第2話 オールディス辺境伯領

ついにオールディス辺境伯領に到着した僕たちは、辺境伯へ先触れを出し、ひとまず街の宿屋に泊まることになった。

なぜ王族の僕が先触れなど出さなくてはならないのかとクライドに噛み付くも、「これからお世話になるのだから当然です」と逆にさとされてしまう。

解せない……。

そして、オールディス辺境伯からの返事には、邸宅ではなく騎士団本部がある城砦へ向かうよう書かれており、翌日の昼過ぎに訪れるとすぐに応接室へ案内された。


「サミュエル殿下。はるばる王都から、この辺境の地までよく来てくださいました」

 

そう挨拶をするのは、デズモンド・オールディス辺境伯。

年齢は五十代前半くらいだろうか、白が混じった灰色の髪に琥珀色の瞳を持ち、その立派な体躯と堂々とした態度からは威圧感を感じる。


「本来であれば歓待の宴を……と言いたいところですが、王家からの通達でサミュエル殿下を王族として扱うことは禁じられておりまして。本日より我がオールディス騎士団の見習い騎士として精進していただきたく思います」

「み、見習い騎士……?」


たしかに、オールディス辺境伯のもとで鍛え直すようにと言われ、この地へ送られた。

だが、それは見聞を広めてこいという意味だと思っていたのに……。


(騎士……つまり、僕に戦えと?)


理由わけあって、僕はずいぶん前から剣術の稽古を禁じられており、もう剣の握り方すら覚えていない。

それは魔法も同じで、基礎魔法は使えるものの、攻撃魔法なんて一度も使ったことがなかった。


(そんなの無理に決まっている……)


呆然とする僕の耳に、応接室の扉をノックする音が聞こえた。


「失礼します」


扉を開けて入ってきたのは、騎士服を身に纏った背の高い一人の青年。


「ちょうどよかった。こちらがサミュエル第三王子殿下だ」

「はじめまして。デズモンド・オールディスの次男、アイザックと申します」


そう言って、頭を下げたアイザック。

黒髪に目鼻立ちがはっきりした精悍な顔立ち、弓なりの形のいい眉の下には紫の瞳が鋭く光っており、服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体も相まって野性的な色気を放っている。


(この男がオールディス辺境伯の後継者か……)


クライドから事前に聞かされていた話によると、デズモンドの長男が数年前に病で亡くなり、現在は次男のアイザックが後継者となっているそうだ。


「これからはこのアイザックが殿下の指導係となります」

「指導係……?」

「ええ。息子はオールディス騎士団の団長を務めておりますので、適任でしょう?」

「いや、でも……」

「さっそく案内をさせましょう。頼んだぞアイザック」

「はい」

「待ってくれ! 僕が騎士になるなどと……」


しかし、有無を言わせぬ態度で、僕とクライドは応接室から退出させられてしまった。

どうやら、僕を王族として扱わないという話は事実のようだ……。


そのあとは、言われるがままアイザックの後ろを付いて歩く。


「こちらが我が騎士団の宿舎となっております」


騎士団棟の訓練場や食堂などを順に案内され、最後に連れて来られたのが王立騎士団と変わらない規模の宿舎だった。

その中の一室が僕の部屋として与えられたのだが……。


「こ、こんなところで僕に生活をしろというのか?」


震える僕の前には、一人用の小さなベッドと備え付けのクローゼットにサイドテーブルが置かれているだけの狭い部屋。


「でも、この部屋にはバスルームがありますよ。よかったですね、殿下」


ずかずかと入り込んだクライドが、勝手に部屋の中を物色している。


「ちっともよくないだろ! こんな狭くて固そうなベッドじゃ寝不足でまた隈ができてしまう! 肌のツヤだってこれ以上失われたらどうしてくれるんだ!」

「子守唄でも歌いましょうか?」

「必要ない!」

「ふふっ………」


その時、クライドと言い争う僕の耳に、アイザックの唇から漏れたあざけり混じりの笑い声が届く。

反射的にアイザックを睨みつけるも、彼は余裕な表情で僕の視線を受け止めた。


「殿下、これでも見習い騎士に与えるには破格の待遇なのですよ?」

「破格……?」


本来であれば、見習い騎士たちは相部屋で、風呂も共用だというのだ。


「そんなところへ殿下を放り込めば、周りが戸惑ってしまいますからね」


やれやれと言いたげなアイザックの態度に苛立ちを覚える。


(何なんだこの失礼な男は……!)


すると、アイザックが僕に近づき、じろじろと値踏みするような視線を向けられた。


「それに、こんな貧弱な身体じゃどうせ訓練でボロボロになって、寝不足どころか泥のように眠ることになりますよ」

「なっ! 貧弱だと!?」

「腕だって細くてヒョロヒョロじゃないですか。ほら」


そう言って、アイザックは服の上から僕の左腕を軽く掴む。


「触るな! 僕の身体は貧弱なんじゃない! しなやかで美しくあるように計算し尽くされた……」

「うわっ、肌も真っ白!」

「だから、なんでそでめくるんだ! 触るなと言ってるだろう!」


だが、僕の声なんてまるで聞こえていないかのように、アイザックは無遠慮に僕の左腕に触れてくる。


(力強いな、コイツ……)


手を振り払おうにもびくともしない。


それに、僕の腕を撫でるごつごつとした掌の感触、間近で見る逞しく太い腕に、僕とアイザックの体格差をまざまざと感じてしまう。


すると、アイザックが眉間にシワを寄せながら何事かを小さく呟いた。


「これは……個室にして正解だったな……」

「はあ? どういう意味だ!?」

「いえ、こちらの話です。それより、明日の訓練に備えて今夜はさっさと寝てくださいね」


アイザックはようやく僕の左腕から手を離すと、ひらひらと手を振りながら立ち去っていく。

部屋の前には、僕とクライドの二人だけが残された。


「アイツは一体何なんだ! 不敬過ぎるだろう!」

「これが見習い扱いってことじゃないですか?」

「むぅ………」


クライドも不敬ギリギリの発言が多い奴だが、アイザックはそれ以上だ。


「まあ、殿下のお気持ちもわかりますが……。アイザック様の言う通り、早く寝たほうがよろしいですよ。明日から殿下の生活はがらりと変わるのですから」

「………わかっている」

「私は隣の部屋におりますので、子守唄が必要になればお呼びください」

「だから、いらないと言っているだろう!」


結局、その日の夜は固いベッドと湧き上がる怒りのせいで熟睡することはできなかった。

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