境界の咎人

新菜いに/丹㑚仁戻(ほぼ読み専)

プロローグ

残骸を狩る者

 居酒屋やバーの並ぶ繁華街、夜も深まり開いている店がまばらになった頃。ひとけのない雑居ビルの間を、素早い動きの何かが通り抜けていった。


 走り去る猫のようにも見えたが、大きさが違う。人間よりも大きな何かだ。それが小道を駆け抜け、ビルの壁を蜘蛛のように飛び跳ねながら登り、時に屋上から別のビルへと大きく跳んで移動していく。

 目的なく移動しているような動きだった。しばらくの間その〝何か〟は移動を続けていって、ある時不意に動きを止めた。六階建てのビルの壁に張り付き、地上を歩く人間をじっと見つめる。


 そして次の瞬間、〝何か〟が跳んだ。鋭い鉤爪を持った前脚を伸ばし、獲物と定めた人間に背後から襲いかかる。


「――捕らえろ」


 その声が聞こえたと同時だった。

 〝何か〟の全身に鎖が巻き付く。耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。自由を奪われたそれはドサリと地面に落ちて、自身が狙っていた獲物を見上げた。


「化け猫か。にしちゃァ随分狩りが下手だな」


 そう呆れたように言ったのは黒髪の男だった。スーツに身を包み、口には煙草を咥えている。男がその煙草を指で挟んだ時、「化け……ぉ?」と〝何か〟の方から声が上がった。


「これ猫っスか? 確かに顔と匂いは猫っスけど、身体が……なんだこれ、馬?」


 〝何か〟の上で金髪の男が首を捻る。同じくスーツ姿の彼の手には鎖があり、その鎖は〝何か〟――化け猫もどきに繋がっていた。


「総称だ。猫の化け物なんてクソ種類が多いモンいちいち覚えられっか」


 黒髪の男が答える。彼が手に持った煙草を地面に落とせば、化け猫もどきが興奮したように鳴き声を上げた。


「あ、ちょっとポイ捨てやめてくださいよ! ゴースト寄ってきちゃうでしょ!」

「後で拾っとけ。こっちはいつまでもこんな臭いモン吸ってたくねェんだよ」

「もー。じゃあ誘引剤なんて使わなきゃいいのに」

「狙わせた方が楽だろ」


 そこまで言うと、黒髪の男は「ちゃんと押さえとけよ」と金髪の男に告げた。「勿論っスよ」その答えを聞くやいなや、黒髪の男が身体の横に右手を伸ばす。


「《キルコマンド実行申請》」


 男が呟いた直後、彼の右手に大きな鎌が現れた。最初は半透明でノイズ混じりだったそれは、男が続けて口を動かすごとに不透明度を増し、はっきりとした形を得ていく。


「――動くなよ」


 どこか愉悦を含んだその言葉と共に、黒髪の男が完全に実体を得た大鎌を振りかぶる。大鎌はブンッと低い音を立てて振り下ろされて、化け猫もどきの首を斬り落とした。

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