番外編 穴場で海水浴
「考えてみると、ここって島だった」
「なに当たり前のこと言ってんのよ」
「や、周りは全部海だったな、って」
海水浴かプールに行こう、と約束した万桜たちだったが。
具体的にどこで泳ぐかとなると若干話が難航した。
夏休みである。
泳げる場所はだいたいどこも混んでいる。
どこかに比較的空いているビーチはないか……といったところで、ものすごく身近な場所にそれがあった。
他でもない、心奏学院のあるこの島である。
学院の敷地が「島の真ん中」にあるのでちょっと歩くものの、島には住民以外ほぼ利用しない穴場のビーチがある。
まだ本土で家族水入らずをしているミアは「こっちで遊ぼうよー」とゴネたが、美夜が「何度も移動するの面倒じゃない」と反対。
結局、ミアには一時的に戻ってきてもらって海に出かけることになった。
「水着買って良かったねー、万桜ちゃん」
「ご機嫌だね、ミア」
「だって泳ぐの楽しいもん。いい感じに暑いし」
確かに、島なので湿度が高めなうえ、当然のように晴れていて日差しが強い。
このためにわざわざ戻ってきたミアも笑顔になるというものだ。
「わたしはちょっと恥ずかしいんだけど」
「良いではありませんか、お姉様。これも避暑の一環です」
などと言いながら到着すると、目の前に海と砂浜が広がって──。
「めっちゃうちの生徒がいるわね……?」
当然のように、島の住民がこぞって海水浴を楽しんでいた。
いや、本土で泳ぐよりはだいぶマシなのだが。
大半が心奏の生徒というのがなんというかこう、みんな考えることは同じなんだな、という感じである。
「でもここ、冬なんかは特訓に使えそう」
人気のない冬の海を想像して呟くと、美夜が「たぶん似たような生徒はけっこういるわよ」と苦笑した。
「姉さんも昔、ここで練習しようとするたびに誰かに会ったって言ってたから」
「みんな考えることは同じか」
海水浴場と言うほど整備されてはいないので、ここにはちゃんとした更衣室がない。
なので、万桜たちはあらかじめ水着を着こんできた。
「……下が水着でも、人前で脱ぐのって恥ずかしくない?」
適当なスペースに荷物置き場代わりのシートを敷きつつ呟けば、
「そんなの、恥ずかしがってるから恥ずかしいのよ」
「哲学問答?」
「じゃなくて。水着になるだけなんだから気にするだけ無駄ってこと」
言って美夜はさっさと服を脱ぎ始めた。
女の子が無遠慮に服をめくり上げて、その下からブラやショーツ状の着衣が現れるわけで──万桜は「やっぱりエロくね?」と心の中で思った。
そもそも下着はNGで水着はOKとはどういう基準なのか。
水着でも例えば、寮の食堂をうろつくなら恥ずかしいだろうし、結局はTPOの問題か。
考え込むと脱げなくなりそうなので思い切って脱ぐことにする。
男だった頃なら別にこんなの恥ずかしくもなんともなかったわけだし。
「こうして見ても、美夜さんはスタイルが良いですね」
「ありがと。これでも努力してるから、そう言ってもらえると嬉しいわ」
買い物に行った時についでに買った水着に四人揃って身を包んだ。
買った時にも見せ合ったわけだが、こうして海で披露されるとまた実感も違ってくる。
美夜は黒ベースのツーピースタイプ、パレオ付きだ。
飾り気の少ないシンプルなデザインが均整の取れたボディラインに映える。
万桜も「うん、格好いい」と心から同意した。
引き算の構成とシックなブラックが男の子心をくすぐってくれる。
「ミアのは可愛いね。よく似合ってる」
「ほんと? えへへー、良かった」
赤とピンクの中間のような色合いのツーピース。
露骨に子供っぽいデザインではないものの、さりげない可愛らしさがあってミアの雰囲気に合っている。
配色が彼女の髪色に近いのもあってまるで誂えたようだ。
「万桜ちゃんたちもすっごく似合ってるよ。可愛い!」
「……う、うん。ありがと?」
あらためて言われると恥ずかしいのだが。
万桜と奏音は胸のサイズ的に選べる水着もだいぶ限られた。
悩んだ結果、同じデザインの色違いを買うことに。
やはりツーピースで、万桜が白ベース、奏音が黒ベース。
(男子時代よりは露出が少ないとはいえ)やはり恥ずかしさはあるものの、ホールド力が強めで動きやすい。
あらためて白い素肌+可愛い水着を見下ろしていると、奏音が隣でくすりと笑って、
「せっかく買ったのですから、元を取らなければいけませんね」
「うん」
荷物置き場には念のため特殊なセンサーを置いておく。
人の接近を感知するとデバイスに通知してくれるものだ。
心奏の生徒が多く、地元住民以外立ち入らないこの場所で盗みもないだろうが。
「よし。じゃ、万桜。どっちが遠くまで泳げるか競争しましょ?」
裸足でビーチに一歩踏み出せば、すかさず手を取られた。
勝負と来たか。
こういう無邪気な挑戦ならいくらでも受けて立つが、
「いいけど、張り切りすぎて事故らないようにね?」
「む。そこはちゃんと気を付けるわよ」
「では、わたくしが砂浜から見ていましょう」
「ミアは浅いところで遊んでるねー」
泳ぎ勝負の結果は──残念ながら美夜の勝利に終わった。
全身から水を滴らせながら海から上がった少女は笑顔と共に「手加減しなかったでしょうね?」と言ってくる。
「そんなことしてない。海だと勝手が違っただけ」
「ああ。あんたの場合は特にそうよね」
視線が胸に向かっているのに気づきつつ「そうかも」と応じた。
本当は「入院前はこんなに大きくなかったから」じゃなくて「そもそも骨格から変わったから」なのだが。
身体が覚えている感覚と実際の動きにズレがある、という意味では同じこと。
学院内のプールではあんまりちゃんと泳げなかったし、陸上での動きは特訓で矯正した。
「今のうちにしっかりコツをつかんでおきたいかも」
「いいわよ。じゃ、もうひと泳ぎしましょうか」
ときどき奏音と交代したり、ミアと水を掛け合ったりしつつ、思いっきり冷たい水を堪能して。
「そろそろお昼かなー?」
「そうですね。いったん休憩しましょうか」
万桜たちがシートに戻ると、それを見計らったように近づいてくる人がいて、
「こんにちは、デリバリーに参りました。松陰様でよろしいですか?」
「ありがとうございます」
あらかじめ島内の店にデリバリーサービスを頼んでおいたのだ。
焼きそばに焼きラーメン、焼きとうもろこし、焼きおにぎり。
カレーにたこ焼き、じゃがバター。
「おお、海の家っぽい」
「若干縁日が混じってない、これ?」
「あ、お祭りもいいよね、ミア行きたい!」
「どんどん予定が増えそうですね……?」
デリバリーの都合でラーメンは汁ありタイプにはできなかったが。
たっぷりと海っぽいフードを堪能して満足である。
「わたし、ちゃんと海で遊ぶのってすごく久しぶりかも」
ちらりと視線を向ければ、奏音もこくりと頷いて。
「わたしくもです。なかなかそんな暇がありませんでしたからね」
「まあ、ちっちゃい頃ならともかく、あんまり海なんか来ないわよね。暑いし、日焼けするし」
「えー。ミアは毎年泳ぎに来るよ?」
「うん。これくらい近ければまた来てもいいかも」
なんなら運動がてらあと何度か今年中に来てもいいくらいだ。
と。
「あら? あんた、どうしたの?」
「ひっ」
気づくと近くに一人の男の子が立っていた。
小学三年生くらいだろうか?
美夜に声をかけられるとびくっとして涙目になる。
「美夜。いつもの調子で声をかけたら怖がられる」
「あたしそんなに感じ悪い……!?」
ええと、こういうときはどうすればいいんだったか。
男同士なら「どうした?」とか適当に聞けば良さそうだが……今は一応女なわけだし、しゃがんで目線を合わせつつ優しく「どうしたの?」と尋ねてみる。
「お母さん、いなくなっちゃった」
いやお前がはぐれたんだろ。
……というツッコミは堪えつつ「そっか」と頷いて。
「じゃあ、一緒に探してあげようか」
言うと、彼は感極まったのか無言で万桜に抱きついてきた。
胸が押しつぶされる感触に「こいつ役得だな?」と無駄なことを思いつつ、
「どうするの、万桜ちゃん?」
「ん、まあ、歌えば見つかるかなって」
「なるほど、確かにそうですね」
心奏の生徒が多いとはいえ、歌声を響かせればさすがに目立つ。
彼の母親はほどなく見つかって、
「……ありがとう、お姉ちゃん」
と、件の少年は頬を真っ赤に染めながらそうお礼を言ってくれたのだった。
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