説得と発覚
姉さん。
その発言に万桜も、真昼も、その場にいた他の面々も一瞬固まった。
美夜はそこでようやく発言の意味に気づいたのか、
「……あ、あたし」
なにかを訴えようと開いた口からは意味のある内容は出ず。
「っ」
「待っ──」
唇を噛んだ少女は、真昼を強引に押しのけるようにしてクラスルームを飛び出した。
真昼は、遠ざかる背中に手を伸ばして──なにかを我慢するようにうつむく。
代わりに少女の後を追ったのは、黒髪の美少女──奏音だった。
「わたしも……っ」
思った万桜だったが、たくさんの荷物を抱えたまま。これでは後を追いかけられない。
息を吐いて、真昼のほうを振り返る。
「先生」
「……万桜ちゃん。ごめんなさい、私、自分のことばかりで」
「そんなことない。先生は悪くありません」
「っ」
なにかを言おうとした真昼は一瞬迷うようにしたあと口を噤んだ。
その歯切れの悪さが美夜のそれとかぶる。
「……あの、美夜が言ってたことは」
「……うん。あの子──美夜と私は姉妹なの。あの子が小さい時に両親が離婚して以来、あんまり会えていなかったけど」
「そう、だったんですね」
言われてみればいろいろと腑に落ちることがある。
プラチナブロンドの「真昼」とブロンドの「美夜」。明暗のバランスを取るかのようなネーミング。
美夜の、担任に対して一歩引いたような態度。
『
トップを狙えるほどの『歌姫』を姉に持ち、彼女への強いあこがれを原動力にしていたのなら、納得がいく。
にもかかわらず美夜が「あんなこと」を言ったのは──きっと、彼女たちにもいろいろあったのだろう。
万桜と奏音だって喧嘩のひとつやふたつ、みっつやよっつはしてきた。
「話は、美夜にしてあげてください。わたしにとっての先生は憧れの人で、頼りになる先生ですから」
「……うん。そうね、万桜ちゃんの言う通りかもしれない」
万桜は、クラスメートたちに挨拶をしてから教室を出て、1-Bの教室を尋ねた。
◇ ◇ ◇
順位確定と同時に1-Bへの入室権限も付与されている。
逆に1-Aに入る権限は期限つきに変更され、数日後には使えなくなる。
──間に2-Aと3-Aをはさむせいで、意外と離れて感じられるが。
万桜の入室を察知した1-Bの生徒たちも「あっ……」とどこか遠慮するような態度だった。
とはいえ別によそよそしくする必要もない。
同じ一年生だし、寮では何度も顔を合わせている。
「今日からよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げて挨拶すると、みんなほっとしたように表情を和らげてくれた。
「よろしくね、万桜ちゃんっ」
特に笑顔で迎え入れてくれたのは一人の小柄な少女だ。
ある意味、美夜や万桜以上に目立つ明るい赤色の髪。似たような色の瞳はきらきらしていて愛嬌がある。
彼女とももちろん顔見知り。
美夜の寮室をぬいぐるみで埋めているルームメイト。
本人からは友達と認められていないものの、あの美夜と同室で上手くやっているのだからかなりのつわものである。
万桜は「よろしく」とあらためて答えてから、そうだと思いついた。
「ね、二人の部屋に入る許可、もらえないかな?」
「いいけど、夜這い?」
「ちがう。断じてちがう」
とりあえず許可はもらえた。
◇ ◇ ◇
『今校舎を出た。そっちは?』
短いメッセージを送信すると、奏音からはすぐにレスポンスがあった。
奏音の寮室を示す座標と簡易地図。
さっきのお願いが役立ちそうだと思いつつ「今から行く」とさらに送信。
「奏音」
双子の妹は困り顔で部屋の前に立っていた。
「安心のセキュリティも、こういった際は天の岩戸ですね」
「時間が解決してくれるのかもしれないけど、強引に行く?」
「なにか手段があるのですか?」
「鍵をもらってきたから」
鍵、と言っても電子的な入室権限。
今日限りのそれをドアに送信すればあっさりと天の岩戸は開かれた。
奏音は驚きつつもジト目になって「さすがお姉様です」と言った。
「では、入りましょうか」
「うん。まあ、人を連れて行くのはマナー違反だけど」
「わたくしの同行くらいは織り込み済みでしょう」
二人が揃って中に入るとすぐ「なに勝手に入って来てるのよ!?」と悲鳴が上がった。
「勝手に、じゃない。正当な許可を得て入っただけ」
「あいつ勝手に権限付与したわね!? この裏切り者!」
「友達じゃない、と意地を張っているせいで信頼を得られないのでは?」
部屋の構造は万桜たちのところとなにも変わらない。
広く清潔な空間。
壁紙も同じものが使われているが──万桜は「ここまで印象が変わるもんか」と内心感心した。
ぬいぐるみがいっぱい。
万桜のところにもきつねが一匹いて抱きまくら代わりになったりしているが、ここには陸上生物どころか海の生き物まで含めて多種多様な個体がいる。
主人のベッドの上だけでは収まりきらない彼ら(彼女ら?)は床に転がって──もとい、床を根城にしているほか、美夜のベッドにまで侵食していて。
美夜はふてくされた表情でくじらのぬいぐるみを抱いていた。
……正直、可愛い。
「えっと、ちょっと写真撮っても」
「いいわけないでしょ!?」
「いや、くじらはさすがに大きくて危ないから」
投擲されたくじらを慌ててキャッチ。
サイズ感があると弾力と抱き心地も段違いだな……と妙な感心をしつつ、
「後でみんなに謝って」
「……なんであたしが」
くじらの代わりにへびのぬいぐるみを抱きつつ呟く美夜。……ほんとにいろいろいるなこの部屋。
「どうせ、あの人からなんか聞いたんでしょ?」
「そうなのですか、お姉様?」
「うん。親が離婚して離れ離れになったけど、先生と美夜は姉妹だって、それだけ」
深いため息が吐き出された。
観念したらしい美夜は「……どうせあいつもそのうち帰ってくるだろうし」とへびを横に置く。
よくよく見るとブレザーを脱いでリボンを外し、ブラウスのボタンを二つめまで開けた、なかなかラフな格好である。
黒いブラが透けて見えるどころか角度的に直接覗けそうなくらいだが、少女は「あんまり見ないでよ」と万桜たちを睨みつつもさほど慌てた様子はない。
……いや、これ女子の部屋に無理矢理押し入ったことになってないか?
奏音(と自分)とはまた少し違う甘い匂いに今更ながら罪悪感を覚えたが、この際それは置いておく。
別にここへは遊びに来たわけじゃない。
一歩進み出ると、奏音は「お姉様にお任せします」とばかりに微笑んで様子を見守ってくれる。
視線で感謝を示しつつ、拗ねている友人を見つめて、
「姉妹喧嘩なら先生と直接やって欲しい」
「あんたわざわざそれ言いにきたわけ!?」
「? だって、先生と上手く行ってないのが原因でしょ?」
首を傾げると、美夜は「そりゃそうだけど」と仏頂面。
「もうちょっと慰めるとか、責めるなら責めるで嫌なこと言うとかあるじゃない」
「そこまで事情知らないし。わたしたちには『巻き込むか巻き込まないかどっちかにして』としか言えない」
ちなみに奏音は後ろで笑いを堪えていた。
美夜と揃って視線を向けるとそこでようやく表情を整えて、
「まあ、その、お姉様の言う通りです。相談していただければ最低限最後まで聞くくらいはしますが、そうでないのであれば『早く仲直りすればいいのに』としか言えません」
「……あんたたち、親切なのか薄情なのかわからないわね?」
「だって、姉妹喧嘩なんてたいていろくなものではないでしょう?」
言われた美夜は万桜たちを見て「……かもね」と笑った。
拾い上げられたへびがぐにぐにと左右に引っ張られて(絵面がなかなかかわいそうだ)。
「あんたたちのせいで気が抜けたじゃない」
「それは良かった。……それで、話してくれる気はある?」
「ん……。そうね」
明確な返事がもらえるまでには少しの間があった。
「ごめん。やっぱ無理。あらためて説明しようとしたら泣いちゃいそうだし」
「そっか。まあ、言いたくなったら教えて」
「いや、ほんとに適当ねあんた?」
「わたしだって美夜には言ってないことあるし。無理に聞かれても答えられない」
少年マンガなら「お前なにやってんだよぉ!?」とか言ってぶん殴ればなんとなく解決に向かうだろうが、女子をぶん殴ったら事案である。
万桜はくじらの触感を楽しみつつ「それより」と笑って、
「怒ってくれてありがとう。わたしのため、だったんでしょ?」
「……ん」
照れたように笑う美夜。
彼女は「別にいいわよ」と答えてから、思い出したように「違う」と首を振って、
「別にあんたのために怒ったわけじゃないし。っていうか怒ってないし。……っていうか、あんた大丈夫なわけ?」
「わたし? わたしはぜんぜん大丈夫」
これは強がりでもなんでもない。
自然体で答えれば、美夜は逆に「悔しくないわけ?」と睨んできた。
調子が出てきたのはいいが厳しすぎないか。
「そりゃ、もちろん悔しいけど。努力不足なら仕方ないし。時間が足りてないんだからこれから頑張るしかない」
クラスルームでも思った通り、『28位』という結果はできすぎなくらいだ。
「自慢じゃないけどわたし、エナジー量だけで合格したようなものだし。たった二ヶ月で28位って評価されたなら大健闘」
「本当に自慢じゃないわね……?」
「それに、わたしには美夜たちほどの積み重ねがないから、同じくらい悔しいなんて言えない」
悔しさで言えば、万桜に枠を奪われた子のほうが上かもしれない。
「わたしにとって『歌姫』は見上げるだけのものだった。それがこうやって学院に通えることになって、わたしはただ、努力できることが楽しんだよ」
「努力できることが、楽しい」
「……そうですね。それがお姉様と美夜さんの違いかもしれません」
奏音が微笑む。だいぶ苦笑気味な気もするが。
「真昼先生はわたしにとっても憧れの人だから、美夜も同じなんだってわかって嬉しかった」
安心した、と言ってもいい。
憧れに向かって手を伸ばしている同士なら、その気持も少しはわかるから。
「次の試験は今より上の順位を目指すよ。みんなだって必死で頑張るだろうから、そんなに簡単じゃないかもしれないけど」
言うと、美夜は「まったく、あんたは」と目を細めた。
「そうやって前ばかり見て。……そんなだから、お姉ちゃんみたいだって思っちゃうのよ」
「お姉ちゃん?」
「お姉ちゃん、ですか?」
「っ、うるさいわね! 姉さんよ姉さん! ああもう、ほんとあんたたちは!」
今度はへびが飛んできたのでくじらに守ってもらった。
声を荒げてしまった美夜は、はあ、と息を整えて。
「あんたのエナジーが変わってないって話、調べてもらったほうがいいんじゃない?」
「うん。わたしのデバイスからリアルタイムでデータが行ってるはずだからそれは大丈夫」
特待生になった条件のひとつであり、治療の経過を見るための措置でもある。
詳しくは説明できないが、入院していたことは伝えてあるので美夜も普通に頷いてくれた。
「なるほどね。でも、あんたも大変よね。あんまり学校に行けないくらい入院して──」
「? 美夜?」
そこで、少女は不自然に言葉を切った。
万桜のほうを見ているようでいて見ていない、そんな表情。
背後に霊でも見たような硬直から、驚いたように見開かれる目。
「入院。姉さんそっくりの髪。姉さんの全盛期みたいなエナジー。姉さんのお気に入り。あの事故で大怪我した中学生。確か、あたしと同い年」
やばい。
いろいろあって「そこ」から意識が逸れていた。
美夜の様子を不思議に思っている場合ではなく、さっさと部屋を出ておけば良かったかもしれない。
しかし、ここまで話が進んでしまっては逃げようがない。
まさかいきなりそこまで話が繋がってしまうとは。
……いや、別れ別れになったとはいえ真昼の妹なら、あの事故のある程度しっかりした詳細を知っていてもおかしくない。
万桜の正体に気づきうる一番の存在が、知らないうちに傍にいたわけだ。
奏音も危険な気配は察したようだが、なにも言えない。
二人が息を呑んで見守っているうちに、美夜の青い目がじっと万桜に向けられて。
「ねえ、万桜? ……姉さんとぶつかって死にかけた中学生って、もしかしてあんた?」
推測が、秘密の核心へと到達した。
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区切りどころが難しいですが、ここで第一章終了です
番外編を挟んで第二章に続く予定
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