閑話 その後の二人

「は、はい。申し訳ありません。以後気をつけるように致しますので」

『全く。本当にお願いしますよ。こう言ってはなんですが風間さんなら絶対にこんなミスは犯しませんでしたからね』

「――直ちに修正しお送り致しますので」


 取引先の担当者からのクレームを受け、阿久津は苦虫を噛み潰したかのような表情を見せていた。


 電話では申し訳無さそうに話しているが内心では悪態をつき続けている。表情も不機嫌そのものだ。


 理由は風間にあった。顧客情報の流出もあり風間は会社を辞めさせられた。当然その分の仕事は誰かが引き継ぐ必要があるがそれを意気揚々と引き受けたのが阿久津だった。


 だが、それが間違いだった。風間の扱っていた仕事は多岐に渡り取引先からの細かい要望にも風間は答えていた。


 だが阿久津ではそれらを処理し切ることが出来なかった。自分の扱っていた仕事に加え風間の請け負っていた仕事を安請け合いしたのが響いた。


 結果ミスも増えてしまう。阿久津は決して仕事が出来ないわけではなかったがそれでも風間程の仕事量をこなせる程ではなかった。

 

 おまけにその度に風間を引き合いに出されてしまう。風間なら出来た、風間ならこんなミスはありえない、風間なら快く引き受けてくれた――それらを聞く度に阿久津の苛々が募っていった。


「阿久津、ちょっとこっちへ来い」

「は、はい部長――」


 取引先へ修正データを送った後、今度は部長に呼ばれてしまった。表情から良い話ではないことは察することが出来た。


「お前が作成した資料、あまりにお粗末で使い物にならないぞ。最近はミスも目立つ。もっとしっかりしてもらわないとな」


 予想通り部長からの叱責を受け阿久津は悔しげに奥歯を噛み締めた。


「風間の作った資料はよく出来ていたものだがな――」


 ボソリと呟いた部長の言葉に阿久津は大きく目を見開かせた。握った拳がワナワナと震える。


「風間はもういないでしょうが!」


 思わず声を張り上げていた。言った後、ハッとした顔で阿久津が口を押さえたがもう遅い。


 部長の厳しい視線が阿久津に向けられた。


「す、すみません」

「いや、構わんさ。確かにお前の言う通りだ。私も迂闊だったな。だがその後の仕事を引き継いだのはお前だ。一度引き受けた以上中途半端は許されない。それはわかっているな?」

「……勿論わかっています」

「それならいいが。とにかくこの資料は作り直せ」

「承知いたしました」


 頭を下げデスクに戻ろうとした阿久津に部長は続けた。


「ところで阿久津、顧客情報が流出した件、実は風間のミスではなかったのではないかという話が上がってきている。お前、心当たりはないか?」

「……ありませんが、何故それを私に聞くのですか?」

「――特に理由はない。他の社員にも聞いていることだ。まぁいい仕事に戻れ」

「……はい」


 阿久津は自分のデスクに戻った。だがその心は穏やかではなかった。


「お前、ヘマはしてないだろうな?」


 昼休みになり、阿久津は座間を誘い外に出た。その時に気になっていた事を聞いた形だが。


「何よ突然」

「部長に言われたんだよ。あのミスの件、風間ではなかったという話が出てるってな。社員全員に聞いているとは言っていたが俺を疑っている気がした」

「――そんなこと私に言われてもね」

「おい! ふざけるなよ! こんなことがバレたらお前だってタダじゃすまないんだぞ!」

「何よそれ脅しのつもり?」

「うるせぇ! とにかくお前もしっかりチェックしておけよ。たく、ただでさえあいつの仕事を押し付けられて迷惑してるってのによ」


 阿久津が愚痴を吐く。もっともそれを引き継いだのは阿久津の意思なのだが。


「――ねぇ、貴方今後大丈夫なの? 最近私の耳にも届いているわよ。あいつがいなくなって仕事にも影響が出てるってね」

「――確かに面倒なことになってる。そろそろ別な手も考えておかないとダメか」

「何よ別な手って?」


 阿久津の言葉に座間は怪訝そうに問い返したが――


「……そうだな。どうだお前、俺と一緒に冒険者をやってみるってのは?」

「はい――?」


 その提案に目を丸くさせる座間であった――

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