第33話

33


朝起きて、まず最初に思ったことは、桜井教授に合わせる顔がない!!と、いうことだ。



どうしてこうも、夜の思考と朝の思考は違うのだろうか。


日記を書くにしても、手紙を書くにしても、メールを書くにしても、夜はどうにも思考が大胆になって、朝読み返すと赤面するほどの文章がしたためられていたりするものだ。


それはわかっていたのに、やってしまった。


文章なら読み返して消せる物を、やってしまったことは何をしたって消せない。


桜井教授の後ろ頭を棒かなんかで思いっきり殴ったら、あの部分の記憶だけ消せないものだろうかと無茶苦茶な事も一瞬頭を通り過ぎつつ、結局、素直に謝るしかないという結論に達した頃には、時計の針は約束の8時に到達しようとしているところだった。


淫乱な女子高生だと思われたのだろうか。


呆れられて幻滅されて、嫌われていたらどうしようと、気分は死刑台に向かう囚人だ。


足取りが重かったせいで、約束の時間を10分ほど過ぎてしまっている。


それでもリビングの扉の前でなかなかその扉を開けられずに項垂れる。


「気分でも悪いのか?」


背中から届くその声に、心臓を吐き出しそうになって、思わず口を押さえる。


「気持ち悪いのか?」


桜井教授は心配そうに、私の顔をのぞき込む。


「いや、大丈夫です!桜井教授、約束の時間過ぎてますよ!」


驚きすぎて、思わず自分の事を棚に上げ桜井教授の遅刻を責めてしまう。


昨夜から悪行を重ねてしまい、自己嫌悪の極致でもう家に帰りたい。


桜井教授はそんな私の理不尽な言葉に、気を悪くした様子もなく照れたように笑う。


「久々に寝坊をしてしまった。申し訳ない。」


確かにいつもより、髪の毛はボサボサで、寝起き感が漂う出で立ちだ。


そのあどけなさが可愛いだなんて、思ってはならない。


絶対にだ。


「…昨日は疲れましたよね。よく眠れて良かったです。」

「…いや、なかなか寝付けなかった。僕はそんなに理性的な人間じゃない。さ、朝ご飯にしよう。」


昨日から、桜井教授の言っている意味がよくわからない。


頭を使うにはまず、ご飯を食べなくてはならない。


「私が作りますよ。」

「いや、作らせてばかりじゃ悪いから、今朝は僕が作るよ。と言っても、トーストとスクランブルエッグだよ。」

「やったぁ!」


料理をする桜井教授をカウンター

越しに眺める。


あんまり見ないでくれよと照れる桜井教授を、心底愛しいと思ってしまう。


そういえば、私は今、人生で初めて血の繫がらない男の人と、2人で朝を迎えているのだ。


思いが叶うことがなくても、この事実は変わらない。


こうして、桜井教授と過ごした時間はなくならないのだ。


「はい。お待ちどお様。」


目の前に置かれた皿には、綺麗なふわとろのスクランブルエッグ。


「…教授、実は物凄く料理します?」

「いや。最近は忙しくてなかなか。だけど、一応高校一年の時から一人暮らししているからね。」


そういえば、そうだった。


悪いことを言ってしまった。


昨日から、私は駄目な人になっている。


ふわふわなスクランブルエッグをフォークに乗せて口に運ぶ。


「おいしっ!!」

「さ、ゆっくりはしていられない。急いで食べてアナプラに戻ろう。」

「ふぁい!」


折角の桜井教授の手料理をもっとゆっくり味わって食べたかったのだが、そうもいかない。


お腹が満たされた私達はアナプラの入口に向かう。


「向こうについたら、もう一回夜を過ごさないといけないですね。桜井教授、寝不足なら寝れますよ。」

「いや、サラと夜警の約束をしてしまったからね。頑張らないと。」


そうだった。


確かにそんな約束をしていた。


嫌だけど、嫌だなんて言ってしまったら、昨日の失態を繰りかえすことになってしまう。


何としても耐えねばならない。


自分がこんなに嫉妬深い人間だったなんて、知らなかった。


「君も来るかい?」

「え?」

「夜警についてくるかい?」

「…いいんですか?」

「うん。」


桜井教授の背中が温かい。


きっと、私の気持ちを汲んでくれての事だろう。


その優しい背中と一緒に、アナプラへと落ちていく。


暗闇をグングンと落ちていき、着いたのはサラの家の門前、グリがお帰りとでも言うように、小さくクァと鳴く。


部屋に戻ると、サラはマシガナの葉がたいそう気に入ったらしく、何枚かを窓際に飾っていた。


光が透けて、ステンドグラスのようにキラキラ光ってとても綺麗だ。


「サラ、話があるんだ。」

「ナギ!なんだ?」


サラは思い人に呼ばれて、嬉しそうにその人に駆け寄る。


「次にまやかしの塔が現れた時には、サラにも一緒に来て欲しいんだ。」

「それは…昼間ならもちろん一緒に行くが、夜は…夜警も欠かすことは出来ないんだ。」

「そうか…」


まやかしの塔が昼に出現してくれることを願うしかないのか。


「ナギ、5つのキーワードの意味がわかったんですか?」


シンがナギに訪ねてくる。ナギは一瞬悩んだようだが、ゆっくりと話し出す。


「どうやら、その5つの鍵は私達自身であるらしい。」

「僕たち??それはどういうこと?」

「私の名前はナギ・エルピーダ。エルピーダというのは、外来語で『希望』という意味があったんだ。」

「希望…あ!キーワードの1つですね!」

「そして、シン。君の名前はシン・ツァルトハイト。ツァルトハイトとは『優しさ』」

「僕が??」

「サラ。君はサラ・ストリングスだ。意味は『強さ』。」

「私の名もか!」

「リュウ!君はリュウ・バレンティアだそうだな。意味は『勇気』。」

「俺もかよ!!…だけどよ。1つ足りなくねえか?」

「愛…愛が足りませんね。」


そう。問題は愛なのだ。愛を見付けないと塔は開かれない。


「そう。それを考えていたんだが…マナ。」

「え?」

「愛は君じゃないのか?」

「私?」

「愛という漢字は『マナ』とも読めるだろう。」


なるほどとマナは思った。


外国語とばかり思っていたから、漢字とはなかなか気づかなかった。


「では、私達5人でまやかしの塔に向かえばいいんだな。」

「俺達が出会ったのは偶然じゃなかったってことか。まぁいい。とことん、付き合ってやるぜ。」

「リュウ!頼りにしてるからね!」

「おめぇは出会った時から俺に助けられてばっかのくせに、感謝の気持ちが足りねぇんだよ!」

「おにぎりあげたじゃん!」

「うるせえ!もっとよこせ!」


そんな他愛もないやりとりが温かい。


マキのアナプラの住人なんだから、当たり前なのかもしれないが、この人達は昔から知っている人かのような空気感がある。


「ナギ もう少ししたら夜警に出るか?少し早いけど。」


その声色だけで、嬉しくて仕方ないという気持ちがくみ取れる。


「ああ。こいつも連れて行く。」


そう言ってナギが指を指した先の私を見て、サラは明らかな落胆の色をその表情に浮かべた。


「あ、ああ。そうだな!一緒に行こう!マナ。」


けれどそれを悟らせないように、努めて明るくそう言い放つサラ。


心の中でごめんね、と呟く。


「俺も行くぞぉ!」

「神様が行くなら僕も行きます~!!」

「みんながいくなら僕も!」


ニコマルとシンまで乗ってきてしまった。


「どうせならみんなで行くか!」


サラも諦めたように笑う。


リュウは調子に乗ってサラの肩を抱き、肘鉄を食らっている。


まるで遠足に行くかのように、みんなで連れ立ってリーポイナスの街へと繰り出した。


久しぶりのリーポイナスの街中だ。


明るいレンガ造りの街並みは、暮れゆく空に染められて朱色に縁取られている。


夕焼けに照らされたみんなの陰がリーポイナスのレンガに写り、まるで1つの絵画のようだった。


「リーポイナスの街にも、犯罪とか起こったりするの?」

「いや、犯罪は起こらないな。私が見張るのは主に魔物から住人達を守るためだ。稀に街から出て、トリュドスの草原に立ち入ってしまう人がいるからな。そういう人達を規制するのが、主な仕事だ。」


初めてここを訪れた私やナギのような人達の事だろう。


ナギはそれでサラに出会ったと話していた。


「あ!ここ、いつか神様とピクニックした公園です~!!」


ニコマルが小さな広場を指さす。


初めてまやかしの塔をみつけたあの日、ここでニコマルとおにぎりを食べたのだ。


「折角だから、ここで一休みするか。」

「そんな疲れてねぇけどな!!おい、マナ!おにぎりよこせ!!」

「2日前のしかないけど、傷んでないかな?」


リュックからおにぎりを取り出しながら、匂いを嗅いでみる。


ナギがこそっと私に顔を寄せ、助言する。


「ここでは食べ物は傷まないんじゃないか?傷まないと思っていれば。」


なるほど。


ここはイマジネーションの世界だから、私が傷んでないと思えば傷まないのだ。


私はおにぎりに手を翳し


「傷んでない、傷んでない」


と呪文をかける。


「余計傷みそうだからやめろ!こんなのはな、喰って美味かったら平気なんだよ。」

「うん。リュウならきっと平気。」

「どういう意味だ!」


リュウがうまいっ!と声を上げると、それを待っていたかのようにニコマルやサラもそれに手を伸ばす。


「俺を毒味役にすんじゃねぇ。」


そんな風にわいわいと過ごしながらも、草原の向こうに目を光らせていたサラが、何かに気づいて確かめるように公園の柵から身を乗り出す。


「サラ、どうかしたか?」

「草原の向こうに人影が見える気がするんだ。」


まだ完全に日が沈み込む前の薄闇の向こう、先程よりも暗くなった夕焼けに照らされた人影が、草原の真ん中を歩いている姿が見える。


「危ないな。ちょっと行ってくる。」

「私も行こう。」


サラとナギが柵を跳び越え、草原の先へと走っていく。


「大蛇が出てきたら、どうしよう。」

「一応、昼間に出来るだけ作った解毒薬や傷薬は全部持ってきてあります。」

「さすが!仕事が早いね!」


シンは公園のレンガ造りのベンチに1つ1つ並べていく。


「凄い!たくさんある!頑張って作ってくれたんだね~。」

「皆さんのおかげで、材料は豊富にありましたからね。これを使わないことを祈るばかりだけどね。」

「そうだね。」

「おい…様子が変だぞ…」


私とシンが並べられた薬に視線を落としていた間、草原に向かっていったサラとナギを心配そうに見つめていたリュウが声を上げる。


リュウの声に顔を上げると、その瞬間、サラの叫び声が響き、ナギとサラ、2人の体が吹き飛ばされていく光景が目に入る。


「ウワァッ!!」


ガキィーンという金属音も響き渡り、瞬時にリュウが公園から飛び出してサラの元へと走っていく。


「ナギ!サラァ!!」


私達もリュウの後に続く。


何が起こったんだろう。


見る限り、魔物の姿はない。


遠隔攻撃を食らったのか、それとも。



草原に倒れ込んでいる2人の傍には、さっき見えた人影、1人の少女が立ち尽くしていた。


黒いワンピースと長い髪を風に靡かせて、じっとこちらを見据えていた。


その姿はキュイナスノ丘で見た、マキの姿と一致した。


「…マキ…?!」

「ふ~ん。みんな一緒だったんだ。」

「マキ?マキだよね。マキ、お姉ちゃんだよ。わかる?」

「…私にお姉ちゃんはいないよ。」


少し垂れた目元。


筋の通った鼻。


私によく似ていると言われた口元。


長い黒髪。


この子はマキでしかない。


「マキでしょ?!」

「私はマキじゃない。」

「嘘!」


リュウが草原に倒れ込んだサラを抱き起こし、シンはナギを介抱している。


「マナ!そいつから離れろ!」


シンに抱き起こされながら、ナギが叫ぶ。


「…マナ?なんであんたがマナなのよ。」

「え?」

「あんたはマナじゃないし、私はマキじゃないっ!」


マキはそう叫ぶと、その顔立ちはマキの面影を残しながらも恐ろしく変貌していく。


「マ、マキ?」


マキの目が限界まで見開かれ赤く充血し、黒目はその中心に線のように細く、耳まで裂けた口もとには鋭い牙、マキが全身に力を込めてそれを思いっきり放出すると赤黒い衝撃波が四方を散らしていく。


「きゃあ!!!」


大きい空気の塊がある程度の速度でぶつかってきたような衝撃が走り、一番近くにいた私の体は4.5メートル弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「マナッ!!!」


ナギが私に駆け寄るのが見える。


その前にマキが私の前にしゃがみ込み、ニコッと微笑みを見せる。



マキ…?


私を思い出してくれた…?


「痛い?痛いの?ねぇ。」


フフフと可笑しそうに笑いながら、私のお腹に人差し指を突き立てる。


その指をそのまま私の肌に少しずつ、少しずつ食い込ませていく。


痛みはない。


だけど、なにかしら熱いものが凄い勢いで流れ出して行くのを感じる。


その楽しそうに私のお腹に指突き刺すマキの背後に、剣を振り翳すナギの姿が見える。


「ナギ…!やめて!マキを傷つけないで…!」


ナギの瞳は困惑の色に揺れたが、剣をしまい、マキの体を後ろから、力任せに捉えた。


マキの指が引き抜かれた私のお腹から、夥しい程の血液が漏れている様子が月明かりに照らされていた。


シンが直ぐにかけより、私の治療にあたる。


リュウもサラを抱いたまま、私に手を翳し回復のスパークを放ってくれた。


徐々に傷口が塞がり、やがて、血の跡も消えていく。


「へ~。いいね。大切にされてるんだ。」


ナギに捉えられながらも、マキは楽しそうにハハハっと乾いたように嗤う。


マキの姿はまたもとの姿に戻っている。


ナギもそれ以上、どうしたらいいのか分からない様子だ。


倒すわけにも行かず、放すわけにも行かず。


マキも抵抗する様子はない。


「マキ?どうしたの?ねぇ。帰ろう?」

「帰る?どこに?」

「私達の家に!」

「私の家なんかないわ。みんななくなった。家も、家族も、自分も。」


自分も?


どういうこと?


マキは思い出したように、ああ!と声を上げるとまた、一段と大きな声をあげて笑い出す。


「アハハハハッ!!!あ~!あ~!あ~!!そうそう!そうだった!忘れてた!!あんたが探してるのってあの子のことかも!!」

「あの子?」

「そうそう!邪魔くさいから殺してやろうと思って閉じ込めたまま、忘れてたっ!!」

「閉じこめた?」

「うん。もう死んでるかも。」


マキは体から再度衝撃波を放ち、四散させる。


吹き飛ばされたナギはそのままバランスを保ち、なんとか倒れず踏みとどまった。


自由になったマキが片手を上げると、マキの後ろ側の草原が盛りあがり、そのままドドドーっと灰色の建物が出現する。


「まやかしの塔…」


リュウが呟いた。


だけど、塔の上部には、今まで見つけられなかった小窓が存在している。


ここにマキが閉じこめられている?


マキが自分で自分を閉じ込めているというのだろうか。


私はまだ自由にはならない足を引きずりながら、塔に駆け寄った。


「マキ!マキ!マキッ!」


そう叫ぶことしか出来ず、その塔に縋りつく。


その様子をマキはお腹を抱えて笑いながら見ている。


「アハハハハ!!面白いねあんた。塔はそこからじゃ入れないから!教えてあげるからこっち来てみ?」


マキに手招きされるままに近づいていくと、マキが隠し持っていた短剣を私の左胸に突き刺そうとした時、横から突き出た真っ赤な長剣がその短剣を捉えた。


ガキィィンッ!!


鋭い金属音が鳴り響き、私の胸の前で2つの剣が交差していた。


「…サラ…。」

「マナッ!しっかりしろ!!そんなんじゃ妹は救えないぞ!!」


マキはバッとサラから距離をとると、恐ろしい形相で私を睨む。


「お前はマナじゃないっ!!!」


尚も私への攻撃をやめようとしないマキに、サラが剣を向け直す。


「サラ、お願い。やめて!」

「マナ。それは無理だ。あいつを倒さないとお前が殺される!」


サラがマキに斬りかかる。


マキが一瞬悲しそうな表情を浮かべるのが見えた。


ダメだ。


マキを傷つけちゃダメだ。


私は無意識に、マキの前へと体を投げ出す。


ガツ!と背中で音がして、衝撃を覚悟してはいたけれど、圧迫感は感じれど、剣の衝撃は一向に感じない。


嫌な予感がして振り返ってみれば、ナギがクリスタルの剣でサラの深紅の剣を受け止めていた。


ホッとしたのも束の間、私の腕の中にいたマキが、私の顔を見てクスリと笑い、先程の短剣を私のお腹へと躊躇なく突き立てた。


油断した。


油断してしまった。


あのマキの悲しそうな顔は、どうしても見ていられなかった。


崩れ落ちた私にナギとサラが反応する。


マキはパッと飛び退き、あっという間に姿を消してしまった。


「マナッ!!」


ナギが私を抱き起こし、シンとリュウが私の傷口を消していく。


けれど、頭がズキンズキンと痛んで視界がグラグラと霞む。


「マナ、傷口が消えても、流れ出た血液は戻らない。もう無理はするな。」


そんなこと言ったって、あんなに望んだマキがそこにいるのだ。


今無理しなくて、いつすればいいというのだ。


その時、天を仰いだ私の目に、塔の小窓から顔を出す少女が目に入る。


「お姉ちゃんっ!!!」


塔の小窓から顔を出すその少女は、マキだった。マキが私を呼んでいる。


「マキ…!!」

「お姉ちゃん、助けてっ!!!」


「あれが、本物の妹か?」


リュウが呟く。


「おねがい…お願いみんな…。力を貸して…。」

「マナ…」

「どこかに…どこかに塔の入口があるはずなの。塔を開かなくちゃ、マキを助けなくちゃ…!」


完全に日の沈んだトリュドスの草原に、大きな満月がぽっかり浮かぶ。


月明かりに照らされた私達の陰が、まやかしの塔に映り込んだ。


私達の影が重なって…。


「重なってる…」

「え?」

「【まやかしの塔は、強さ、優しさ、勇気、希望、そして愛が重なり合った時にのみ開かれる。】」

「マナ?」

「ねぇ、みんな。自分の影をこの塔に映して。」

「影を重ねるって事か?」

「やってみてもいい?」

「やってみよう。」


自分達の影が塔に重なるように、ある程度の距離を取って、5人が一直線に並ぶ。


すると、ヴヴヴと灰色の外壁が振動したかと思うと、まるでブロックの玩具のように、そこだけが崩れ落ちた。


「…開いた…。」

「こんな簡単に?」


あまりのあっけなさに、みんな呆然としている。


「行こう!!」


体中に力が入らないが、力を振り絞って螺線階段を上がっていく。


ナギの手を支えにして、一段一段と、マキに近づいていく。


上がっても上がっても終わらないそれは、疲れのないアナプラの世界とはいえ、精神的苦痛を与えた。


やっとの思いで辿り着いた最上階に繫がる階段を、最後の気力を振り絞り、駆け上がっていく。


「マキっ!!!」


塔の最上部は、灰色のコンクリートに囲まれた、まるで牢屋の様な部屋だった。


だけど、そこにマキの姿はなかった。


たった一つだけ外に繫がる小窓に駆け寄って、外を確かめる。


外には満月に照らされた草原がどこまでも広がっている。


人影一つない。


マキ、どこに行っちゃったの?


その時、凄い力で背中を押され、私の体はなんの抵抗もなく外へと投げ出された。


叫び声も出ない。


「マナ!!」


部屋の隅を探索していたナギが異変に気づき、躊躇なく窓から飛び出し なんとか私の体を掴むと、落下しながら叫ぶ。


「グリ!!出口を出せっ!!!」


私達が地面に叩きつけられる寸前に、地面にぽっかりと暗闇が映し出された。


ザッと出口に吸い込まれながら

、アハハハハ!というマキの笑い声を聞いたような気がしていた。

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