∫ 1-4.誰だ!? dt

 誰もいない部屋の天井全体が仄かに明るく光った。

 そして、壁が地球の地平面と宇宙の星空の景色に変わった。薄い大気層のぼんやりした青色が美しく光っている。

 その動作と同時に収納されていたベッドが出てくる。

 床はロボットによって綺麗に掃除されていて、すでに充電ポートに戻っていた。

 部屋が主人を受け入れる準備が整ったくらいに、レイが部屋に入ってきた。

 時刻は六時を過ぎていた。だが、寄宿舎の窓から見える九月の空はまだ明るい。

 レイは五限目までの授業を受けて戻ってきたのだった。

 戻ってくるなり、そのままベッドに倒れ込んだ。



 あれから波多野はずっとレイと行動を共にしてくれた。

 食事のあとでトイレに行き、口から出てる血を洗い流すのを見た。

 その時もレイは謝った。

「すみません。本当に。。。」

「柊くんのせいじゃないよ。気にしないで。」

 波多野は屈託のない笑顔を見せた。そして笑いながらも「いてっ」とちょっと痛がった。

 それをみたレイはまた心配そうな顔をする。

「大丈夫だって。ふふっ、優しいんだね。」

 その後も言葉を交わすことはそれほどなかったが、横の席に座り授業を受け、横にならんで歩いて次の講義室に向かった。

 レイにとってそれは奇妙な感覚だった。

 四限目が終わり、五限目の授業に向かう際にふとレイが言葉を放った。

「ぼくに関わらない方がいいですよ。きっと。」

「なんで?また殴られる?」

「いや。ぼくには勉強以外に何もないから波多野さんの得になることはきっとなにもない。。。」

 ちょっとレイの方を見て波多野が笑いながら話す。

「名前、覚えてくれてたんだ。ありがと。

 それにしても、勉強以外何もないか。そりゃ残酷だなー。

 君に勉強以外何もないとか言われたらさ、おれにはホント何もないじゃん。」

「そんなこと。。。他に友達が。」

「何かさ、どいつもこいつも薄っぺらいんだよね。持とうとする関係がさ。」

 波多野はレイの反応を少し伺ったあと続けた。

「まあ、君から見たらおれも薄っぺらいやつなのかもしれないけど。」

 すこし真面目な顔をして波多野が話した。

「薄っぺらいながらも探してるんだよ、意味を。君は何かを探しているような顔をしてる。分かるんだよ。だからさ。」

 すこし間を開けて、波多野が、恥ずかしさを隠すため、おちゃらけた。

「なーんてな。まあ、いいじゃん。それに損得考えて日々の生活送るほどさ、ずっと頭使ってないよ、おれは。そんなのオーバーヒートしそうだ。」

 波多野がまた屈託のない笑顔をした。



(悪い人じゃなさそうだな。)

 うつ伏せだった身体を壁の方に向けた。

 ふと視野の隅にアラーム表示が点滅していることに気がついた。

 レイは疲れている身体を持ち上げ、掌を自分に向けた。

 アイコンが空中に表示され、それをクリックして朝起動していたソフトの結果を見ると、エラーが発生していた。

「えっ?なんで?」

 レイは慌ててログファイルを見た。

 その内容から計算の途中段階で、あり得ない数値に変化をしていることに気がついた。

「なんだ?この計算は。。。」

 実はレイが朝から処理していたのは、父親が宇宙から受け取ったデータであった。

 天文学者であり、地球外知的生命探索の研究をしていたレイの父親、柊蓮はレイが8歳の誕生日の日に、宇宙からの人工的信号をキャッチした。

 その後、原因不明の大災害 『時空の暴走』によって、父親と母親が他界することとなった。

 その信号は約9年経った今でもまだ未解読であり、世界各国で今なお解析が進められてた。

『時空の暴走』と呼ばれる世界全体で発生した惨劇と時を同じく発生した両親の事故の後、国家、警察はこの惨劇が、レイの父親が受け取った信号が元となっている可能性を考え、そのデータを国際的最高機密に指定したのだった。

 そのため、両親の所有する全ての書類、遺品をUN(国連)が引き上げていった。

 だが、父親が亡くなる前に誕生日プレゼントとしてもらったアナログの万年筆にそのデータが隠されていた。

 レイは友達に取られることを恐れ、その万年筆を隠し持っていた。

 何もなくなった家から隠していたその万年筆を取り出して大事に持っていた。

 ある時、引き取り先の家族との確執時に万年筆が割れ、偶然そのデータを発見することとなった。

 そして、そのデータの解析をレイは秘密裡に進めていたのだ。

 レイは処理内容を誰にも見られないようにするため、大学のワークステーション内のメモリにプロテクトをかけ、自分のみが使える状態にしていた。

 さらにメモリを使う際には全てメモリマップを頭の中で組み上げ、メモリのアドレスに直接データを書き込むことで処理を行っていた。

 また、扱うデータは、解析されないように、通常のプログラムで用いる単位とは異なるビット数、整数は32ビットではなく、48ビットを、浮動小数は64ビットではなく、96ビット等を採用し、上位ビットと下位ビットはエンディアン(ビットの順番)を逆に処理するような特殊処理をしていた。さらにその上、自分にしか分からないように量子暗号化をもしていたのだ。

 それ故に、誰かが通常の処理やレイの作ったルールとは異なる使い方で扱えば、エラーが生じるようになっていたのだった。

 レイはログファイルから発生していたエラーの内容を確認した。すると、不思議なことに今回の使い方は普通の32ビット整数や64ビット浮動小数の扱い方とも違っているようであった。

「誰だ?ここにアクセスしたのは。。。プロテクトまで破って、さらにその形跡までも残さないなんて。そんなことができるのか?もしかして誰かがこのデータを盗もうとしてる?」

 今までの解析の結果、レイはこの宇宙からのデータが三部に分かれていることを理解していた。そして、すでにその最初の部分、第一部の解析は終わっていた。

 それらは物理に基づく内容であった。

 その得られた内容はただの定数群であり、ある周期で符号と思われる部位が繰り返されていた。その符号の周期で分けると、五十七個に分類できることが分かっていた。

 しかし、定数群だと分かった当初、それが何を表しているのかは全く分かっていなかった。だが、ある時、自身で考え出した『レイ理論』から計算される各素粒子の弦(string)の状態を表す数値とそれがぴったり一致していることに気がついた。

 試しに他の素粒子、これまでに存在が確認されている全十九個の素粒子に当てはめるとそれらもぴったり一致したのである。つまり、これらは素粒子のことを我々に教えるため、送られてきたものであることをレイは理解した。

 ただ、素粒子の数に対して、五十七個という個数は数が多すぎる。それほどまだまだ未知の素粒子があるということなのか、レイは不思議に思っていた。

 その点はまだまだ謎ではあったが、送られてきたデータ、自分の父親が受け取ったデータは間違いなく科学に基づくものであることに確信を持った。

 それと同時に父親がこのデータをもって惨劇を起こしたという世間の話が真っ赤な嘘であることも確信した。

 だが、このデータを全て解析するまでこれを公開するわけにはいかない。そう考えていた。

 それにも関わらず、そこに、今日、アクセスしてくるものが現れたのだった。

 そのデータを柊レイが持っていること、そして解析していることを認識している人物がいるのか?その人物がアクセスしたのか?

 心臓が今にも張り裂けそうなほど高鳴っていた。

 レイは少し怖くなり、窓から外を覗き、誰にも見られていないことを確認した。

 そして、ウォールスクリーンに表示されている部屋のコントロールパネルを使って、カーテンを閉めた。

 机の方に歩き、机の上にキーボードを表示させる。BCD経由で宙にウインドウが表示された。

 レイはしばらくの間すごい勢いでプログラムを書き続け、その後、何個かのコマンドを打ち込み、書いたプログラムを実行させた。

 するとウインドウに部屋のセンサ類のリストが千個以上ざっと出てくる。

 全て(動作中)と表示され、センサが検出している数値が若干変化していることが表示されていた。

 レイは少し考えた後、再びものすごい勢いでコードを打ち込み始めた。

 10分くらい打ち続けたのち、ファンクションボタンにてビルドを実行した。

 ビルドが進んでいることを示すように点の文字が増えていった。

 そして、最終的に成功の文字が表示された。

 成功の表示とほぼ同時に、レイはそのプログラムを実行させた。

 すると、仄かに明るく光っていた天井が薄暗い色に変わり、壁に映し出されていた星空と地球の絵が消えた。

 鏡に映っていた心拍や交感神経などのグラフも消えた。

 レイはその様子を見て、先ほどのセンサのリストをBCDを介して再度表示させた。

 センサ類は相変わらず(動作中)と表示されつつも、検出した数字が全てほぼゼロを示していた。

 それはまるでレイがそこにはいないような状況であった。

「よし。」

 そう、言いながらレイは暗い部屋の中でわざと大きい動作をしながら、ベッドに移動し、座った。

 それでもBCDのディスプレイに表示されているセンサ類の値は変わることがなかった。

 レイの服の袖に付いている馬だけが動いていた。

 レイはハッキングの成功を確認した後、立ち上がり、再び机に向かった。

 キーボードの表示もなくなったため、BCDを通してキーボードを表示させた。

 そして、次はゆっくり考えながらコーディングをし始めた。

 考えている時に独り言をブツブツ言った。

「なんでプロテクトに引っ掛かってこない?もしかして、ぼくのアクセスコードが盗まれてるのか?」

「AIにも気づかれず、検疫を通過するってことは一般言語じゃない、マシン語部分に直接書きこんでる?」

 レイは自分のアクセスコードでの接続を監視し、さらにその時にインタプリタ部分に新しいコマンドが追加されることを監視するようにプログラムを組んでいった。

 その接続の瞬間にどこの端末からアクセスしているのかもチェックするようにしていた。そして、その端末を逆ハッキングして、実際にレイの持つメモリ空間に書き込まれた型(ビット数)と同じ型のデータがその端末で使われていないかをチェックするように組み上げた。

 書き込まれるプログラムもマシン語なら、チェックする側もマシン語で対応する。まさに水面下での戦いであった。

 時間が過ぎ、すでに真夜中の二時を回っていた。

 BCDが可視化させているディスプレイとキーボードはレイのみにしか見えておらず、部屋は暗闇に包まれていた。

 そして、ようやく処理プログラムが出来た。

 ビルドまで完了させ、レイは部屋の回りを見渡した。真っ暗で何も見えていなかったが、レイは宙を睨み、正体の分からぬ誰かに向かって言った。

「誰か知らないけど、必ず突き止めてみせる。」

 暗がりの中、ベッドに向かって歩き、耳の後ろのBCDを外した。

 ベッドの横の背の低いテーブルにそれを置くと、急に眠気が襲ってきた。

 一日いろいろなことがあり、レイには慣れない時間から思った以上の疲労が蓄積していた。

 レイはそのまま、ベッドに倒れ、眠ってしまったのだった。



<あとがき>

 宇宙からの信号。ロマンがありますよね。

 私の大好きな映画『コンタクト』にも宇宙からの信号が届いて、その映画では宇宙移動用ポッドの設計図であったというものがあります。(ちょいネタバレすみません。)

 いつの日か地球にもこんな情報が届くのでしょうか。

 プロローグにもありますが、2066年に届いたら、この小説、とんでもない大予言小説ですね。まあ、ないか。(笑)

 それと、今回素粒子が19個と書いていますが、これを書いた2023年現在では我々が検出可能な素粒子は17個です。またまだ未検出ですが、重力子という重力を媒介する素粒子があると言われていて、この小説の2075年にはさらにもう1つ力同士を結びつける素粒子を勝手に加えて19個にしています。こういうのを考えると妄想が膨らみますね。

 さて、本編ですが、柊レイの情報を狙う者とは誰なのでしょうか?柊レイは命を狙われているのでしょうか?

 次回、「過去と再びミライ」。乞うご期待!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る