パイルバンカー探偵シャーロットの壊答
@syusyu101
0撃目.発端
「
探偵はそう言って、俺に洋館中の人間を集めさせた。
豪華絢爛なシャンデリアの下、人影が五つ。
一人は金髪の探偵少女。
一人は黒髪の陰のある美女。
一人はでっぷりと太った、挙動不審な医者。
一人はスマホを弄っている、腰が曲がった老齢の執事。
そして、全身血まみれで片手に包丁を持って立っている……俺。
睨み合うような五人の沈黙は、絶叫によって破られた。
「……た、探偵とやら! 用があるなら早くしろ!」
探偵に催促したのは、医者の甲高い声だ。
医者はすっかり怯え切った様子でその脂肪を震わせ、シャンデリアの光に汗と涙を撒き散らしている。見ていて気の毒になるほどの怯え方だ。しかし、それも無理はないと思った。
俺だって、今すぐこの場所から立ち去りたい。
「このエントランスで……もう、二人も殺されているんだぞ!?」
ここは殺人現場だった。
被害者は医者が言った通り、二名。
この洋館『寺嶋邸』の主人と、その妻である。
両者ともに、死因は背後からの刺殺。凶器は鋭利な刃物ということしか分かっておらず、犯行の瞬間を目撃した者は一人もいない。犯人も凶器も不明なのだ。
二人の死者の共通点は、このエントランスで殺されたということのみ。
俺たちは死者を照らしたシャンデリアに照らされ、鮮血が浸みた紅の絨毯に立っている。
逃げ出したくなる気持ちは、俺にもよく分かった。
しかし、外は嵐だ。
この洋館は深い山中にある。携帯は圏外で、外へ連絡するならば山のふもとの村まで行かなくてはならない。しかし、村までの道は整備されておらず、嵐の中を歩くのは危険だ。
嵐によって閉鎖された洋館。そこで発生した、殺人事件。
この四人の中に、人殺しがいる――。
「わた、わた、わたしはもう部屋に戻り……」
「まぁまぁ。落ち着きたまえ、医者くん。私という探偵が居るじゃあないか」
事件の渦中にあって、探偵はひとり酷薄な笑みを浮かべていた。
幼い白人種の笑みは天使のようだ。しかし、状況が状況である。殺人現場で浮かべられた天使の笑みは、どこまでも底が知れない。
笑みに気圧された医者は、もう半狂乱になったように叫んだ。
「た、たた、探偵というのなら! さっさと事件を解決してくれたまえ!」
「実はね、その言葉を待っていたんだ」
探偵は少しはにかんで、そして一歩踏み出した。
革のブーツが紅の絨毯を踏みしめ、トレンチコートの長い裾を揺らし、細い左腕が掲げられる。そして、絹糸のように白く繊細な指が、たった一人の容疑者を指し示す。
「犯人はキミだ」
その指先に立っていたのは――――執事。
「……ほう?」
スマホを触ったまま、執事はため息を吐いた。
「納得がいきませんね、探偵のお客様……見て、お分かりいただけませんか?」
執事はこれ見よがしに、溜息を吐いた。
「わたくしは老人でございます。旦那様方を殺すなんて、とてもとても……」
俺は執事の言葉に頷いた。
刺殺とは、力が必要な殺害方法である。
他の人間ならともかく、目の前の老執事に、そんな体力は絶対にない。
俺は執事とは長い付き合いだ。彼の老いぼれ具合が演技などではないと知っている。
執事は、人を二人も刺し殺すことなんて到底できない、老人なのだ。
探偵は執事の弁明に、深く深く頷いた。
「そうだね、見れば分かるさ」
「でしたら……」
「キミがスマホを使っていることも、ね?」
執事の落ちくぼんだ目が、見開かれる。
「この洋館は圏外だ。そのスマホ、どこに繋がっているんだい?」
俺はハッとした。
そうだ。この洋館は圏外なのだ。
圏外なのにスマホを触っている人間はおかしい!
「執事くん。キミはそのスマホを用いた無線で、他者に殺害を指示したんだ……それなら、腰が曲がった老人でも、人を殺せるだろう?」
探偵はふふんと口で言い、胸を張って執事に告げた。
「これが、私の解答だ」
「……ククク。さすがは探偵のお客様。噂に名高きシャーロット・ポラーレ・シュテルン……」
執事はスマホを懐にしまう。
「言い訳や釈明はまったくございません。大正解にございます」
そしてそのまま観念した、と言いたげに両手をあげる執事。皺だらけの表情に笑みが浮かぶ。
笑みの正体は苦笑か、探偵への称賛か。分からない。
だが、俺はその笑みが妙に引っ掛かった。
その笑みはまるで……勝ち誇る笑みの、ような。
「……ですが、気付くのが遅すぎましたね」
違和感を抱いた次の瞬間――――――ガシャン、と頭上で割れる音。
弾かれたように見上げれば、そこに在るのは豪華絢爛なシャンデリア。
いや、違う。
――――シャンデリアが、変形している!
それは、機械仕掛けの鳥。
「これこそ私の共犯者、我が凶器……『四三式火喰鳥 十二号』」
俺たちの頭上で、瞬く間に狂暴に変形していく鳥だ!
骨組みを翼のように広げ、天井に繋がっていた鎖を尾羽に、無数のガラス製蝋燭一本一本が羽のように蠢き、命を切断するチェーンソーのような残酷な鋭利さをギラつかせる。
処刑器具のアンティークを思わせる、機械仕掛けの鳥。
俺は、その輝く翼に影を見つけた。
ガラス製の蝋燭の尖った先端を汚している、どす黒い影。
……血だ。乾いた血だ。
被害者二名を刺殺した、ほかならぬ証拠だった!
「十二号よ! 惨劇の刃をもって、愚者たちに鉄槌を下しなさいッ!」
シャンデリアの直下で、探偵が呟く。
「単純なトリックだね。犯人は、ずっと殺人現場に隠れていた……という訳だ」
迫りくる輝きの中で、俺はその横顔を見つめていた。
十四歳くらいに見える、幼さの残る貌。
頬は儚く透き通る白で、瞳は空を射貫くような碧色。
光を受けて流れる髪は、天使を思わせる純金色のポニーテール。
トレンチコートを翻す小柄な身体は、まるで湖上で踊る妖精のようだった。
「さぁて」
探偵は、その右腕を……執事を指したのとは違う方の腕を、光に掲げた。
照らし出されるは、鋼の義手。
磨かれた銃身を思わせる鈍色が、シャンデリアの光を受けて鈍く輝く。
「限定、解除」
探偵の細腕に似合わぬ巨大さの、無骨で、傷だらけの腕。
「目標、最重要物証。シャンデリア型アサシン・デバイス『四三式火喰鳥 十二号』」
その義手は複雑に展開し、中から、なにかが現れる。
現れたそれは――――鋼の杭。
構えられたその鋼を指す言葉を、この時の俺はまだ知らなかった。
だがその名前を聞いた瞬間、それこそが鋼の名前なのだと、俺は本能で理解できた。
「解放―――パイル・バンカァァアァーーーーーー――――ッッ!!!」
瞬間。
穿たれる、シャンデリア。
凶器が割れて、光とガラスがエントランスに降り注ぐ。
光の中に立つ彼女の名は、シャーロット・ポラーレ・シュテルン。
人呼んで《パイルバンカー探偵》。
はじめて彼女と会ったその瞬間に、彼女が事件を解決した瞬間に、俺はひとつ確信した。
彼女に砕けぬ謎など、無い。
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