第10話
翌日の朝、僕が教室に入ると明るい顔をした外崎さんが女子を集めて談笑していた。耳を傾けるとどうやら昨日のことを話しているらしい。
「それでね。ゼロがペスを救ってきてくれたの。やっぱりカッコいいわ。ずるい」
そう言って女子たちの関心を集めている。
僕は自分の席に着くと、姫宮さんがやってくる。
「おはよう影野くん。今日はクラス委員だね」
「そうだね。一緒に頑張ろう」
今日の放課後。僕たちはクラス委員の仕事がある。本当を言えば、放課後はすぐにでも帰ってパトロールを強化したいところなのだけど、学校生活の役目を放棄するわけにはいかない。パトロールは父さんたちに任せることにした。僕は姫宮さんを中心に守れればそれでいい。
「それでね、護身術を始めたの。ほら、私よく怪人に襲われるから」
「そうなんだ。確かに身に付けておいて損なことはないかもね」
実際、怪人相手にどこまで護身術が通用するかはわからないが、姫宮さんがやる気になるのは悪いことではない。
だが、怪人の力が増している以上、あまり姫宮さんを怪人に会わせたくはない。
そう考えているうちに予鈴が鳴り、みんな自分の席に着く。
それから放課後を迎えた僕と姫宮さんは二人教室に残り、クラス委員の仕事に従事していた。
僕が書類をチェックしながら姫宮さんに手渡し、姫宮さんがクラス委員の印鑑を押していく。
「そうだ、美緒が言ってたんだけど、ゼロが凄く活躍したって」
「みたいだね」
「やっぱりゼロってかっこいいわよね。私たちをいつも助けてくれて」
「ゼロもみんなが平和でいられることが嬉しいんじゃないかな」
「そうだ。昨日ゼロとご飯に行ったの」
そう言って姫宮さんは思い出し笑いをするように口元に手を当てた。
「ゼロったらフォークを使うのが凄く下手で。子供みたいだったわ」
楽しそうに笑う姫宮さん。余程昨日の出来事が楽しかったのか、嬉しそうに語っている。
「そっか。ゼロにも意外な一面はあるんだね」
「でもそこが推せるというか。可愛いところも推しポイントなのよ」
興奮気味にそう話す姫宮さんはだんだんと熱が入ってくる。
男としてあまり可愛いと言われるのはこそばゆい。
「でもゼロだって男の子でしょ。可愛いって言われても嬉しくないんじゃない」
「わかってないな影野くんは。女子の言う可愛いは好きの上位互換なのよ」
「そうなの?」
「そうなのよ。好きを超越したのが可愛い。それは沼ってる証拠なのよ」
そうか。姫宮さんはゼロに沼ってるんだ。見ていたらわかるけど。正体のわからないものに憧れる気持ちはよくわかる。僕も昔、父さんがヒーローって知らなくて憧れたから。
「あ、でも一番の友達は影野くんかな」
「え、僕?」
「うん。なんか影野くんといると落ち着くっていうか、不思議な感覚になるのよね」
「そんなことを言われたのは初めてだよ」
実際、僕には友達は姫宮さんさいかいないし、僕にそんなことを言ってくれるような友達はひとりもいない。だから素直に嬉しいと思ってしまった。
「僕も、姫宮さんと一緒にいるの好きだよ」
「そ、そう。ありがとう」
姫宮さんは少しだけ頬を染めると俯いた。少し照れくさかったのかな。
「そうだ。影野くん、今日この後、暇?」
「暇だけど」
姫宮さんを中心に守ればいいから、僕の予定は空いている。
「だったら私の家に来ない?」
「姫宮さんの家に?」
「ええ。見せたいものがあるの」
「じゃあお邪魔させてもらおうかな」
まさかまた姫宮さんに家に誘われるとは思わなかった。友達の家にお呼ばれするのは二回目だけどで少し緊張する。だけど、同時に楽しみな僕がいた。
クラス委員の仕事を片付け、職員室に提出すると先生から「ありがとう」と声を掛けられる。やっぱり僕は誰かに感謝されるのが性に合っている。だってこんなにも嬉しい気持ちになるのだから。
「じゃあ行こっか」
そう言って姫宮さんが僕の手を引く。急に手を握られてどきっとしたのは言うまでもない。姫宮さんは鼻歌を歌いながら学校を出た。余程機嫌がいいようだ。そんなに僕を家に呼ぶのが楽しみなのだろうか。
姫宮さんの隣に僕がいることで怪人への抑止力になっている。怪人は近付いてはこない。姫宮さんの家まで安全に辿り着けた。
「さあ、入って」
「お邪魔します」
家には誰もいないようで、姫宮さんについて階段を上がる。姫宮さんの部屋に通されると、クッションを手渡された。
僕はクッションを尻に敷くと、深く体重を預けた。姫宮さんは前と同じようにジュースを入れてきてくれる。
「それで、見せたいものって?」
「うん、ちょっと待ってね」
そう言うと、姫宮さんは本棚を漁り始めた。そしてすぐに目的の物を見つけ、手に取った。
それはアルバムだった。卒業アルバムとかの類ではない。純粋に姫宮さんの思い出が詰まったアルバム。
「そんな大事そうなもの見せてもらってもいいの」
「影野くんには見てもらいたいんだ」
「わかったよ」
僕はアルバムを受け取ると、ゆっくりと開く。
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