第10話 怪鳥
(もらった!)
沖田の十八番、三段突きである。
踏み込みひとつで三つの突きを放っているようだと評判だが、単純に三度の突きを素早く繰り返すわけではない。それぞれが必殺の気迫と崩しの目論見とを同時に孕む連続技なのだ。
――だが、
沖田の腹を衝撃が襲う。
「がっ!?」
沖田の身体がくの字に折れていた。
その腹には以蔵の革靴のつま先が突き刺さっている。
「さすがに驚きましたよ。社長と話している最中に不意打ちとは」
「ぼんやり立ってる方が悪い……」
沖田はよろめきながらも刀を手放さない。
無理な体勢から放たれた以蔵の蹴りは浅いものだったが、一昨日の芹沢との戦いで痛めた肋が息を吸うたびに痛む。
「社長、これを飼い慣らすのは無理ですよ」
「なんでそがなんを言うがよ? 総司さんは日本の夜明けにふさわしい男じゃ思うちや」
「いま私が殺されかけたのを見てなかったんですかね」
「ははは! 以蔵がそがなん簡単に死ぬがか!」
「アメリカではパワーハラスメントと呼ぶそうですよ、それ」
軽口を交わしているが、今度は斬り込む隙を見せない。
背後から聞こえていた男たちの
(無理矢理にでも、押し通る)
沖田が覚悟を決めた、その時だった。
――ピィィィイイイ!! ピィィィイイイ!!――
甲高い呼子の音が響き渡った。
次いで津波のような鬨の声が押し寄せる。
「新選組副長、土方歳三である!」
堀川通の南から押し寄せるのはダンダラ羽織の一団。
先駆けは土方歳三。ディープワンを蹴り倒し、力任せに叩き切る。白刃が豪風を吹かすたび、ディープワンの頸が、腕が、胴が両断され宙を舞う。その姿はまさに鬼神の如し。
隊士たちも負けてはいない。鬼の副長に遅れじと刀を振るう。一刀両断とまではいかないが、複数人で一体を囲んで確実に仕留めていく。その練度は沖田が即席で組織した男たちとは比較にならない。ディープワンの群れは見る見るうちに血まみれの肉塊へと姿を変えていく。
「御用だ! 御用だ!」
さらに北からは与力に率いられた奉行所の一団。
「どうやら時間は俺に味方したみたいだ」
沖田は脇腹の痛みを堪えてにやりと笑った。
菱屋は新選組の屯所から歩いて半刻(約1時間)ほどの場所にある。これだけの騒ぎが起これば常番の隊士たちが駆けつけるまでにさしたる時間はかかるまいとの読みがあったのだ。
沖田は加州清光の切っ先を火の見櫓の龍馬へ向けた。
「袋の鼠だ。観念して降りてこい」
しかし、龍馬は何ら
「確かにそうらしいのう。今日はこがなところで潮時がか」
龍馬がバンジョーをじゃんと一回かき鳴らすと、どこからか硝子を針で掻いたような不快な高音が響き渡った。
「何の音だ!?」
空を見上げると、彼方に一羽の怪鳥が羽ばたいていた。
鳶のように翼が長いが明らかにそれとは違う。胴は蛇のように長く、緑錆色の鱗に覆われている。翼にも羽毛はなく蝙蝠に似て、二本の太い足には子供の腕ほどもある太い鉤爪が生えていた。頭部には目も嘴もなく、代わりに薄桃色の触手が無数に蠢いていた。
そしてその背には、鼠のような顔の小男がまたがっている。
「坂本先生、お迎えに来やしたぜ!」
「おお、新見君、助かるぜよ。シャンタク鳥もすっかり懐いちゅうようじゃ」
シャンタク鳥と呼ばれた怪鳥は火の見櫓に向けて急降下し、瞬く間に急上昇した。右の鉤爪には腰帯を掴まれた龍馬が、左の鉤爪には人間離れした跳躍を見せた以蔵が片手でぶら下がっていた。
「総司さん、名残惜しかが今日はさよならじゃ!」
「くそっ、なんでもありかよ!」
くるくると旋回しながら上昇するシャンタク鳥に沖田は歯噛みする。
龍馬は空中に吊られながら、愉快げにバンジョーをかき鳴らす。
「そうじゃ、忘れちょった。贄の聖女は預けちょくぜよ! ではまた会おうぜよ!」
「待てっ! 逃げるなっ!」
「はははは、待てと言われて待つもんはおらんぜよ!」
バンジョーの音色が遠い空へと消えていくのを、沖田は怒りのこもった目でにらみ続けることしかできなかった。
* * *
「新選組ちゅうんは噂以上にやりおるのう」
「そうですね。予想以上の早さでした」
龍馬と以蔵はシャンタク鳥の背に移り、冷たい風を浴びていた。
今日の目的は小手調べだ。ディープワンなどという雑魚をけしかけたのは、京の治安組織の対応力を確認するためである。新選組がバラバラと駆けつけてくることは予想していたが、隊伍を組んで援軍に駆けつけ、あまつさえ奉行所と連携までするとは予想の上をいっていた。
「それに沖田総司。あれはできれば殺したくないがじゃ」
「まだ言ってるんですか。私は殺されかけたんですよ」
「なあに、死んだらまた生き返してやるきに」
「二度も三度も死にたくはありません」
以蔵がシャツをはだけさせると、肉のない肋骨だけがあらわになる。
「骨の隙間を抜けたがか。ツイちょったのう」
「ええ、生身であれば肺腑を破られていたでしょう。あの若さでこの技のキレ、末恐ろしいなんてものではありません」
「以蔵が敵をそこまで誉めるのは珍しいのう。おまんも気に入ったがか?」
龍馬の言葉に、以蔵は薄く笑う。
しかし、それが何を意味する笑いなのか。瞳の色が眼鏡に隠され、窺い知ることは叶わなかった。
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