第41話 決意

「ええ。ほんとうに最後になるかもしれないので」


 沙夜ちゃんが短くつげた言葉には、冗談の雰囲気は少しもなく、驚いてその顔を見つめる俺。沙夜ちゃんは一息置いたのち、俺にもわかるように説明してきた。


「お義兄さまは、私との寝物語に、実はこの世界に転移してきたのだと説明してくれましたよね」

「ああ、そうだったな。俺のおかしな様子に、沙夜ちゃんは『?』だと思って」

「それからしばらくたっての話ですが、お義兄さまをぜひにと、ホワイトリリーから勧誘を受けました」


 その沙夜ちゃんの暴露に、俺は正直、驚いた。近江さんが俺を監視していただけでなく、沙夜ちゃんたちにも接触していたのは想像外のことだった。俺のあずかり知らぬところで、事態は進んでいたのだろう。


「お父さまもお母さまも最初は乗り気ではなかったのですが、相手が強大で、お義兄さまを差し出せば社会的な地位が得られ、お義兄さまの将来も保証されるとわかると、妥協……屈してしまいました」

「…………」


 俺の父母は普通の人たちだ。人並の理性もあるが、恐怖や欲望もあるだろう。その父母たちを責めることはできないと、沙夜ちゃんの話を聞いていて、俺は思っていた。


「ですが、私は納得しませんでした。お義兄さまを失いたくはありませんでした。ホワイトリリーがお義兄さまの自由を許してくれている間に、ネットで情報を調べ、相手を探り、対抗策を模索しました。力に屈せずに、本当の意味でお義兄さまの味方に、命がけで闘ってくれるだろう仲間を集めようと努めました。澪さん、サリーさん、ナナミさん……。実は、みんなそんな仲間たちになります」

「みんな、ホワイトリリーのことについて、最初から知ってたのか!?」

「いえ。この話をしたのは近江さんの接触後です。お義兄さまからの話もあって、打ち明けるタイミングだと思いました」


 沙夜ちゃんの話は、実際に聞いてみると、なるほどと納得する部分が多かった。美少女たちとの逢瀬に浮かれていた俺は実はホワイトリリーの手のひらの上で、裏側ではそんな事態が進んでいるとはつゆとも知らなかったのだ。


「四人の意見は割れております。お義兄さまの為に素直に従った方がいい、あるいは徹底抗戦を唱える方もおります。実は、旅行で私からお義兄さまにこのお話しをすることも、私たち四人の相談で決めました。他のみなさんは、各々くつろいでいるように見えますが、全てわかってのことなのです。お義兄さまご自身に判断していただこうと……。この旅行には、そういう意味もあったのです」


 俺の心の奥には近江さんの勧誘に対する引っかかりはあったのだが、澪たちはなに変わりなく旅行を楽しんでいるのだと思っていた。でも実は、澪たちこそが、俺のことを本気で考えてくれてたのだとわかって……。俺は、泣きそうになった。


「私たちのことはよいのです。よいのですが、お義兄さまのことを考えると、このホワイトリリーの提案、とても断れるだけの力は私たちにはなく……」


 沙夜ちゃんが、口惜しいという顔をして、唇を嚙みしめた。あの沙夜ちゃんが、震えていた。怒りなのか。哀しみなのか。それはわからないが、両腕で身体を抱きしめて、表情をゆがめていた。


「私たちだってお義兄さまとの楽しい旅行中にこんな話をしたくはありません。ですが……」


 一拍置いて、沙夜ちゃんが声を大にしてきた。


「ですが、いうことをきかないと、彼らは牙をむいて私たちに襲いかかってくるでしょう。その牙はお義兄さまにも……」


 そこで沙夜ちゃんは言葉を止め、ぐすっ、ぐすっと、泣きだした。


「私、悔しいです……。他のみんなも、納得はしてはいません」


 沙夜ちゃんが、涙をぽろぽろとこぼして鼻をすする。しばらく、沙夜ちゃんの嗚咽だけが、そのリクライニングルームに響き……。


 俺は、静かに目をつむって考えた。ネット等で調べたホワイトリリーの情報。調べれば調べるほど、陰謀論めいた情報にたどりつき、勝ち目がないんじゃないかと思わせられた。


 まぶたの裏側に、あのVIPルームでの歓待の様子、廃墟ビルでの甲斐たちの様子が浮かんでくる。あれに沙夜ちゃんたちを巻き込むわけにはいかない。沙夜ちゃんたちを闇に落とすわけにはいかない。


 そこまで考えて、俺は短くつぶやいた。


「わかった。彼らの元へいこう」

「…………」


 沙夜ちゃんが、それを聞いて、口惜しそうに唇をかんだ。くやしそうに歯をかみしめて、拳をにぎりしめ……。


「だが、つけ込む隙はあると思う」


 続き聞いた沙夜ちゃんが、信じられないという顔で俺を見た。


「このままこの旅行を最後の思い出に、沙夜ちゃんたちと別れるつもりはない」

「……と、いいますと?」


 沙夜ちゃんが、次が聞きたいと、うながしてきた。


「敵は強大で俺たちは小さい。それには変わりなくて、全く勝ち目のない勝負に見えるかもしれないが、つけ込む隙はあると思ってる」

「それは……なんでしょうか?」


 沙夜ちゃんが率直な問いを投げかけてきた。俺は、その沙夜ちゃんに、自分の考えを説明する。


「相手が権威主義的なヒエラルヒーの形をとっているってことだ。これが集団指導体制だったらこうはいかない。俺も伊達や酔狂で勉強オタクしてたわけじゃない。何が言いたいかというと……」


 俺は、ためをつくってから、沙夜ちゃんに言い放ったのだ。


「肝は、頂点に君臨する女王だ」

「ホワイトリリーの……女王……」

「そうだ。近江さんがデートで別れるときに言ってたんだが……。『理由はわかりませんが女王陛下は晴斗さまにご執心で、組織内の反対を押し切って夫として迎える所存です。なので、他の男のように粗末にあつかわれることはないので、その点はご安心ください』だそうだ」

「そんなことが……」

「あるんだ。周防美由紀が『あの子』には渡したくないと言っていたことにもつながると思ってる。つけ入る隙は、あるんだ」


 その俺の返答で、沙夜ちゃんの顔に、明かりがさす。俺たちは見つめあって、あきらめない、闘うんだという意志を確認する。


 二人して同時にうなずいた。追い詰められたと思っていた夜半のひととき。だが、そこにこそ、逆転の手がかりがあったのだ。


 理由はわからないが俺に執心だという、まだ見ぬ女王。俺は俺のやり方で対決するんだと決意した、沙夜ちゃんたちとの温泉旅行なのであった。

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