親友に裏切られ婚約者をとられ仕事も住む家も失った俺、自暴自棄になり放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

プロローグ

俺は平凡な会社員だった。中小企業に務めそこそこ残業も多い会社で営業として無難に仕事をこなしてきた。これといって目立った点はない俺だったが、それでも社内で座馬（ざま）　未瑠（みる）という恋人も出来たし最近になって婚約もした。

　たとえ平凡でも俺の人生は上手くいっていると思っていた。そう、この日までは。今日俺は会社をクビになった。一応自主退社ということにはなったが実質解雇と一緒だった。

　突然の出来事だった。今日俺が会社に行くと社内が随分と騒がしかった。理由を聞くと顧客情報が流出したとのことだった。この時はまだ俺も、大変なことになったなとか一体どこの誰がやったんだなどと他人事のように思っていた。

「風間！　今すぐこい！」

　そんな矢先、俺は部長に怒鳴られ別室まで連れて行かれた。一体何事かと思ったが、部長の話では顧客情報は俺のパソコンから漏れたとのことだった。

　だが俺にはそんな覚えはない。そもそも俺は顧客情報なんて扱ってなかった。だけどパソコンの記録上では確かに俺の操作で情報が流出してしまっていた。

　俺はわけがわからなかった。部長には俺ではないと説明したが、証拠もあると言われて全く聞く耳を持ってくれなかった。

　結果責任を取って俺が退職することになった。こんな身に覚えのないことで責任を取らされて会社を辞めることになるなんて、俺は悔しくて仕方なかった。

　同時に彼女の未瑠になんて言おうと悩んだ。婚約したばかりなのに突然無職になったのだ。未瑠だって不安に思うことだろう。それでも言わないと仕方ないと彼女の休憩時間を待って会いに行ったのだが、そこで俺は更に非情な現実を突きつけられることになった。

「悪いけど貴方との婚約は破棄するわ。会社の情報を流出させてクビになるような人とやっていける自信がないもの」

　それが未瑠の答えだった。あまりに冷たい一言に俺は一瞬時が止まったかのような感覚だった。

「待ってくれ違うんだ。情報だって俺は身に覚えがなくて」

「往生際が悪いぞ風間ァ――」

　俺と未瑠が話しているとそこに一人の男が割って入ってきた。阿久津（あくつ）　宗谷（そうや）――俺とは高校からの同級生で同僚でもあった男だ。そいつはヘラヘラと笑いながら俺に言ってきた。

「お前は仕事をクビになった上に婚約者にまで愛想をつかされたんだろう？　いやー笑えるぜ、なあ？」

　阿久津の言葉に彼女は頷いた。それを見た俺は絶望に打ちひしがれながらもなんとか誤解を解こうと口を開く。

「違うんだ二人とも聞いてくれよ、俺は――」

「しつこいんだよ。いい加減諦めろよテメェは。未瑠だってもう将来有望な俺の方がいいって言ってんだからよ」

　そう言って阿久津が未瑠の肩に腕を回した。俺はわけがわからなかった。

「お、おいどういうことだよ？」

「……ふぅ。宗谷も節操がない真似やめてよ。言っておくけど彼から告白されたのは私が婚約破棄を決めた後よ。それにまだ付き合ってもない。でもね。彼の言う通り社内の評価は彼のほうが高い。こうして貴方とも別れるわけだし私はこのまま付き合ってもいいと思ってるの」

　その言葉を聞いた瞬間、俺は目の前が真っ暗になった。同時に勝ち誇ったような笑みを浮かべる阿久津に無性に腹が立った。

　そして思い出した。確か今回の顧客情報を扱う仕事はこいつ阿久津が任されてなかったかと。そして未瑠の仕事はSEだ。社内のシステム管理を任されている。

　つまり未瑠は社内の情報を自由に扱えたことになる。そうなると阿久津と未瑠の話は恐らく嘘だ。きっと俺と婚約していた時にも浮気していたのだろう。

　だからこそ阿久津のミスを俺に押し付けた――そう考えると全ての辻褄があった。

（そういうことかよ……っ！）

　全てが繋がった瞬間、どうしようもない怒りが込み上げてきた。故に自然と阿久津を睨んでいた。

「なんでだ。お前とは高校からの付き合いだっただろう。俺はお前を親友だと思っていたのに」

「は？　お前が友だち？　笑えるぜ！　キモいんだよテメェは。俺は一度だってお前のことをそんな風に見たことはねぇぜ？　寧ろ嫌いだった。だからこそ言ってやるよザマァァアアアァアア見ろ！　てなぁ」

　そういって醜悪な笑みを浮かべる阿久津。隣では未瑠も笑っていた。

　そうだったのかよ。結局親友だと思っていたのは俺だけで、結局俺はコイツの踏み台にされただけということだ。俺はただ騙されて利用されていたのだ。

　だが、これはすべて憶測に過ぎず肝心な証拠もなかった。そう考えた途端急に虚しくなった。そこから先は俺もよく覚えていない。会社を出た後はいつの間にかアパートの部屋に戻ってきていたからだ。

　そしてベッドに転がってからようやく現実感が戻ってきた。あまりに悔しくてその日の夜は俺は枕を涙で濡らした――