作られた正義感〈一〉

 雫ヶ丘霊園にやってきた溯春達は、車から降りてひたすら歩いていた。この霊園は広大なのだ。テーマパークと比べても遜色がないほどの土地があり、そのお陰で各宗教がそれぞれの特色を出しても、お互いに邪魔することなく共存できている。


 そのため、区画が変わるごとに景色はがらりと様変わりした。しかし一人黙々と歩く溯春は見向きもしない。それどころかいつもよりも足早に進んでいく彼に、東雲は「ちょっと待ってくださいよ!」と後ろから声を上げた。


「なんだよ」

「なんで置いてくんスか!」

「お前が遅いからだろ」


 溯春はそう言うと、面倒臭そうに溜息を吐いた。


「つーか今回は場所が分かってるんだ、お前は必要ねェよ」

「っ……それでさっさと終わらせたらその後どうする気です?」


 東雲がじっとりと睨め付ける。それに溯春が嫌そうに眉間に力を入れると、東雲はその柔和な印象を与える垂れ目をキッと吊り上げた。


「言っときますけどねぇ、位置情報取れてるんだからアンタの居場所はおれには筒抜けなんスよ! どれだけ撒こうとしたって無駄! せいぜい一時間が限度っスよ!」

「つまり一時間以上俺を見失えば、お前はそれが明るみに出ないように誰にも報告できないってことか」

「ッ、またそういう!」


 東雲が頭を抱えて天を仰ぐ。しかしすぐに姿勢を元に戻して、「〝パパ〟っていうのを探す気なんスよね?」と低い声で溯春に問いかけた。


「ああ」

「……車の中で言ったこと、冗談のつもりないっスよ。溯春さんがその人のこと殺しちゃいそうだってやつ」


 厳しい表情で東雲が言えば、溯春は「へえ?」と嘲るように口端を上げた。その反応に東雲がぐっと顔を顰める。「だから否定してくださいよ」苦しげな声で言って、溯春を真っ直ぐに見つめた。


「そんな簡単に他人の命奪おうとしないでください。刑務所に入っても今こうして出られてるせいですか? だったらおれは、アンタは外に出しちゃいけないって報告します。そしたら刑務所に逆戻りっスよ。いいんスか?」

「それで脅してるつもりか?」

「……脅せてないんスか?」

「全く」


 東雲は探るように溯春を見つめたが、そこに虚勢は見つけられなかった。「刑務所に戻りたくないとは思わないんスか?」険しい顔で東雲が問う。しかし溯春はやはり全く意に介していない様子で、「自由に動けないのは困るな」と鼻で笑った。


「ッ、アンタは人を殺したことを悪いと思ってないんスか!?」


 あまりの溯春の態度に、東雲の語気が強まる。


「アンタがなんで殺人なんて罪を犯したのかは知りません。でも他人の命を自分勝手に奪ったんです。それなのに全く反省してないんスか!?」

「お前が反省してて欲しいだけだろ」


 そう言って東雲に向き直った溯春の目は冷たかった。いつもよりもずっと温度の低い、凍えるような目だ。


「俺は確かに人を殺した。それを反省しているかって? してねェよ。後悔だって感じてねェ」

「なんで……なんでそこまで人を憎めるんスか……殺すほど憎むだなんて、一体何が……」

「お前、追跡官であることに誇りを持ってるタイプだろ」


 溯春が口角を上げる。馬鹿にするような笑い方だ。実際に馬鹿にされているのだと東雲にも分かったが、そこを指摘する余裕はなかった。それよりも溯春の言った内容の方が気にかかったからだ。


「当たり前じゃないスか。追跡官はゴーストを狩るのに不可欠な役割です。普通の人はゴーストクリーナーなんてやりたがらない。だから時々溯春さんみたいな囚人が使われる。本物の犬じゃなくておれ達人間が追跡官をやるのは、ゴーストを追いかけるのと同時にアンタ達を止めるためでもあります。それだけ責任の重い仕事なんスよ、誇りを持って何が悪いんスか!」

「――じゃァなんで追跡官の訓練所は孤児しか入れないんだ?」


 溯春の言葉に東雲の勢いが静まる。「え……」呆然とした彼の口からこぼれた声は吐息ほど小さく、溯春の耳には届かない。


「追跡官になるためには肉体改造が必須。命を落とす可能性のある危険な手術だ。それを一般から募るんじゃなくて、施設から集めるってのはどういうことなんだ?」

「それは……」


 東雲はしばし目を泳がせたが、すぐに真剣な表情になって「孤児の救済っスよ」と溯春に答え始めた。


「孤児だって自分が誰かに引き取ってもらえそうかどうかくらい分かります。だから訓練所はそういう孤児の行き場になるんです」

「危険な手術で死んでも文句言う奴がいないからじゃなくて?」

「ッ……」


 東雲が声を詰まらせる。答えに窮した彼を冷めた目で見据え、溯春が口を動かし続ける。


「訓練所に入るために命懸けて、運良く生き残った後はハンドラーの盾になって、そのハンドラーが死ねば不安定になって精神を病む……デメリットだらけじゃねェか。怪我で身体中作り物のパーツだらけになっても引退できねェ、たとえ引退してもその後に一般社会に戻ることだって許されてねェ。そんな仕事によく誇りだなんて持てるな」


 それは見下した言い方だった。生の亡者ライフクリンガーの少女に向けた声と同じくらいに軽蔑と嫌悪が滲み出ている。

 そんな声を向けられて、東雲は何も言うことができなかった。確かに憤りは感じるのに、それを言葉にすることを何かが妨げるのだ。


「お前のその妙な正義感だって訓練所で刷り込まれたモンだろ。人間を超える身体能力を得た化け物が、に逆らわないようにな。自分の言葉でもないもの使って人にとやかく言うんじゃねェよ。そんな奴の話なんて聞く価値もない」


 そう冷たく言い放って。

 東雲がその場で動けなくなっているのがはっきりと見て取れるのに、溯春はそれ以上何も言うことなく、彼を置いて歩みを再開した。

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