さっき言ってませんでしたか?」

「むぅ………」


なんて意地悪な奴だと睨みつけるも、今度は嬉しそうな表情かおになるアイザック。

睨まれて喜ぶだなんて、何を考えているのかさっぱりわからない……。


「ははっ、冗談ですよ。じゃあ、部屋に入ってもいいですか?」

「ああ……」


結局、いつものようにアイザックからお菓子を貰うはめになってしまった。

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