04 美女とぶつかるバスの中
平日の朝は5時起き。
これは俺の中でのルールだ。
この時間には姉さんもぐっすり寝ているし、あまり物音を立てなければ1日の中で最も静かで、平和な時間である。
「って、いつの間に隣で……」
昨日は俺の恋愛事情でショックを受けたせいか、姉さんは俺のベッドに上がり込み、アナコンダ並みの力で俺を拘束していた。
寝顔は美しい。
でも、その美貌に似合わない強さが俺を縛る。
どうにかしてこの拘束を解かねば……。
「――ん。むにゃむにゃむにゃ――」
焦った。
起きたかと思った。
5時起きはルーティン化しているので、目覚ましをかける必要はない。すっかり目は冴えている。
姉さんはただ寝言をいっただけで、まだ夢の中だった。
「――ちょっと、秋くん、エッチなんだからぁ――」
夢の中で俺はナニをしてるんだろう。
「――ああ、もう仕方ないなぁ。秋くんだけだからね――」
このブラコンエロ姉にはがっかりだ。
なんとか南米に生息するヘビからの脱出に成功し、リビングに向かうことができた。
そのまま洗面所に向かうと、顔を洗い、肌の保湿をし、パジャマを脱ぐ。
こういった朝の活動をサボるわけにはいかない。
自分の中で決めたルーティンは守る。それが俺の中で最も大切な、この世界の秩序だ。
シャワーを浴びる。
6月の朝は少し寒いが、冷水シャワーはそれこそ地獄だ。でも冬にも同じことをしているので、俺は一切動じることはない。
「あとは連絡の確認か」
スマホの電源は夕方の7時には落とすようにしている。
こうして昨晩の連絡を確認するのは、朝のほんの数分だけだ。
「千冬から……126件の
冷水シャワーを浴びたばかりからか、それとも本能からなのか、ぶるっと身震いする。
付き合っていた時は、しっかり内容に目を通して3件ほどのメッセージで返信していたけど……もう元カノだし、そんな律儀に返信する理由はない。
「未読スルーでいこう」
俺がスマホをめったに触らないことは有名な話だし、未読スルーなら納得してくれるはずだ。
なんだか上機嫌で、朝のプロテイン摂取&読書タイム。
夜は勉強をしているので、こうしてゆっくり読書を楽しめるのは、朝の時間だけだ。ちなみに、朝は動物性たんぱく質を摂取することで、筋肉の分解を防いでいる。
今読んでいるのは、昨日買ったラノベ、『勇者学園の異端児は強者ムーブをかましたい』の4巻だ。
電子書籍で先に読んでいたものを、こうして紙書籍でも買った。面白いという体験をさせてくれた作者にはできるだけ還元する、というのが俺の読書のこだわりだ。
「はぁ、そろそろ平穏な時間も終わりそうだ」
俺がそう呟いた理由は単純。
姉さんが起きた。
俺が通う
歩いていくこともできるが、荷物もそこそこ多いのでバスを利用している。
家のすぐ近くにはバスセンターがあるし、降りるのは清明高校前のバス停なので困ることはない。
「今日秋くんの教室に乗り込んでもいいかな?」
「いや、それはやめて」
と言っても、姉さんはどうせ昼休みには顔を見にやってくる。
毎日断ってるんだけど。
「それはそうと、もし今後、秋くんに彼女ができそうになったら、お姉ちゃんにまず言ってね」
「わかった」
「ほんとに? 昨日お母さんとお父さんに聞いたら、ふたりは秋くんに彼女が
実は姉さんにだけ教えてなかった。
理由は言わなくてもわかるだろう。
ごたごたしているうちに、バスが来た。
通学&通勤で、溢れそうなほどに人が詰まっている。
もう少し本数を増やしてくれたら、とか思っていたら、なんと最近本数が減った。運転手の高齢化&減少が原因らしい。
佐世保という街も、なかなかに大きな問題を抱えている。
「もう、秋くんったら、くっつき過ぎだよ」
「バスがぎゅうぎゅうだから仕方なく、だから」
「言い訳しなくても、お姉ちゃん、ちゃーんとわかってるから。秋くんがお姉ちゃんのことだーい好きだってこと」
ちゃんとわかってないな。
「ていうか、もうそろそろ
「秋くんと一緒にいるだけで勉強になるから、心配しなくていいよ」
俺といるだけで勉強になる。
うん、わけがわからん。
何か言い返そうとしたら、バスが大きく揺れた。ずっと国道を走っていたバスが、高校への曲がり道に差しかかったということだろう。
「――ッ」
「あっ――すみません」
急カーブの弾みで、後ろの乗客にぶつかってしまう。
咄嗟に謝る俺だが――。
「――
「
俺がぶつかってしまったのは、現在隣の席に座る同じクラスの美少女、早坂
胸は推定Eカップで、ウエストが細く、脚は長い。ストレートロングの長い髪は後ろでポニーテールにしてある。
――アニメに出てくるような美少女。
オタクはそう彼女を評するだろう。
そして、なんというか……いろいろと無防備だ。授業ではほとんど寝ているし、逆に起きている休み時間ではひとりで漫画を読んでいる。こんな美少女が堂々と漫画を読むことで、俺のクラスでは漫画ブームが巻き起こったほどだ。
主に男子の間で。
「おはよう」
「お、おはよう」
さらっとした微笑みで挨拶される俺。
倒れそうになったが、なんとか思いとどまり、挨拶を返すに至った。
俺と早坂さんは席が隣。
ゆえに、休み時間にちょこっと話したり、授業での話し合いでコミュニケーションを取ったりしている。
なぜか早坂さん、話し合いになった時だけはしっかり覚醒してるんだよな。
もうすぐテストだね、とか当たり障りのない会話を展開しようか迷っていると、早坂さんが俺からすっと目を逸らした。
どこか寂しそうに、どこか嫌そうに。
あれ、俺嫌われてる?
嫌いなやつにあんな爽やかな挨拶をするだろうか。
よくわからんが、気にするだけ無駄だ。今日の俺はなぜだか気分がいい。肩の関節がよく動く。そんな感じだ。
「秋くん、大丈夫?」
「うん大丈夫」
「何かあったらお姉ちゃんが守ってあげるからね。あ、でも、今では秋くんの方が強いから、いざとなったらお姉ちゃんの騎士になってくれるもんね」
ああ、これか。
この姉のせいか。
このやりとりを後ろで早坂さんに聞かれていると思うと、なんだか死にたくなってきた。
《次回5話 大声で振られたとか叫ばないで》
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