暁月の太陽

橘 葵

第1話

「わぁ、待て待て!」

加藤健が慌ててにげ出そうとしていた。

その周辺には白衣を着た男たちと看護婦たちがいて加藤を押さえ込もうとしている。

加藤健は白衣の男たちに捕まり、連れて行かれる。

加藤健は白衣の男性の一人、瀧田医師に説明を受けていたが納得出来ない話に付き合うつもりもなくにげ出そうとして失敗した。

加藤の前に座る瀧田医師が少し目を離した隙に加藤はこっそり歩き出した。入り口付近まで来たところで今度は近くにいた看護婦に捕まってしまった。

看護婦に引き摺られるように再度、瀧田医師の前の椅子に座らされ加藤は叱られる。

加藤は看護婦に捕まったままだ。

しかし、加藤はまだ諦めていない。視線は入口に向けられていた。

先程から瀧田医師からこんこんと説明を受けているが加藤は納得出来ない。

加藤の頭の中には水が溜まっていると言われた。その水を抜く為の手術が必要らしいが髪の毛を剃ると言われた。

加藤は到底納得出来る話では無かった。

転倒して頭を打って市民病院に運ばれて手術をしたが異常はないと言われていた。

ただ、身体に不調があった為、親戚に勧められてリハビリも兼ねてこの花園病院に転院したがそこで異常が見つかったと言われた。

担当の瀧田医師が手術の必要性を説明してくれるが加藤は信じられない。瀧田医師が目を離した隙に加藤はにげ出そうとしたが今度は体格の良い看護婦に羽交締めにされて瀧田医師の前に連れて行かれた。

このままだと良くないと瀧田医師が言うが加藤は自覚が無いので信用出来なかった。

何度も手術は必要ないと伝えても、前の病院で異常は無かったと訴えても聞き入れてはもらえなかった。

看護婦に肩を押さえられて瀧田医師の話を聞かされた。

加藤はどうしてこんな目に遭わなければならないのかと苛立ちを覚えた。

「いらしゃいませ」

「コーヒーとハムサンド」

「かしこまりました」

大きな荷物を抱えた年配の女性が喫茶店に入って来た。

近くの病院の入院患者の着替えの荷物のようだ。

年配の女性は運ばれてきたハムサンドを食べながら近くにいる男性を見た。

「だから、あの病院はなにかしているんじゃないか?」

年配の男性二人の会話が聞こえる。

「朝方黒いワンボックスカーが出ていくのを何度か見たぞ」

「俺も見たぞ!真夜中に猛スピードで走って行くな。一体何処に行くのか?」

「救急車もよく入って来るよな」

「それほど大きな病院でもないのに救急車の出入りが多すぎないか?」

「まぁ、あそこは死ぬ人が行く病院だからな」

「息子の為の病院だから病気が治せなくてもいいんだろ」

「診断もよく間違えるって聞いたぞ」

「あぁ、それで亡くなる人もいるらしいな」

「あの、ちょっといいですか?」

大きな荷物を抱えた女性に声をかけられ、年配の男性、二人は話をやめて顔を上げる。

「さっきの話は本当ですか?」

荷物を抱えた女性が聞く。

「さっきって花園病院のことか?」

年配の男性の一人が聞く。

「今、息子が入院していて」

荷物を抱えた女性が不安そうに言う。

「本当ですよ。あの病院は信頼出来ないから気をつけた方がいいですよ」

「手術も出来ないからね」

「長生きしたかったら、あの病院はやめた方がいいぞ」

もう一人の男性も言う。

「そうだな、長生きしたくなかったらあの病院だな」

「そうですか」

年配の男性二人から言われて女性が呟く。

「息子のことを思うなら、花園病院はやめておけ」

二人の男性は口々に言うと女性の表情は青ざめて荷物を抱えて喫茶店を出ていった。

「保険金狙いならあの病院だな」

「保険金狙いか。いい事言うな」

「本当だよな。保険金狙いなら花園病院だぞ」

年配の男性の二人は豪快に笑い出す。

「そうだな。あの息子が医者だなんてわらわせるぞ」

年配の男性二人はまた話し始める。

「落ちこぼれって話だからな」

「そうだよ、息子の同級生は近づきもしないぞ」

「そんなにか?」

「やぶもやぶ、病気を治せないみたいだ」

「病気を治せないって?」

「元々それ程成績も良くなかったらしいからな」

「聞いたことあるぞ!受験でことごとく落ちたらしいな」

「それで私立校に行ったらしいぞ」

「あの私立か? あそこは金さえ積めば卒業できるって話だな」

「かなり金を積んだらしいぞ」

「個人病院の2世がよくいくらしいな。その為、成績は二の次で寄付金を積めば卒業出来ると噂があったがやっぱりそうなんだ」

「よくそれで病院経営ができるな」

「市民病院から指導医が来ているらしい。それで何とか回っているらしいが」

「じゃ、その指導医が来なくなったらお終いってことか?」

「そうなるだろうな」

「あの息子は手術が出来るのか?」

「出来るわけがないだろ」

「そうだよな。あの息子では無理だな」

近くに座る男性たちから聞こえる会話は何か恐ろしさを感じた。

部下の加藤健のお見舞いの帰りに寄った喫茶店で加藤の上司の武藤と一緒にいた加藤の同僚の笹木も年配の男性二人の会話を聞いていた。

会話に出ている病院はこの近くの高台にある花園病院のことだ。

「昔からある病院だから、細々と個人病院をやっていればいいものをどうして建て直して新しく大きな病院を作ったんだ?」

「なんでも、戦争で一儲けした人が息子の為に作った病院らしいからな」

「だからか?金儲けの為に病院を作ったって噂を聞いたことがあるな」

「それに病気を治せないとかの噂に死ぬ人がいく病院とまで噂もあるぞ」

喫茶店の片隅に陣取っていた武藤は噂話に耳を傾けながら目の前に座る笹木に聞く。

「加藤はあの病院で大丈夫なのか?」

「親戚に勧められたそうです」

「本当か?さっきの話しだと加藤は更に悪化しそうだぞ」

武藤は笹木の話を聞き疑問を募らせる。

当の笹木は同僚の加藤を心配する。

武藤と笹木は年配の男性二人の会話に耳を澄ました。

二人の会話はまだ続いていた。

武藤は二人の会話に疑問を感じた。

深夜、病棟から車が出てくるのはどういう事だろかと。

「ところで、加藤さんが捜査資料を送って欲しいと言っていますが」

笹木が言うと武藤はため息をついた。

「先日の捜査で転倒して大怪我をして安静にしなければいけないのに。アイツは何を言っているのだ」

武藤が言うと笹木は困惑する。

加藤から武藤が反対しても必ず送れと先程からしつこいくらいメールが送られてくる。

笹木の表情を見て武藤は諦めた。

「加藤が送れと言っているのだな。病院を抜けださければ良いと言っておけ」

武藤が言うと笹木は安堵して早速加藤にメールを送った。

武藤は年配の男性二人の会話を聞いていた。

花園病院のHPを見ると主にリハビリ関連に力を入れているようだ。

リハビリなら大きな病は扱わない筈だ。それならと念の為病院の医師が誰なのか調べて行く。

病院経営者の理事長と医師が3人にリハビリ担当者が3人いた。

武藤はこの中の理事長と同じ苗字の医師の顔写真を眺めた。

この男が病気を直せない医師か…。

武藤は知り合いの医師にメールを送った。

最悪、加藤は知り合いの病院に転院させた方が良さそうだ。

知り合いの医師からはすぐに返事が返ってきた。

加藤の病名を連絡すると処置を間違えると生死に関わると返事があった。武藤はその返事に一層の不安を覚えた。


「あの夫婦は使えるんじゃないか?」

瀧田理事長が高梨医師に囁く。

数日前、救急で運ばれた患者の親族の夫婦がいた。

その夫婦は家のローンが払えなくなるからと騒いでいた。

「ですが…」

高梨医師はすこし困惑気味だ。あまり手を広げたくないとの思いだがこの病院の経営者でもある理事長には逆らえない。金儲けの為に今回はあの夫婦を使うつもりだろ。

「こちらに任せておけ」

瀧田理事長はそれだけ言うと笑顔で立ち去った。

どこまですればいいのか。

高梨医師はその場に立ち尽くす。

「先生!」

看護婦に声をかけられた。

「今行く」

高梨医師はそれだけ告げ歩きだす。

逃げることも出来ない自分の状況に呆れる。

同期で入った医師たちは既に別の病院に転職してしている。

「大事になる前にお前も逃げ出したほうがいいぞ」

同期に言われた言葉を思い出す。

既に逃げ出せない状況だ。

理事長の息子の瀧田高雄も医師だが手術もまともに出来なくて何時も酒を飲んで赤ら顔でナースステーションの前に椅子を置いて座っている。その代わりに自分が手術や患者の対応に追われていた。

息子の為の病院だという噂は案外嘘ではない。医師免許はかろうじてとれたが知識も経験もまともにないので緊急手術は任せる事が出来ない。

それなのに手術をしたがり、面倒な手術はしたがらない。手柄は全て自分のものにする狡さもある。

その為、自分に全てまわってくる。逃げ出したいが、担当している患者のことを考えると安易にはやめられない。それが抜け出せない原因でもある。


高梨医師は仕方なく重い足取りで患者の病室へ向かった。






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