第17話「帝国航空宇宙軍の長い1日」(1)

 1932年5月14日。


 0005時──帝都に不穏な影が走る。


「標的は首相および大臣。内務省。警視庁。新聞社。ラジオ局。それと航空宇宙軍本部および偽情報で呼び出した将校のいる料亭だ。麻生の第3連隊も決起に参加する。同士討ちを避けるため白い襷を掛けている。注意して撃て」


 血の日の丸を描き殴っている鉢巻を固く締め、列士の男が軍刀に手を添えながら言う。陸軍の服を着た部隊長であり、彼は、彼の部下を深夜の帝都に展開させていた。


「我々は4時30分までに配置へつき決起する。君側の奸を討伐し皇国の外患を一層せん。我が隊は軍病院にいる航空宇宙軍大佐“瑞端兵左衛門”への天誅である。別隊は航空宇宙軍本部および幼年学校、士官学校、軍大学を強襲することに比べれば楽であろう。然るに我らは速やかに諸君は遊撃として戦友を支援することが求められている。だが瑞端の首級をあげてからの話だ。陛下を、皇国を私物化し列強へ売った逆賊を討ち、祖国に我らの大義を示さん」


 陸軍の兵卒らが静かに賛同する。


 熱に浮かれた子供のような興奮。


 誰もが国民や国家と対立は望まない。


 望むのはただ逆賊の首をあげるのみ。


 彼らの装備は、航空宇宙軍と同じ新式銃であり防弾衣で固めていた──そして彼らを支援する為の大型兵器が帝都へと持ち込まれている。


「夜明けまでに始末をつけよう」


「士官学校はともかく幼年学校も?」


「全員が──航空宇宙軍兵士で反撃が予想される。突入後は民間人はいないと考えろ。殺されるぞ!」



 0419時──夜が白く明け始める。


 航空宇宙軍士官学校の警備として立つ者は、寒さの底になりこれから暖かくなる時間に「ようやくか」と思いながら肌寒い体を震わせた。


「油断するなよ」


 と、詰所の中で七輪の炭を起こしている男が言う。警備交代に起きてきた相方は、軽食を作るために七輪に網をかけていた。握り飯を出して火にかける。


「おい。交代はまだだぞ」


「ちょっと腹に詰めるだけだ。5月と言っても朝は寒い。食っとかないと温まるものも温まらず、頭も回るものも回らない。脱水症状出る前に水を飲んどけよ」


「まったく……陸軍さんの若手将校が決起する可能性ありて御触れが出てたろ。どこもいつもより巡回が倍増してる」


「あぁ。無駄な仕事が増えてるもんだ」


「おい。鉄兜してまで立ってるんだぞ」


「お前の真面目さには尊敬してるよ」


 と、詰所から出てきた男の手には、すっかり焼き目がつき、豊かな味噌の香りを放つ焼きおにぎりだ。


「1つ」


「2つくれないのか?」


「こいつ、贅沢なやつ」


「冗談だ。ありがとう」


 と、立ち番の男は、小銃の負い紐を引いて位置を調整しながら焼きおにぎりを受け取る。熱く焼かれたおにぎりをもそもそ食べながら、味噌と米を味わう。


「……上手い米だな」


「うちの実家、信州の米だ」


「良い農家なんだな、お前の家」


「そういうあんたは養鶏家だろ」


「あぁ。朝からやかましいのて」


「肉が手に入るのは良い仕事だ」


「お前の家でも鶏くらい庭で飼うだろ」


「うちの親父が偏屈でな。鶏なんかに気を散らしてたら米が不味くなるからて、母ちゃんが作った鶏小屋壊して全部潰しちゃったんだ」


「いろんな人間がいるもんだ」


「まったくだ」


 と、警備の男らは笑う。


 そんな時の事であった。


 夜明けの太陽の薄明かり。


 淡く浮かぶ夜のなか一団が近づく。


 警備の男らは。緊張を高めていた。


 一団は真っ直ぐ宇宙軍の学校へ、来た。


「くそッ。陸軍の歩兵中隊の完全武装だ」


 と、男は負い紐を滑らせ小銃に指をかけていた。そして「お前は報告しろ。大変なことが起こるかもだ」


「わかった」


 と詰所にそれとなく1人戻る。


 詰所には電話が引かれていた。


 時間を稼ぎ気を散らす為に、立ち番で小銃を持っていた男が陸軍歩兵中隊に向かって誰何する。声は野太く張られており、夜明け直前の帝都に大きく反響した


「白襷か」


 と、男は小銃を用意しながら続けた。


「日露戦争の決死部隊じゃあるまいに」


 陸軍歩兵中隊の一団の足が、止まる。


 一団の隊長らしき男が進み出てくる。


「我々は皇国の未来の為に決起した! 諸君らに僅かでも祖国を思う気持ちがあるのであれば逆賊、瑞端大佐を弾劾しこちらえあけわたしたまえ!」


「ふざけるな『泥軍』の兵隊風情がクーデターしておきながら祖国を憂いた兵士であることを自慢げに語るなど笑止! 即刻この馬鹿騒ぎを諌め原隊へと戻られよ!」


「是非もなし!」


 詰所が爆破される。


 そこには電話を繋いでいた宇宙軍兵士がいた。


 撃ったのは、帝国陸軍の歩行車両の歩兵砲だ。


 帝国航空宇宙軍の学校の敷地に砲声が響いた。



 同時刻──。


 首相公邸に突入した陸軍の叛乱兵からなる数十名の部隊は、公邸を警備していた宇宙軍兵士と激しい銃撃戦を繰り広げていた。


 大使館及び政治家の身辺警護には、過去の暗殺騒動から宇宙軍が守護してきた実績もあり、宇宙軍が担うようになっていた。


 これにより政治家や財閥など関係者への暗殺の成功率が激的に下がっていたのだが、こと決起においては公邸にて同国の正規軍同士での銃撃戦となっていた。


「武器を捨てて、投降しろ!」


「お前達こそ武装解除しろ叛乱軍めッ!」


 暖簾に腕押し。


 宇宙軍と陸軍の兵士は互いに降伏を、拡声器で投げつけるかのように促すが効果はなく、必ず大量の銃弾と手榴弾と一緒に返事がくる。


 6.5mm弾が空気を切り裂き甲高い音を出す。


 公邸を警備していた宇宙軍兵士は、宇宙軍の陸戦隊として大陸で犯罪者や馬賊を相手に戦ってきた熟練兵である。


 しかし、それは陸軍の叛乱兵だって同じだった。そればかりか中には海軍陸戦隊として大陸で戦ってきた者も合流している。


 お互いが戦場を知っている兵士達だ。


 同じ日本人で袖を通した軍服が違う。


 実力は、装備も練度も拮抗していた。


 違いがあるとすれば、叛乱兵の準備の積み重ねが不十分であるということだけだ。叛乱兵は正規軍がそうであるように、強襲して、強引に公邸の制圧を試みている。


 対して宇宙軍側は、公邸という『陣地』の道を的確に封鎖して、射線で叛乱兵を分断、集中攻撃で局所的な優位を作りながら叛乱兵の戦力を細切れにし、逆に、自分達は戦力を集中できた。


 鉄筋コンクリートと言えども、たった2階建ての敷地への初動での突入に失敗した叛乱兵は、窓を割って銃眼代わりにする宇宙軍によって、少数の突入にこそ成功したものの宇宙軍の逆襲部隊の強襲を受けていた。


「降伏しろ!」


 宇宙軍が、正面玄関まで追い詰められ、最後の防御線に射線を通されている叛乱兵に拡声器で叫ぶ。


 直後──。


「天皇陛下万歳ー!」


 着剣した数人が飛び出す。


 だが容赦なき弾幕が撃ち倒した。


「議事堂に議員を集めて叛乱部隊に政府から正式に解散を命じてもらおう。そういう手筈だ。後、鎮圧を命令されて初めて動ける。そのためには……」


 首相官邸守備隊の航空宇宙軍の兵士が、首相を見る。これから叛乱軍の弾幕の中、首相や議員を国会議事堂に運ばなければならない。


 難儀するぞ。


 宇宙軍の兵士は、しかし、予定されていた任務を全員が頭に叩き込んでいて、何度も演習した予定を忠実に実行した。



 幼年学校寄宿舎を崩して、一角に陣取っていた歩行車両が大口径狙撃砲の連続射撃を受ける。良質な特殊合金の徹甲弾は、正面から装甲を貫通し、乗員を挽肉に変えた。歩行車両が沈黙し、脚部を粉砕されたことで倒れる。


 障害は消えた。


 機関銃と煙幕の支援で、寄宿舎に取り付いた宇宙軍の鎮圧部隊は壁を爆破して内部の掃討を始める。


「これは……」


 宇宙軍陸戦隊が即応して、一時占拠されていた幼年学校寄宿舎の叛乱兵を掃討し、そして見た。


 宇宙軍の兵士は団結を固くする。


 見たものは虐殺であった。


 起床ラッパが鳴らされるよりも前に、寄宿舎にいた生徒らは、多くは銃剣で斬り裂かれ、あるいは処刑されたも同然に撃ち殺され、全ての部屋が血と死体であふれていた。


「まだ……子供なんだぞ」


「陸軍の連中を許すな!」


「皆殺しだ!」


「馬鹿者! 任務は陸軍との戦争じゃない! 叛乱の鎮圧だ! だが……叛乱兵には地獄を見せてやれ!」



 0345時──。


 決起部隊の一部は即応した鎮圧部隊に跳ね返され麻布駐屯地を強化された陣地化することで激しく抵抗する。


 激しい銃声がたてつづき鎮圧部隊と警察は住民避難をも同時にこなさなければならない難しい局面に立たされていた。


 装備では航空宇宙軍が決起部隊を凌駕しているし、鎮圧部隊に参加した陸軍には歩行車両が移送されてきた。


 しかし決起部隊は、豆戦車と呼ばれる軽量な超小型戦車に対戦車銃ないし重機関銃を搭載することで鎮圧部隊の兵らを攻撃してくる。


 戦車の出来損ないである豆戦車はまったく歩兵の脅威として縦横無尽に強力な火力で鎮圧部隊を掃射するのだ。


 流石の航空宇宙軍の防弾衣といえど装甲を貫くことが前提の車載の兵器に耐えられはしない。また、所詮は兵士であり、軽歩兵でこそ無くとも、人間の足とエンジンでは後者が遥かに勝りすぎていた。


 そして──。


 対装甲兵器の経験を持つものは少なかった。


 20世紀は日本陸軍にとって激変の世紀となった。いまだ古株と知古を持つ先達には戊辰戦争など抜刀突撃──当時でさえ時代に即していたとは言い難いが──の話を聞く者らにとっては、自動連発銃の破滅的な一連射を見舞う兵団は、機関銃陣地よりも遥かに機動的であり、所構わず陣地化しては将兵を稲穂のように刈り取ってゆく。


 その有様は西洋の絵画化された死神が大鎌を振るうような様であり、敵味方を問わずおびただしい流血で帝都を染めていく。


 ことここに至り防弾衣は、少なくとも将兵の個人単位では意味を成しているという自覚は消え果てていた。6.5mm小銃弾は頻繁に防弾衣を射貫しているとしか思えず。そこに抗堪する無敵の羽衣という神話など存在しない。


 陸軍も、また航空宇宙軍も。


 同じ装備で構え死んでいく。


 首相官邸や航空宇宙軍士官学校および幼年学校などの陥落そのものは阻止していた。だが包囲する陸軍叛乱兵と海軍陸戦兵の連合は、一部が崩壊したにとどまり、激しい砲火の応酬が続いている。


 クーデターの時期は超えたのか。


 蜂起した兵でさえ想定外だったのは、航空宇宙軍の先鋒を撃破した直後からの熾烈な火砲展開を帝都で実行されたことであった。


 100mm以上の迫撃砲、噴進する煙を吹きながら飛来する弾は、着剣し突撃する叛乱兵を吹き飛ばしてしまう。中には、普及の進み自動車を装甲化した『決戦兵器』も投入されていたが装甲は一瞬で火炎に包まれ中の人間を赤いバラバラの人形に変えてしまっていた。


 そして……歩行車両が大通りに巨足を下ろす。


 そんなものは、こんな戦場は、知らなかった。


 夜明け前の帝都──。


 しらばむ通りを負傷した叛乱兵が逃げ惑う。


 助けてくれ、殺される、と。


 その背中を航空宇宙軍狙撃兵が撃ち抜いた。


 麻布駐屯地に引き返せた部隊からの報告を聞きながら、指揮官は脂汗の滲む体で言う。


「宇宙軍め。何故これほど熾烈に…………だが陸軍大臣閣下へ決起文は届けた。通例から言って我らの決起は陸軍参謀をはじめ賛同をえることは容易く、必ずや陛下がお救いくださると確信している。もう一息の辛抱だ!」

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