ガロワのソラの下で

@zappy_tomtom

~プロローグ~

 2066年11月5日。

 長野県野辺山宇宙電波観測所にて一つの記者会見が行われていた。

「柊蓮博士にお伺いします。受け取った信号はどのような内容であるとお考えでしょうか。」

 白衣を着た男性と女性が大勢の人間、大勢のアンドロイドの記者の前に座っていた。

 男性が無数に並べられているマイクに向かって話し出した。

「そうですね。実際には解読してみないことには何とも言えませんが、これを送ってくれた星の文明に関する内容であるとか、もしくは宇宙を構成する理論であるとか、はたまた宇宙船の設計図であるとか、でしょうか。想像するだけでワクワクします。」

 そう答える間にもその男性に向けてフラッシュがひっきりなしに焚かれていた。

 アンドロイドの記者が続けて質問する。

「ご夫婦での偉大な発見、ネットにも理想的な夫婦だという意見が多数聞かれます。夫婦円満の秘訣などございましたら、お教えください。」

 質問の内容に対して、座っている男性と女性が驚いた顔でお互い見合わせた。会場に少し笑いが起こり、和やかな雰囲気になった。

 男性が女性に発言を促すように手を差し出した。それを見て、女性がマイクに少し顔を寄せ、答える。

「どう見えてるか分かりませんが、皆さんが考えているほど、睦まじくはないのかもしれませんよ。この人は自分でよく抱え込むタイプで、喧嘩もしょっちゅうですし。」

 そう答える女性にもひっきりなしにフラッシュが焚かれた。女性が答えた内容にさらに会場では笑いが起き、和やかな雰囲気で記者会見が進行していった。

 全世界の人々がこの宇宙からの人工的信号受信のニュースを見て、歓喜していた。

 だが、数日後、状況が一変する。

 最初は小さな異変だった。銀行のデータ書き変わりにより、銀行防疫用AIが取引を遮断。突然の取引停止に一部市場が混乱した。

 だが、異変はそれだけに留まらなかった。

 病院での投薬量変化による患者死亡事故が発生。交通においては自動運転AIが急発進、急停車をし、大事故、大渋滞が発生した。

 時間を追うにつれ、異変の頻度、程度ともに大きなものとなっていく。

 ついには都市の停電や施設の爆発が発生。

 さらに、突然空間がもぎ取られたかのようなキューブ型の無が発生。

 そこに飲み込まれた物、人、水や空気でさえも、跡形もなく消えてしまう。

 その場所では急激な圧力変化が生まれ、その周囲には暴風が吹き荒れた。

 海にも同様の現象が発生し、大津波を引き起こし、世界中にある海岸沿いの都市を襲った。

 飛んでいた飛行機の後部でキューブ型の無が発生。暴風により引っ張られた飛行機が失速、墜落するなど、全世界で大災害が頻発した。

 人々はその現象に恐怖した。いつどこに発生するやもしれぬキューブ型の無。そして、突然の死。当然のようにパニックに陥った人々による暴動も発生。

 人々の生活は、身動きが取れないほどの不安と混沌、そして圧迫感の深い闇に突き落とされた。

 そんな中、誰が言い出したのか、ある噂が囁かれ始めた。

 数日前の宇宙からの信号のせいではないのか。柊博士が犯人ではないのかと。

 噂はあっという間に拡がり、柊博士は再び記者会見をせざるを得ない状況となった。

 アンドロイドの記者が、まるで犯人に問い詰めるかのように質問する。

「この数日全世界で起こっている大災害は、柊博士が受け取ったデータを使って、起こしたのではないか、との噂がありますが、真相を教えてください。」

 記者の前に立つ柊蓮博士は向けられたマイクに向かって答える。

「そのようなことは一切ありません。受け取ったデータは現在もまだ内容は不明であり、それは全世界の関係各所でも解析中であることは分かっていることです。もし疑惑があるのであれば、それらの関係各所にうかがっていただいても結構です。」

 さらに他の記者も質問をする。

「このような状況になってしまい、解決方法も分からないため、使っていないと嘘の報告をしているのだとの噂もありますが。」

「それを言い出すと、もう答えようがありません。この情報は誰しもが見られるものではありませんから。ただ私は自分の科学者としての倫理をもって、そのようなことは断じてないと断言させていただきます。」

「データを公表すべきとの意見があります。」

「それは私の一存では決められません。このデータは関係各国内で選ばれた一部の科学者にのみ公開が許されているものです。その処置は安全などに配慮された処置であり、私もその処置は正しいものと考えています。」

「柊博士もそのデータはお持ちなのでしょうか。」

「はい。持っております。私も選定された科学者として解析を行っております。」

「柊博士、あなたがそのデータを使って…」

 柊博士は長時間に渡り、記者会見を行い、真摯に対応をしていた。だが、その答えは人々の納得できるものではなかった。人々は柊博士がこの災害を引き起こしたのだという答えを期待していたからだった。

 柊博士の真摯な対応は逆に人々を苛立たせる結果となった。

 そして、さらに数日が経過したある日。

 柊博士夫婦が自分達の働く野辺山天文台から自動車に乗って帰宅していた。突然発生する不測の事態を考えて、AIによるオートモードは切り、手動で運転していた。

 二人が会話をしている中、一本の通話が入った。それは先ほど出発した天文台からだった。

「はい。柊です。」

「先生、大変です。データセンターが消失しました。」

「えっ?消失した?」

「はい。どうやら…」

 その会話をしている時、柊博士夫婦の乗る自動車の対向車線からトラックが近づいてきていた。

 そして、空の上で一つの自動運転管理用の衛星が半分だけではあったが、無に食われてしまった。半分とはいえ、機能を失うには十分であった。

 正面から移動してきた自動運転トラックが突如加速を始めた。

 ヘッドライトが柊博士夫婦を照らした。

 なおも加速するトラック。

 方向転換する自動車。

 どんどん近づいていく二台の自動車。

 衝突音と、少し間を開けて爆発音。

 地面に撒き散らされる部品の落下音。

 このしばらく後に、この世界で同時多発した異変はなぜか姿を消した。

 だが、そのことを柊博士夫婦が知ることはなかった。

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