高嶺の花と本の趣味が被った

夜桜紅葉

高嶺の花の鷹祭さん

 いつも一人で本を読んでいた。

家でも学校でも、ずっとそうしてきた。


僕にはどうやら愛想がないらしく、友達がいなかった。


寂しいのを誤魔化すために始めた読書は、いつの間にか僕の生活の全てとなった。


僕は読書するのに最高の環境を作り出すことを常に考えながら日々を過ごしていた。



 それは金曜日の昼休みのことだった。

花より現金、昼飯より読書な僕はおにぎり二つを五分で食べて本を開いた。


しばらく穏やかに活字を眺めていたのだが、異常事態が発生した。


花よりなんちゃらフラペチーノ系女子である鷹祭たかまつりさんが突然話しかけてきたのだ。


踊橋おどりばし君。読書中ごめんね。ちょっといいかな」


学校で誰かに話しかけられるなんて。

しかもそれがなんちゃらフラペチーノ系女子の鷹祭さんだなんて。


鷹祭さんはいわゆる高嶺の花というやつだ。

僕みたいにジメジメしたところをほふく前進で進むような人生ではなく、日の当たる道をスタスタと歩くような生き方をしている人なのである。


僕は内心吐きそうなくらい緊張していたが、そんなことはおくびにも出さない。


ここで狼狽えて妙な態度でも見せたりした日には、おもちゃにされる可能性大だ。

それは快適な読書ライフに多大な支障をきたす。


クールに、そうクールに対応するんだ。


僕は冷静に、ちょっとキメ顔っぽい表情を浮かべながら返事した。


「なにかにゃ」

……。

噛んだ。


「……ふ、ふふ……」

鷹祭さんは必死に笑いを堪えている。

いっそ殺してくれ。


彼女はそれから一分ほど体の内から湧き出る笑い声を全力で抑え込んでいた。

地獄のような時間だった。


「はぁ……はぁ……。ごめん。急に黙って」

「いいよ別に。誰にだって急に黙りたくなる時くらいある」


彼女は呼吸を整えてから言った。

「えーっとね。さっき見てたんだけど、ってかここ何日か踊橋君がお昼を食べるのを観察してたんだけどさ」


ゾッとした。


「え、一体なんの目的で……。行儀でも悪かった?」

「いや、そういうことじゃなくてね。量が少なくない? いつもちっちゃいおにぎり二つ頬張って終わりじゃん」


「別にご飯なんて食べなくても死なないからね」

「死ぬよ!」


「死んだことないもん」

「それは死なない程度には食べてるからでしょ」


「じゃあ良くない?」

「良くない」

彼女は首をブンブン振って否定した。


「どうして?」

「授業中、信じられないくらい絶え間なくお腹鳴ってるじゃん。雷かって思うくらいグーグーゴロゴロ鳴ってるよ」

「へぇー。知らなかった。申し訳ない」


「なんじゃそりゃ。いやね? もしかしたら家庭の事情的なことでご飯が少ないのかもしれないからってみんな遠慮して言わないけどさ、私はそういうことじゃない気がするんだよね。多分踊橋君は食べるのが面倒臭いだけ。違う?」


「まぁ大体そんなことだね。食べるのが面倒ってのは確かにある。食べるよりも本を読みたいっていう理由もあるけど」


「やっぱりねぇ……。お願いだからちゃんと食べてよ」


「どうして?」

「みんな気になってるからだよ!」

「お腹鳴ってるくらいで?」


「だってほんとに延々と鳴ってるんだもん。マジでお腹の中どうなってるの? 台風でも飼ってる?」


「そんなわけないじゃん。意味分かんない。何言ってるの? 大丈夫?」


「そこまで言わなくても……。まぁいいや。ちゃんと注意したからね。明日からはしっかり食べて。分かった?」

「えぇ……」

「分かった?」


圧を掛けられた。

顔をずいっと寄せてくる。

情けないことに断る勇気が出なかった。


「分かりました……」

「よし。それじゃあ、ここからは個人的に気になってることなんだけど」

「え、まだあるの?」

僕は手元の本に視線をやった。

いい加減読書を再開したいんだけど……。


「そんな嫌そうな顔しなくてもすぐ終わるよ。いつも何読んでるのかなって、それだけ。今手に持ってるそれは?」

「言っても分かんないと思うよ」


「なんで素直に答えてくれないの。私も結構本読むタイプだから意外と知ってるかもよ? あ、もしかして人に言うのが恥ずかしいような内容だったりする?」

彼女は悪戯っぽく口角を上げた。


「別に」

「何を読んでいた。言え。言わぬと、これだぞよ」

「羅生門の下人のモノマネしてる?」


「よく分かったねぇ。いや、そんなことより勿体ぶらなくていいから教えてよ」


あまりにもしつこいので答えることにした。

「知らないかもしれないけど、シャーロックホームズってやつ」


「うぉい! バカにしてんのかぁ!? ホームズくらい知っとるわ!」

「え、マジか。意外」


「君が私のことをアホだと思ってるってことがよく分かったよ……。んーっとねぇ、ホームズシリーズだったら、アイリーンが好きかな」

「あの女か」

「よぅ分かっとるやんけぇ」

彼女はニコニコしながら拳を差し出してきた。


僕はそこに軽く自分の拳を当てた。

今まで遠い世界の人だと思っていたが、意外と気が合うかもしれない。

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