第37話 山守の母

 山守の母に案内されて大広間に向かった。しかし廊下が長い。中庭もあって鹿威ししおどしの涼し気な音色も聞こえてきた。


 ふと前を行く山守の母を見たが歩く姿勢に乱れが一切感じられず美しい。


「……何かお母さんの事ずっと見てない?」


 すると、俺の袖を引っ張った山守がそう言って目を細めてきた。


「お母さんはお父さんとラブラブだから狙ってもダメだからね」


 そして何故か不機嫌そうに注意されてしまった。いやいや誤解だから!


「違うって。姿勢が綺麗だなと思ってさ。なにかしてるのかなって」

「あ、そうなんだね。うん、お母さん普段は生け花を教えたりしているから」


 なるほど。それで合点が言った。更に山守が言うには華道と茶道の両方に通じているようだ。


「凄い人なんだな」

「ワン!」

「ピキュ~」


 山守の話を聞いてモコとラムも感心しているよ。そうこうしている内に俺たちは広間に通された。

 

 襖で仕切られていて建物の外観通りの和室だ。痛み一つ感じられない畳が敷き詰められていて手入れが行き届いているのがわかる。


「楽にしてくださいね」


 山守の母はそう言ったがなんとなく正座になってしまった。するとなんとモコも俺の真似をして正座で座ってみせた。


「モコ大丈夫か?」

「ワン!」


 元気に答えるモコ。どうやら大丈夫らしい。しかしチョコンっと正座するモコの姿は行儀良さの中に愛らしさも相まってなんとも言えない気持ちになる。


「モコちゃんお行儀いいですね~♪」

「ワン♪」


 紅葉に褒められてモコもご満悦な様子だ。


「あらあらすっかりモコちゃんと仲良しね」


 そう言って口元に指を添えて微笑む山守の母親。見た目の若々しさも相まって一つ一つの所作には目を見張る者がある。


「改めまして、私、秋月あつきと紅葉の母の月見でございます」


 そう言って二人の母親である月見がお辞儀をした。そういえば山守の名前は秋月だったな。とにかく月見の所作につられて思わず俺もそれに倣う。


「は、はい。改めまして風間 晴彦と申します」


 自分なりに言葉を選んで返礼する。しかし本当に行儀がいいな。


「えっと、そこで事後報告になってしまい申し訳ありませんが、今は落葉さんの管理していたダンジョンで過ごさせてもらってます。出来ればこの子たちと一緒に今後もダンジョンで生活させてもらえればと思っているんですが……」

「はい。秋月が問題なければ一向に構いません。山を相続したのも娘ですからね。それに人柄はよくわかりましたので。貴方は信用できます」


 ニコッと微笑み優しい言葉を掛けてくれて安堵した。


「それでは折角ですからお茶を御用意しますね」

「いや、そんなお構いなく!」

「わざわざ来ていただいたのですからご遠慮なさらず」

 

 そう言って月見が部屋を出ていった。しかしお茶の先生に淹れてもらうとか、なんとも贅沢な気もする。


「そういえばお父さんはどうしてるかな」


 待っている間に秋月がそんなことを言った。そう言えば母親がいるなら当然父親もいるわけか。


「パパは道場だと思うよ~」

「え? 道場?」

 

 モコと遊んでいた紅葉が思い出したように言った。それに俺も疑問の声をあげてしまう。


「あ、そうなんだ。えっと風間さん実はね――」


 秋月が何かをいいかけたその時、広間の外からドスドスと豪快な足音が近づいてきた。そして閉められていた襖がガラリと開けられ熊のようにガタイの良い男性が入ってきた。


「むぅ!」


 そして俺を見るなり眉間に皺を寄せ唸り声を上げた。あれ? 何故だろう背中に悪寒を感じたのだけど。


「あ、お父さん。ちょうどよかったこの人が」

「ゆるさぁあああぁあああぁああああぁああああぁああんッ!」

「わわっ!」

「ワン!?」

「ピキィ!?」


 秋月の説明が終わる前に男性が咆哮を上げた。さっきの悪寒は思い過ごしじゃなかった! ひょっとしてこの人怒ってらっしゃる!? 


 その声の大きさにモコとラムも驚いて俺の背中に回ってきたよ。しかも鬼のような形相で俺を睨んできているし、これってヤバいのかも――

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