開演
「こんなところに連れ出しちゃってごめんね。あ、これ良かったらどうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」
ある日の昼休み、1-Bの担任──
万桜のデバイスへの直接連絡。
校内放送とかじゃなくて良かったと心から思う。あと、賄賂として(?)シュークリームをもらったので若干得したかもしれない。
購買でパンとおにぎりを買うのもあまりない機会だと、紙パックの牛乳にストローをさし、メンチカツドッグの包装を開ける。
呼び出されたのは万桜だけだったので奏音とは珍しく別行動だ。
「でも、どうしたんですか?」
尋ねると、向日葵は「あー、うん」と言葉を濁して。
「最近どうかなって思って」
そんな世間話の苦手な人みたいな。
思いが伝わったのか、苦笑が返ってきて、
「万桜ちゃんたちが頑張ってるのは把握してるんだけどね。定期的にコミュニケーションを取っておきたいっていうか、周りから『メンタルケアが必要』って見られてるというか」
「……わたし、そんなに問題児ですか?」
向日葵とは月曜日の必修科目で顔を合わせている。
一日の間に一度は声をかけられて二、三、やり取りをしているのでそこまでコミュニケーション不足という気はしないのだが。
「違うよ。経験的に、クラス落ちた子は気にすることが多いってだけ」
「ああ」
「あと、教え子が落ちちゃった担任もけっこう落ち込むんだよ」
「……あー」
担任は受け持ちの生徒に親身になるのが仕事みたいなもの。どうしても感情移入してしまうんだろう。
「真昼先生はあれからどうですか?」
「あんまり良くないかな。万桜ちゃんのほうはまあ、あんまり心配してないって言うか、万桜ちゃん本人は良い子だからいいんだけど」
「美夜ですよね」
「そういうこと。あの子、徹底的に頑なになっちゃってるみたいで」
今はまだ、どう話していいのかわからないんだろう。
いいから少しは仲直りしろよとも思うのだが。
「……わたしにも責任があるかもしれません」
「というと?」
「真昼先生と話をするように言ったんですけど、話の流れでライブ勝負することになって」
いろいろ端折りすぎではあるが、向日葵はだいたいの事情を察してくれた。
「なるほどね。……まあ、兄弟仲って難しいのはわかるんだけど」
「わたしもいろいろあったので、気持ちは少しわかります」
「万桜ちゃんは本当、落ち着いてるね」
「そういうわけでもないんですけど」
なんとなく、向日葵とは話しやすい。
教員は基本、万桜の事情をある程度知っているからだろう。
あまり肩肘張らずに話ができる。
女同士である前に大人と子供だという意識があるのであまり緊張しないし。
「四条先生は、真昼先生と仲がいいんですか?」
「同期だからね。その中でも、あの子とはけっこう親しいつもり」
なら、昔の真昼について詳しいのか。
事故当時のこと。全盛期のこと。いろいろと聞きたいことは思い浮かんだものの、その中で話題に選んだのは、
「先生の心奏在学中ってどんな感じだったんですか?」
「難しいことを聞くなあ」
向日葵はしばらく考えるようにしてから、こう答えた。
「天才。……それか、アイドル映画の主人公。きらきらしてて、みんながそれに憧れる。そんな子だったよ」
だとしたら、やっぱり万桜にとっては憧れで、目標だ。
きっと、美夜にとっても。
◇ ◇ ◇
入学記念ライブの一週間前には参加申し込みが締め切られ、数時間後には参加ユニットの一覧が発表になった。
その中には当然、万桜たちの名前もある。
複数ある会場のうちどこに配置されるかはランダム。
人間には身体が一つしかない以上、注目されるには運も絡むが──幸運なことに、万桜たちは美夜たちと同じ会場になった。
しかも連番、美夜たち→万桜たちの順だ。
「一年生が連続で出るパターンって少ないよな?」
「三年生だけ見て帰る、といった方を減らすためにまんべんなく配置されますからね。……わたくしたちの対決を、学院側も承知しているのでしょう」
むしろ煽るように続けて配置してきた。
その日の夕食時、美夜たちとは当然、その話題になって。
「絶好の条件だよね。恨みっこなしでやろう、万桜ちゃん、奏音ちゃん」
「うん、もちろん」
ミアは相変わらず屈託がない。
さっぱりとした態度はスポーツマンシップに則っていると言っていいだろう。
一方の美夜は今から気合いを入れまくっていて、
「……まさか、あんたたちが『そんな手』で来るとは思わなかったわ」
「うん、面白いでしょ?」
若干、棘がある気がする物言いに万桜は気にせず答えた。
選曲や衣装デザインの工夫は合法的な勝負手段。
マナーを守ったうえでバチバチやるのは少年マンガの十八番だ。
「悪いけど、勝つよ」
すると美夜はふん、と笑って、
「言ってなさい。結局、物を言うのは完成度なんだから」
勝負の結果はライブの翌日──深夜、日付が変わるまでの数十時間での注目度。
会場に来ていたお客さんの反応を重視しつつも、後から動画見た人々のインプレッションもリアルタイムで加算される。
パフォーマンスから一日以上経って数値が落ち着いてきた時の結果が、泣いても笑っても勝利の行方を左右する。
万桜たちも今まで以上に練習に力を入れたし、美夜たちが必死に練習する姿もよく見かけた。
もちろん、頑張っているのは他の生徒たちも同じ。
ライブの結果は次の成績にも加味されるので、上を目指すのなら頑張らないわけにはいかない。
◇ ◇ ◇
「俺にとって初めてのライブ、か」
前夜、しみじみと呟けば──隣に寝ている奏音が「不安ですか?」と尋ねてくる。
ちなみに隣とは文字通り、同じベッド内である。
正式に添い寝を許可してからは頻繁に潜り込んでくる。いいけど。年頃の女の子なのをもう少し考えて欲しい。
「そりゃ不安だよ。興奮してるの、わかるだろ?」
小学校の学芸会でろくな役をやったことのない万桜である。
大勢に注目されると思っただけでも緊張がすごい。
今から胸がどきどきしているのが奏音には丸わかりなはずだ。
すると、奏音は何度か瞬きを繰り返してから、漆黒の瞳をじっと向けてきた。
「大丈夫ですよ、お姉様なら」
「お前はいつもそういうこと言うよな」
「本心ですから。……むしろ、お姉様の足を引っ張ってしまわないか、わたくしのほうが心配なくらいです」
またまた、この妹はなにを言い出すか。
「それはこっちの台詞だっての」
横向きに向き合ったまま側頭部に手を乗せると、妹は「ですが」と抗おうとする。
「お前以上に俺と合わせられる奴なんていない。……それに、お前が失敗するならそれはどうしようもなかった。それくらいの難易度だったってことだ」
「……お姉様こそ、わたくしを超人かなにかと勘違いしていませんか?」
「奏音は俺の自慢の妹だよ。昔からな」
自慢であり、憧れであり、どうしようもないほどの嫉妬を向ける対象でもある。
『真央は男の子だものね』
なにをやっても自分よりできる双子の妹。
呪いのように投げかけられる母の言葉。
最愛の家族であると同時に、どうやっても無視できない競争相手が、万桜にとっての
彼女と同じ土俵で戦えることが嬉しくもあるし、恐ろしくもある。
それでも、足を止める気も逃げるつもりもない。
「ぶっちゃけ、美夜には『勝つ』って言ったけど──前にも言った通り、勝たなくてもいいんだよ、俺は」
「お姉様」
必勝を期す。
しかし、それは、結果的に勝てなかったからと言って荒れたり、結果を疑問視したりすることには繋がらない。
仮に奏音がなにかミスをしても万桜は妹を責めたりしない。
……自分がやらかしたらそれはもちろん落ち込むが。
「楽しもうぜ。せっかく、ちゃんとした会場でライブできるんだ」
「ええ、そうですね」
奏音にとっても、昔一緒に見たライブは特別だったはずだ。
初めて見た生のライブ。
あのステージには遠く及ばなくとも、夢に向かって新たな一歩を。
◇ ◇ ◇
ライブ会場となる敷地内の各地には、昨日一日で万全の設備が整えられていた。
例によって歌姫科の三年生と教師、学院スタッフが中心となっての作業。
男数人がかりで運ぶ機材をひょいっと持ち上げるのは当然、なんなら浮かせて運ぶこともできてしまうおかげで設営はとてもスムーズだった。
万桜たちが使う野外ステージにもしっかりした広い舞台と豪華な音響設備が整っている。
今回、開会式は中継によって各会場に声と映像を届ける形。
式を控えて生徒一同、早くも増えてきたお客さんを眺めつつ待つ。
と。
「あの。……今日は、頑張ってください」
並んで立つ万桜と奏音のところへ、一人の男子生徒が近寄ってきた。
「あ、わたしたちの衣装を担当してくれた」
「はい。担当した皆さんのところへ挨拶を」
服飾部では数少ない男の子。
先輩方のサポートはあったが、メインで担当したのは彼だったらしい。
受け渡し時にも軽く挨拶をした。
律儀で真面目、万桜としても好感が持てる。
「ありがとう。この衣装を無駄にしないように頑張る」
微笑んで答えると、少年は恥ずかしそうに頬を染めながら「はい」と頷いた。
彼を見送ると、今度は真昼に声をかけられた。
「万桜ちゃん、奏音ちゃん」
「真昼先生。……もしかして、全員に声をかけて回っているのですか?」
「一応ね。私にできるのはこのくらいだから」
苦笑しつつ、ある方向へと視線を向ける彼女。
そこにはなにやらミアに宥められている美夜の姿。
「美夜とは……」
「話したくないって言われちゃった。……話ならライブが終わってから、って」
「そう、ですか」
しかし、話す気になったのならまだマシだ。
後は彼女がすっきり終われるように万桜たちも力を尽くすだけ。
「あのね、万桜ちゃん」
あまり時間がないからか、真昼はすぐに本題に入って。
「私、こういうのは得意じゃないから、思った通りに言うんだけど。……思い切りやってきて。私は、万桜ちゃんならできるって思ってる」
「っ」
憧れの女性にそんなふうに言ってもらえるなんて、自分はなんて幸せ者なんだろう。
感動に泣きそうになっていると、奏音がふくれっ面で脇を小突いてきた。
「ありがとうございます。……わたしなりに精一杯、楽しんできます」
開会の言葉に、恒例のパフォーマンス。
今回はライブ自体がメインなので余興は最小限だ。
『それでは、入学記念ライブ──スタートです!!』
割れんばかりの拍手と熱狂的な歓声があちこちから上がり、敷地内は一気にライブムードを高めていった。
◇ ◇ ◇
複数同時進行で行われる学内ライブ。
ゲストとしてOGも来ており、その規模はライブイベントしては最大級と言っていい。
ぶっちゃけ、時間が許すなら他の会場も見て回りたいくらいである。
しかし、出歩いて出番に遅れたら最悪である。
ここは大人しく自分たちの会場のライブを観戦することになった。
お客さんたちもどの会場を見るかは悩ましいところだろう。
他の会場の様子も後で動画で見られるとはいえ、生の迫力はやっぱり違う。
「蛍先輩やみんなも、頑張ってるんだろうな」
「ええ。美夜さんたちにだけでなく、他のみなさんにも、簡単には勝てませんね」
三年生、二年生、一年生の入り交じるこのライブイベントは、各学年の色、そして習熟度を肌で感じられるまたとない機会でもある。
たった一年、二年の差。
体育祭において美夜は「勝つために挑戦する」と言っていたが──あらためて、それが難題であったことを思い知らされる。
三年生は自由に空を舞い、光を放ち、人間離れしたダンスパフォーマンスを当たり前のように披露してくる。
Cクラスだという蛍でさえ体感時間の加速を万桜よりずっと上手く、長くやってのけるのだから、それも当然。
二年生もパフォーマンスの習熟度が万桜たちとはぜんぜん違う。
完成度の高いところに各々、得意な能力を上乗せしてくる。
去年経験しているせいか衣装のデザインにも工夫が感じられた。
「すごい」
高揚が、自然と声を震わせる。
「あのステージに、わたしたちも」
「……ええ。武者震いしてしまいますね」
手の甲同士が触れ合うと、奏音が実際、震えているのがわかった。
万桜は妹の手を取ってぎゅっと握る。
奏音は少しだけびっくりした顔をした後、手をそっと握り返してきた。
これからのためにも、一秒たりとも見逃せない。
興奮しっぱなしでは身が持たないと理解しつつも、万桜たちはそれぞれのライブを見届けて。
「じゃ、行ってくるわ」
とうとう、美夜たちの番が来た。
それが終われば万桜たちの番。
「頑張って」
それだけを伝えると、美夜は「誰に言ってるのよ」と答えて去っていく。
追いかけたミアが万桜たちに軽く手を振って──。
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