第40話 秋月の実力

「ねぇお父さん。今度は私とやろうよ」


 麦茶を飲み小休止を終えると秋月が楓に向けて挑戦的なセリフを吐いた。あの強い父親に挑むとか娘とは言え随分と勇猛に思える。


「そうだな。たまにはいいか」


 そして楓が立ち上がり秋月と一緒に中央に移動した。


「お姉ちゃんがんばって~」

「ワンワン!」

「ピキィ~♪」


 紅葉の応援に合わせてモコとラムも声を上げていた。雰囲気的には秋月を応援しているようだな。


「体格差が凄いな。これで勝負になるのだろうか?」

「うふふ。確かに娘は小柄ですが中々やるんですよ」


 一緒に見ていた月見が笑って答えた。そう言えば彼女もあの楓を軽々と投げ飛ばしていたな。あれには本当に驚いたけど――


「はぁッ!」

「むんッ!」


 父娘の試合が始まった。裂帛の気合とともに激しい組み手争いが始まった。これは、凄いな。まるで世界大会で見るような激しさだ。


 そして楓も秋月も互いに一歩も引かない。手加減してるかと思ったが互いに顔は真剣そのものだ。そして秋月が一旦後方に飛び退いたわけだが。


「だったらこっち!」


 言うが早いか秋月が飛び込んだ。文字通り跳躍して楓との距離を詰めたんだ。かと思えば回し蹴り!?


「そう来たか。だが軽い!」


 楓が秋月の蹴りを受け止めた。一瞬これはありなのか? と思ったけど良く考えたら山守流柔術は総合的な流派だったな。


 ただ、楓の言うように確かに小柄な秋月では体重を乗せても父親には通用しない気もするが――


「何ッ!?」

 

 楓が目を見開いた。蹴りを受け止められた秋月だがそのまま絡まるような動きで楓の背後に回り込み首を絞めに入ったんだ。


「回し蹴りはフェイントといったところかしら。ウフフッ、危険だから普段はおいそれと狙えない技ね」

 

 月見が楽しそうに笑っていた。綺麗な母親なんだけど父娘の闘いに動揺もせず笑っていられるって本当肝が座ってらっしゃる。


「どう? ギブアップ?」

「ウググググウウゥウ!」


 しかし楓にも意地があるのか絞めてる腕に手を掛け強引に外しに入った。


「ちょ、力凄!」

「フンッ!」


 強引に引っこ抜きそのまま秋月の襟を取り投げた。秋月の背中が畳に叩きつけられる。


「決着ね。だけど惜しかったわね」

「いや、凄い勢いで叩きつけられましたけど!?」


 呑気に結果を口にする月見をよそに俺たちは秋月に駆け寄った。


「大丈夫か秋月!」

「ワンワン!」

「ピキュ~!」


 俺とモコとラムが声を掛けると秋月がスクッと立ち上がる。


「はぁ、やっぱりお父さんには勝てないかぁ」

「へ? えっとなんでもない?」

「ん?」


 俺が問いかけると秋月がきょとんっとした顔で俺を見てきた。


「アッハッハ! そんな心配は無用だ。娘の受け身は完璧だからな。昔崖から落ちた時も受け身のおかげで無傷だったぐらいだ」


 いやいや、それはとんでもなさすぎませんかね。とは言え平然と立っている秋月を見るに心配は不要だったようだな。


「もしかして俺なんかよりずっと冒険者向きなんじゃ……」

「え? そ、そうかな?」

「何? 冒険者だと! いかんいかん大切な娘をそんな危険な仕事につけさせてたまるか!」


 率直な感想を述べたのだけどどうやら父親の楓は秋月が冒険者をやることには反対らしい。


 でも、今の試合を見るに冒険者より危険なことをしていたような気がしないでもない。


「しかし、君は冒険者になったんだったな」

「あ、はい。まだ仮登録の段階ですけどね」


 俺が答えると楓が何かを考えるように顎を擦ってみせた。


「それなら武器を使った戦いも知っておくと良さそうだ。ジョブは一体どんなものになっているんだ?」

「あ、はい。実は農民で、戦闘向きじゃないですよね」


 質問に答えたが実際口にしてみて冒険者向けじゃないなと思ってしまう。


「なるほど農民か。確かにそれだけ聞くと戦闘向きに思えなさそうだが実際はそうでもないぞ」


 そう言って深く頷いたかと思えば楓が一旦その場を離れた。それから少しして戻ってきたわけだが幾つかの道具が抱えられていた。


「農民だとこのあたりか。これらを武器に使えば農民でも戦えるだろう」


 そう言って楓が畳に並べたのは小型の鎌、柄の長い大鎌、そして鍬だった。全て農具として使われているものだな。確かに農民にはピッタリな気もするけどこれで本当に戦えるんだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る