番外編 採点の裏側(後編)
「では、一年生の一学期中間考査について最終決定会議を行います」
一年生の担任五名、学年主任、科目担当の中から選出された三名の計九名。
リゾートホテルのカフェラウンジのような落ち着いたスペースにて、平均年齢三十代前半の女性たちが思い思いにソファに腰掛け飲み物を前にした。
もちろん、仮想空間内なのでカロリーも糖分も摂取されないし、ゆったりしている気分の裏で身体は絶賛、高度な能力を使用中だが。
向日葵は特に迷うことなく真昼の隣に陣取った。
親友も、学院での会議こそ初心者ではあるものの、この手の空間には慣れているため特に戸惑った様子はない。
……というか、迷わずピンク色の液体を生成したあたりだいぶ肝が据わっている。
その液体絶対ジュースじゃなくてシャンパンでしょ、まあ、仮想空間だから「美味しいノンアル」でしかないけど。
いきなり酒を飲みだした1-A担任に学年主任も特になにも言わなかった。
というか彼女が生成したのも色のついていない透き通った液体。
一見水のようでいて、たぶんあれは日本酒だ。
さて。
会議はまず、試験が行われた順番に一科目ずつ結果を確認、異議や確認事項があれば都度相談していく形で進行。
基本的には淡々と、大した話し合いもなくスムーズに決定していく。
というのも、座学はもちろん大部分の運動科目なども歴然と「数字という形での結果」が出るので疑問を挟む余地がないからだ。
マラソンならタイム、座学なら筆記試験の点数。
たまに個別の設問について「これは適切な問題であったか」という話が出るくらいで、それも担当者の説明で解決。
人によって採点が変わりやすいのは『歌姫』の一側面──アイドル的な要素に関する科目だ。
歌やダンス、発声能力等々。
それがソロとユニットについてそれぞれある。
これらはまず、九人がそれぞれ個人でつけた点数をリスト化。
ここに全員の採点の平均からなる十個目の点数を加え、横並びにして確認。
これを元に意見を出し、必要であれば修正を加えて最終結果にする。
こちらは一転、活発な意見が交わされる。
人によって重視する点が異なるからだ。
例えば歌唱なら、なによりも声の大きさや堂々とした態度を重く見る教師もいれば、技術的な上手さ、感情の込め方、個人的なアレンジ、選曲のセンスなどが見られたりもする。
「『歌姫』である以上、なによりも安定して歌い続けられる肺活量や声量が大事では?」
「能力を使うのに声の大きさは関係ありません。純粋に歌の能力を見るのであれば技術優先では」
「歌は人に聞かせるためのものです。人の心を打つ歌こそが一番評価されるべきかと」
どれも間違ってはいないから余計に面倒くさい。
なので、基本的にはあまりにも評価が独特でなければそれぞれ尊重され、ほぼ平均値に近い評価がそのまま採用される。
じゃあ大激論交わしたのはなんだったんだという話もあるが、それはそれ。
ちなみに向日葵は「楽しそうに歌っているか」が最大の評価ポイントである。
「高峰先生はなにを最も重視するべきだと思いますか?」
真昼は一番の新人だが、学院生時代の成績や『歌姫』としての活動実績から高い評価を受けている。
新人にして1-Aを任されたのには「若いので生徒たちの気持ちがわかる」という理由や、担任が便利な雑用係であることもあるが、彼女に対する信頼や尊敬の現れでもあるのだ。
水を向けられた真昼は「そうですね……」とワンクッションを置いたうえでこう答えた。
「なにかひとつを重視すると差別になりかねません。私は歌の完成度を評価するべきだと思います」
優等生の意見。
それだけに少し冷たくも思える回答だった。
しかし、高峰真昼はこういう人物だ。
学生時代の彼女は、他人の出来不出来を断じることが苦手。
それでいて自分に関しては完璧主義で、納得のいかないところがあれば何時間でも練習するような子だった。
反面、教師の採点には異議を唱えない。
足りないところがあるなら努力して補えばいいだけだと、とにかく前を向き続けていた。
それでいて笑顔を絶やさず、みんなから好かれていて──。
そんな彼女だから、公正を求められる教師の立場になった今は淡々としすぎるくらいに公平を重視する。
まあ、あくまで試験の話であって、平常時の生徒からの相談にはばんばん応じているあたりお人好しでもあるが。
この真昼の意見は他の教師からも一定の理解を得、参考として採用された。
その結果、技術的にまだまだ未熟な万桜の評価はやや低下したのだが──。
ちらりと窺った親友の表情に迷いの色はまるでなかった。
そうして、最終的な順位付けが決定。
万桜の順位は、
『28位』
やっぱり向日葵のクラスになった。
納得というか予想通りの結果に向日葵が頷いていると、ここで真昼が口を開いて、
「小鳥遊さんの順位ですが、少し高すぎるのではないでしょうか?」
「そっち!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
向日葵は周囲からの視線にわざとらしく咳払い。
「……えっと、高峰先生。この順位は妥当だと思います。
小鳥遊さんのエナジー量は卒業生のトップクラスに相当します。これを評価しないわけにはいかないでしょう?」
「それはそうですが、エナジー量の評価は将来性に対するものです。大きく評価しすぎるのは良くないんじゃないかと」
ああ、本当に、変なところで不器用な子だ。
小鳥遊万桜を贔屓しない。
彼女はそれをなによりも重視している。他でもない万桜のためにも、真昼だけは公正な評価をしないといけない。
……そう思い詰めすぎて逆に厳しくなりすぎているのだ。
学年主任もこれには難しい顔をして、
「確かに、今回の──いえ、今年度の新入生の中で、最も意見が割れやすいのは小鳥遊万桜さんでしょう」
「では」
先を追求する真昼に、しかし学年主任は静かに答えた。
「ですが、ここは四条先生の言う通りです。
エナジー量の項目は将来性への期待であると同時に、現時点で行使可能な能力規模に対する評価。
現に、すでに彼女は体感時間の操作に手をつけているそうではありませんか」
「……それは、そうですが」
学年主任の意見に他の教師も同調。
誰よりも万桜を心配しているはずの真昼が彼女に厳しくしようとし、贔屓を警戒しているはずの周囲が擁護するという謎の結果に。
結局、万桜の順位はそのまま据え置きとなって──。
「……私、先生向いてないのかも」
会議が終わるなりぐでっとし始めた親友に、向日葵は「紅茶、お代わりいる?」と声をかけた。
他の担任たちもそれに同調、真昼はお菓子やマッサージの応酬を受け、目を白黒させることになったのだった。
……さて。
「小鳥遊万桜ちゃん、かあ」
次の二ヶ月は自分の受け持ち、向日葵が彼女と接する機会も増えそうである。
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