23 ラノベと漫画が好きなんです

 いろいろあった土曜日を忘れての今日。


 日曜日は世界で最も平和な日だ。

 どんな過激な戦争も、日曜日には休戦になる(願望)。


 昨日は千冬ちふゆの彼氏であるシグレ君にバックハグされた後は特に何もなく、誰にも気づかれずに家に帰ることができたことを報告しておこう。


 姉さんはヘトヘトの状態で家に帰ってきた。

 俺が遭難したと思って五番街を走り回ったらしい。過保護にもほどがある。




 姉さんは今日友達と用事があるとのことで、フリーな日曜日が巡ってきた。


 というわけで、俺は五番街からちょっと離れた、アニメと漫画の専門店であるアニマイトに来ていた。

 すぐ隣には本屋もあるので、オタク界隈では「聖域」として有名だ。


 オタクの日本代表、南波なんば真一しんいちは週5で出没するという。


 彼は買い込んだラノベや漫画を家にこもって日曜日に読むので、原則日曜日はアニマイトにいない。


「今日は『エンパイア』の新刊と『ユウイタ』の6巻を買うか」


 佐世保させぼのアニマイトはさほど広くないが、都会のアニマイトは凄く広いと聞いたことがある。


 真一は東京と福岡の店舗にも行ったことがあるらしい。

 この前マウントを取ってきた。


 品揃えも豊富で、オタクの密度も高いとのこと。要するに最高だ。そこに腐女子の割合が2割くらい入っていれば、もっと最高だ。


「うわ……ユウイタの6巻売り切れ……」


 ユウイタというのは『勇者学園の異端児は最強ムーブをかましたい』という異世界ファンタジー作品の略称で、現在7巻まで刊行されている。


 最近ハマってしまった。

 主人公の西園寺さいおんじオスカーが中二病で、とにかくイカれた奴なので気に入っている。


 作者のエース皇命こうめいは俺の尊敬する作家だ。テレビタレントとしても人気だし、佐世保出身なので親近感がある。


 同じ作者の別シリーズに手を出すか、まったく違う系統のシリーズに手を出すか悩んでいると、後ろから肩を思いきり叩かれた。


「アッキー、もしやユウイタ狙いか?」


「真一?」


 出没頻度は高いものの、日曜日に会うことになるとは思ってなかった。

 オタクの日本代表の登場だ。


「もし6巻を買うなら、隣の本屋に行くといい。20分の間に誰かが買っていなければ、まだ1冊だけ残ってる」


「流石はオタク系男子」


「佐世保のラノベと漫画の流通は常に把握してる。それと比べれば、アッキーはまだまだアマチュアだ」


 うん、アマチュアでいい。


「とりあえず速攻で買ってくる」


「待て。『エンパイア』の新刊はあっちだと売り切れだ。多めに取り寄せてあるアニマイトで先に『エンパイア』を買い、その満足度を維持して本屋に行くのはどうだろう?」


 真一にしては理にかなった提案だ。


 これは佐世保のラノベ及び漫画流通のプロに任せるしかない。




 ローマ帝国の歴史を面白く描いた『エンパイア』。


 超人気作品なので、棚の正面にドカンと並べられている。

 現在46巻まで出ている、とんでもなく長い作品。1巻が刊行されたのが20年くらい前だから、当然俺はこの世に生まれてすらない。


 あと2巻で完結する、との噂だ。


 確かに、作中ではローマ帝国がもうそろそろ終焉を迎えそうな感じなので仕方がない。


 コンスタンティヌス帝がかっこよくポーズをとっている表紙の46巻に手を伸ばす。


「――ッ」


 ――と、ちょうどタイミングよく、白くて美しい手と重なってしまった。


 何このベタな展開……。


秋空あきらくん?」


日菜美ひなみ……えーっと、どうも」


 部活が一緒で、オタク系&クール系美少女の早坂はやさか日菜美だ。


 確かつい先日、『エンパイア』が好きだと言っていたような気がする。

 休み時間に毎回読んでいるのも『エンパイア』だ。


「こんなとこで会うなんて、運命だね」


 会う確率はかなり高いと思うけど。


「昨日は『エンパイア』の最新刊が楽しみすぎて、徹夜したんだ」


「コンディション大丈夫?」


「大丈夫。今覚醒してるし、幻覚が見え始めたから」


 全然大丈夫じゃなかった。


「秋空くん、ひとりで来たの?」


「うん、いろいろうるさい姉とは一緒じゃないから安心してほしい」


夏凛かりん様、家で寂しがってるかもね」


「姉さんは友達と遊びにいってるから、家にはいないよ」


 今は五番街でも歩いていることだろう。


 ここで会話が止まった。

 お互いになんか気まずくなる。


 ここで役に立ちそうな真一は、推しキャラ狙いでガチャガチャをするとか言ってとっくに離脱している。推し以外が出ることを望もう。


 俺は広げられそうな話題を探した。


「日菜美は『エンパイア』以外で好きな漫画とかある?」


「『エンパイア』以外の漫画って、あるの?」


 あるだろ。

 何言ってんだこの人。


「嘘。流石に他の漫画くらい知ってるよ」


「それは安心した」


「でも、名前とか思えてないよ。5文字より多い単語は覚えられないから」


 エンパイアは5文字だからギリギリセーフだった。


「あ、体操の漫画とか、読んでたかも」


「体操……そっか、中学の時してたからか」


 日菜美は中学時代は体操部で、結構凄い実力を持っていたらしい。でも、高校では帰宅部に所属し、その高い身体能力を帰宅のために使っている。


「高校では体操続けないの?」


「多分無理。もう疲れたから」


「スポーツって疲れるよね」


 当たり障りのない返答をした自分を叱りたい。


「それもあるし、その……レオタードが……」


 ――レオタード。


 セクシーだけど処女という言葉を知らない美少女、日菜美。

 そんな彼女のレオタード姿を想像してみる。


 なんだか畏れ多いような気がしてきた。


「……レオタードに胸が……入りずらくて……だから、体動かしにくかった」


「……」


 要するに、胸が大きくなりすぎて体操辞めた。

 そういうことでいいですか?


 世界で最もデリカシーのない男、滝沢たきざわ壮一そういちならそう言うと信じている。


「秋空くん」


「ん?」


 急に頬を赤くして、顔の距離を近づけてくる日菜美。


 最近の日菜美はクールというより可愛い。

 明らかにクール系の顔と、そこから放たれる愛嬌とのギャップが心に響く。


「私って、そんなに胸大きいのかな?」






《次回24話 強化合宿に意味はあるのか》

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