14 部活の方針が狂ってる

 いきなり入部を宣言した上に、副部長の座まで狙いにきた千冬ちふゆ


 俺を追いかけるようにして元カノの千冬が立ち上がったことで、クラスは興奮の渦の中にあった。


『実は長谷部はせべさん未練たらたらなんじゃね?』


『アッキーどんまい』


『絶対まだアッキーのこと好きじゃん』


『ほんとに山吹やまぶき君って振られたの?』


 だから誰だよ、アッキーどんまい野郎!


 千冬の宣言を聞きながら、松丸まつまる先生は勝ち誇ったような笑みをこぼす。


「あら、長谷部さんは秋空君の元カノなんでしょう? 元カレと一緒の部活で気まずくならないかしら?」


「気まずくなりません」


 いや、普通に俺気まずいよ。

 何よりこの状況が。


「わかりました。顧問としては部員が増えるのは嬉しいことなので、よしとしましょうか」


「それで、副部長にしてくれますか?」


「それは駄目よ、長谷部さん。副部長は秋空君のお姉さんがすることに決まっているから。残念ね」


「今からでも遅くないですよね?」


「でも、顧問の私がそれを認めちゃってるから、決定事項なの」


 千冬が頬をぷくっと膨らませて拗ねる。

 なにそれ可愛い。


 今度俺も真似してみよう。


 千冬と松丸先生が言い争っている間に、さらさらっと、それらしき書類に名前を書いていく。


 山吹という字はできるだけコンパクトに書き、秋空という字は気持ち大きめに書く。幼稚園生から続けている名前を書く時のこだわりだ。


「先生、書き終わりました」


「ありがとう秋空君。そしておめでとう。これで帰宅部も本格的に活動開始ね」


「帰宅部なので放課後はすぐに帰るっていうことでいいですよね?」


「すぐに帰る? それじゃあ帰宅部とはいわないじゃない」


 いや、それが帰宅部というんですよ。


「それに、勘違いしてるようだけど、休日も活動あるのよ」


「え、休日もあるんですか? 帰宅部が?」


「当たり前じゃない。そのうち合宿することが決まってるから、よろしくね。でもまだ合同合宿は厳しいみたい。学校が予算を出してくれないの」


 帰宅部の合宿がいまいちわからない。想像もできない。


 それに、合同合宿は予算がないからではなく、他の学校に帰宅部がないからだ。合同合宿って、帰宅の技術を高め合ったりするんだろうか。


「松丸先生、もうそろそろ1時間目の始まるので、早く終わらせてください」


 タイミングのいい男、龍治りゅうじがアナウンスした。


 この混沌とした教室の中で、唯一の秩序。

 たまに俺を・・困らせることを言うが、それを除けば結構グッジョブな奴だ。


「あら、スパルタは変わらないのね。でも残念、1時間目は私の授業だから別に遅れても――」


「今日は時間割変更があったことで1時間目の授業が数学と入れ替わっています」


「……スーガク?」


田口たぐち先生は他の教師に対しても厳しい先生だと聞いていますが」


 松丸先生の顔色が変わった。

 一気に青く変色していき、最後には栄養失調のバナナみたいになった。


 数学担当の田口先生は厳しい中年の男教師で、職員室でも恐れられていると聞いたことがある。

 伊達などではないキリっとしたメガネをかけ、遅刻や居眠り、私語といった問題行動がないか常に見張っている。


 少し前に松丸先生が田口先生にマジ切れされているのを見てしまった身としては、彼女が凄く可哀想に思えた。


 ――てんちゃんドンマイ。

 心の中でそう言っておこう。


 ちなみに、壮一は毎回のようにマジ切れされ、要注意人物として数学の授業では必ず1番前の席に座らさせられることになっている。

 俺も一度だけ怒られた。たった1回のよそ見で。


「みんなごめんね。私は早急にこの教室を出なくてはならなくなりました。だって、田口先生って怒るとうるさいし、その時鼻毛が出てますよって注意したら――」


「松丸、今言ったことをもう1回繰り返して言ってみろ」


 終わった。


 そうそう、田口先生は気配を消して教室に入ってくるのがとんでもなく上手い。油断大敵とはこのことだ。


 俺たちは松丸先生が涙ぐみながら――いや、半泣きで鬼教師に怒鳴られる様子を20分間見せられることになった。




 いろいろあったが、とりあえず放課後。


 帰りのホームルームが終わると、案の定、担任兼帰宅部顧問の松丸先生に捕まった。

 日菜美ひなみも千冬も一緒だ。


「今日からいよいよ部活開始ね」


「帰るだけですよね?」


「そうだけど、もっと帰宅部らしい活動というか、積極的な活動もした方がいいと思うの」


「積極的な活動が帰ることでは?」


「何もわかってないのね、秋空君は。早坂さん、教えてくれる?」


 松丸先生から説明を頼まれた日菜美は、眠気なんて1ミリも感じないほど清々しい表情で俺を見た。


「帰宅部の活動は帰宅中に寄り道することだよ」


 それは帰宅部じゃなく、寄り道部だと思いますけど。


 涼しげな顔で何を言ってるんだ、この美人。


「帰ってる途中に買い物したり、ご飯を食べたりすれば、もっと帰宅部っぽい活動になると思う」


「帰宅部っぽい活動……帰宅部っぽい活動……」


 二度声に出して呟くも、あんまり効果はなかった。

 余計にわからない。


「それで、帰る場所はどこになるの? 秋空と同棲できるの?」


「呼び捨て……」


「別にいいでしょ。早坂さん、秋空を呼び捨てできるのはあたしだけだからね」


 それは個人の自由だ。

 そのルールを日菜美に強制するのは間違ってる。


「呼び捨てはどうでもいいけど、とりあえず帰宅部という名前に恥じないような活動をしよう」


 俺は部長だ。

 それなりの発言力があるはずだ。


「帰宅部は帰宅する部活。てことは、寄り道をするのは邪道なんだ。だから家に直帰することをこの部のスローガンにするのはどうだろう」


「秋空君、部活は困難を仲間と乗り越えるからこそ青春なの。だからちゃんと寄り道しなさい。これは教師としての指示よ」


 やっぱりパワハラだ。


 教師としては寄り道を推奨しないのが好ましい。

 田口先生に痛め付けられたのが相当だったんだろう。いや、そんなことなくてもあの・・松丸先生だ。


 やること言うことは変わらない。


「じゃあ10分くらい寄り道して帰ります」


「今日はそのくらいで許してあげる。でも徐々に長くして、最終的には3時間を目指しましょう。それと休日のことになるけど、私も参加するから楽しみにしていてちょうだいね」






《次回15話 徒歩での帰宅でハーレムを》

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