第3話「城に召喚されたら、王様からフリーターの誘いだった件」


「勇者様! よくぞ来てくださいました!」


 茜はまたしても謎の儀式によって異世界の城に召喚されていた。今回は、まばゆいほど豪華な玉座の間。絢爛なシャンデリア、赤い絨毯、そして中央に鎮座する豪華な玉座――まさにファンタジーの王城そのものだ。しかも、周りにはガッチリした鎧を着た騎士たちがずらりと並んでいる。


「え、また私? いや、私はそんなに勇者っぽくないんですけど……」


 茜は慌てて手を振って否定しようとしたが、どうやらもう手遅れだった。玉座の前には髭をたくわえた中年の男が立っており、彼がどうやらこの国の王様らしい。


「勇者よ! お前に重大な任務を託す! 我が王国に降りかかった危機を救ってくれ!」


「え、危機って……?」


 茜は玉座に座る王様をじっと見つめる。威厳のある風貌だが、どことなくしわくちゃのスーツを着たサラリーマンにも見える。


「危機とはだな……この国の財政が破綻寸前なのだ!」


「え? 財政?」


 茜はキョトンとした顔で聞き返す。魔王やドラゴンなどの危機ではなく、経済の問題とは、なんとも異世界感に欠ける危機である。


「そうだ、今の我が国の収入では、国を運営するのはもはや不可能! そこで勇者よ、救世主であるお前に頼みがある!」


「はぁ……それで、私に何をしろって?」


「働いてくれ!」


「……え?」


 予想外すぎる頼みに、茜の思考は一瞬停止した。


「我が国の財政を立て直すためには、まずは収入を増やすしかない。そこで勇者として召喚したお前に、我が城のフードコートでバイトをしてもらいたいのだ!」


「……フードコート?」


 茜の頭には巨大なクエスチョンマークが浮かんでいた。異世界での戦いとか、魔法の訓練とか、そんな英雄的なシーンを期待していたのに、まさかのバイト依頼だなんて。


「待ってください! いくらなんでも勇者をフードコートで働かせるって、なんかおかしいですよね?」


「いや、これも重要な使命だ! 国民に美味しい食事を提供することこそ、我が国の経済を支える基盤だ。まずは君に、この国の人気メニュー『ゴブリン丼』の調理を頼む!」


「ゴブリン丼って何……?」


 茜は玉座の間に置かれたメニュー表を恐る恐る手に取った。そこには、「ゴブリン丼」とか「オークカレー」など、明らかに危険な生き物の名前が並んでいる。


「いやいや、これ本当に食べられるんですか? ゴブリンって魔物ですよね?」


「もちろんだとも! わが国の名物料理は魔物を使った高級料理だ。これが売れれば、王国の経済も復活するはず!」


「いや、それどころか私が命の危険にさらされる気がするんですけど!」


 +++++


 結局、茜は王様の命令を断れず、城のフードコートでバイトする羽目になった。厨房には、すでに他のバイト仲間が待機しており、彼らは茜にエプロンを手渡した。


「よう、今日からお前もここで働くのか? 俺はタケシ、よろしくな!」


「は、はい。よろしくお願いします……」


 タケシという筋骨隆々の男が、フライパンを巧みに振りながら笑顔で挨拶してくれたが、茜は全く笑顔になれない。


「ところで、ゴブリン丼ってどうやって作るんですか?」茜は恐る恐る聞いた。


「ああ、それか。簡単だよ。まず、このゴブリン肉を細かく刻んで、油で揚げてから、ご飯に乗せるんだ。」


「え、ゴブリン肉を刻むって……!」


 厨房の隅には、何やら怪しげなゴブリンの肉塊が積まれていた。茜はその姿に目を丸くする。


「いや、これ絶対に食べ物じゃないでしょ!?」


「大丈夫だって、味は最高なんだから! 一度食べたらやみつきになるぞ!」


「そんなこと言われても……」


 +++++


 しばらくすると、フードコートは客でいっぱいになった。王国の国民たちが、次々とカウンターにやってきて「ゴブリン丼」を注文していく。茜も慣れない手つきでゴブリン肉を揚げ、次々と丼に乗せていった。


「これ、本当に大丈夫なのかな……?」


 心配しながらも、茜はなんとか注文をこなしていくが、ふと、カウンターの向こうに王様が立っているのを見つけた。どうやら彼も客としてやってきたらしい。


「勇者よ、我もゴブリン丼を一つ頼む!」


「いや、王様がここで食べるんですか!? というか、王様も普通にバイトしてるじゃないですか!」


「いや、最近は収入が少ないからな。こうして空いた時間にバイトをしているのだ。」


「それ、どうなの……?」


 茜は心の中で呟いたが、結局フードコートでの仕事を終えた彼女は、なんとかバイトを乗り切った。


 +++++


「ふぅ……異世界に来てまでバイトなんて……」


 茜は厨房の隅でため息をつきながら、ポケットから例の玉を取り出した。最強の魔法を期待していたのに、結局フードコートで働かされるなんて、想像以上に異世界は厳しい。


「次こそは、ちゃんとした冒険ができるといいんだけど……」


 +++++


 次回予告:「伝説の聖剣がコンビニで売ってた件」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る