冒険者エリオットの冒険譚

蒼月 颯真

第1話


リュミエール王国は、広大な森林と川に囲まれた小さな王国だ。


その中心部から少し離れた場所に、エリオットの家はあった。


木造の家は決して大きくはないが、暖かい家族のぬくもりに包まれている。


両親は有名な冒険者で、町の人々からも一目置かれている存在だった。


エリオットは窓辺に座り、遠くに広がる森をぼんやりと眺めていた。


窓から差し込む夕陽が、彼の顔に淡い光を照らしている。


彼の手元には木製の剣が握られており、その表面には手で触れた痕跡がくっきりと残っていた。


「僕も、いつか両親みたいに強くなれるのかな…」


つぶやいたその声は、自分に問いかけるような響きだった。


エリオットはまだ12歳。魔法や剣術の訓練を受け始めたばかりだが、両親が冒険から帰るたびに話す壮絶な戦いの物語に、心が躍ると同時に、どこか不安も感じていた。


ドアが開く音がして、母親が入ってきた。


「エリオット、また森を見ているのね。何か考え事?」


「うん…僕も早く、両親みたいに強くなりたいなって思ってさ」


母親は微笑んでエリオットの肩に手を置いた。


「強さはすぐに手に入るものじゃないわ。訓練を続けて、自分の力を信じることが大事よ」


その言葉にエリオットは少し安心し、目の前の夕陽がますます赤く染まるのを見つめた。


次の日、エリオットは町に出かけた。


目的はリリアに会うことだ。


リリアは彼の幼なじみで、王都で錬金術の訓練を受けている。


しばらくぶりの再会に、エリオットの胸は高鳴っていた。


町の中心にある広場には、行商人たちが集まり賑やかな声が響いていた。


エリオットはその中を抜けて、指定された場所へ向かう。


「エリオット!」


その声に振り返ると、そこにはリリアが立っていた。


彼女は少し大人びた姿になっており、エリオットは思わず目を見張った。


「久しぶり、リリア!」


二人は再会の喜びを分かち合いながら、町の外れにある小さなカフェで話し込んだ。


リリアの錬金術の話や、エリオットの剣術の訓練のこと。


まるで昔に戻ったかのような和やかな時間が流れていた。


しかし、その平和なひと時は、突然の不穏な空気に遮られた。


町の外れから、遠くで爆発音が響いたのだ。


「何…?」


リリアとエリオットは同時に立ち上がった。


すぐに町中がざわめき出し、人々が広場へと集まり始めた。


爆発音が響いた瞬間、エリオットの心臓は跳ね上がった。


町の外れ、森の近くで黒い煙が立ち昇っているのが見えた。


町中の人々が次々と不安そうな表情でそちらに向かって走り出す。


「エリオット、急ごう!」


リリアがエリオットの腕を引きながら叫んだ。


「うん!」


エリオットは剣を握りしめ、二人で森の方へと向かって駆け出した。


森に近づくにつれ、異様な静けさが周囲に広がっていた。


風が止み、鳥の鳴き声も聞こえない。


エリオットの胸の鼓動が、異常に速く感じられた。


ついに森の入り口にたどり着くと、そこには巨大な魔物が現れていた。


まるで石でできた怪物のような姿で、その体は大地に根を張ったかのように動かず、ゆっくりと町の方向へ向かって進んでいた。


「これが…魔物…?」


エリオットはその巨大な姿に圧倒され、思わず後ずさりしそうになった。


「大丈夫、エリオット。私たちならできるはずよ」


リリアがエリオットに向かって落ち着いた声で言った。


その目には、決意の光が宿っていた。


「…うん、やるしかないね!」


エリオットは再び剣を握り直し、リリアと共に魔物に立ち向かうことを決意した。


リリアは素早く腰に下げた小さな薬瓶を取り出し、地面にかがんで素早く魔法陣を描いた。


「私が魔物の動きを封じるわ。その隙にエリオット、攻撃して!」


エリオットは力強く頷き、剣を構えて魔物の方へ駆け出した。


リリアが描いた魔法陣が輝き、魔物の動きが一瞬止まった。


その瞬間を見逃さず、エリオットは全力で剣を振り下ろした。


エリオットの剣が魔物の岩のような体に触れると、鈍い音が響いた。


だが、その一撃は思ったほどの手応えを感じなかった。


魔物の体は硬く、剣はその表面をかすめるようにしか切り裂けない。


「くそっ…!全然効かない!」


エリオットは焦りを感じながらも、何度も剣を振り続けた。


しかし、魔物は徐々に動きを取り戻し、リリアの魔法が通じなくなり始めていた。


「エリオット、下がって!」


リリアの声が響いた瞬間、魔物が巨大な腕を振り下ろしてきた。


エリオットは咄嗟に剣で防ごうとしたが、力の差は圧倒的だった。


剣ごと吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた彼は、全身に衝撃が走り、動けなくなった。


「まだ…終わらない…!」


エリオットは痛みに耐えながら立ち上がろうとするが、体が思うように動かない。


その時、リリアが再び魔法陣を描き始めた。


今回は、前よりもさらに大きな光を放ちながら、彼女の手元にエネルギーが集まっていく。


リリアの瞳には強い意志が宿っていた。


「これで決めるわ!」


リリアが放った光の矢が魔物に向かって一直線に飛び、エリオットはその瞬間を見逃さなかった。


彼は力を振り絞り、最後の一撃を魔物に向けて振り下ろした。


「うおおおおおおお!」


剣が魔物の体を貫き、石のような体がゆっくりと崩れていく。


エリオットとリリアは、その場に倒れ込んだ。


エリオットは荒い息を吐きながら、倒れた魔物の残骸を見つめていた。


身体中に痛みが走るが、戦いが終わったことを実感すると、少しだけ安堵が広がった。リリアも近くで座り込み、疲れた表情を浮かべている。


「私たち…勝ったんだね」


リリアが言葉を絞り出すようにして呟いた。


「うん…でも、思ったよりもずっと大変だった」


エリオットは地面に突き刺さったままの剣を見つめながら、戦いの厳しさを噛み締めた。


自分の力不足を痛感したエリオットは、今までの訓練がいかに表面的だったかを思い知った。


両親や師匠がどれだけ危険な世界で戦っているのか、初めて実感したのだ。


「もっと強くならなきゃ…もっと、みんなを守れるように」


その決意が心の奥に強く根付いた瞬間、エリオットは立ち上がった。

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