レーサーレプリカ(仮称)
Γケイジ
第1話サンマ、アフターエピソード
終わった。俺のバイク人生は今、ここで終わるんだ。
少年でも青年でも無い男がTZRをゆっくりと押して歩いて行く。
ヘルメットもツナギも着ていない。
ずっと押していく、汗だくで凄く重たくて。
装備重量にして約160kg、重たくない筈がない、当たり前だ。
エンジンが掛かっているとき、峠を走っているとき、
羽根のように軽かった、膝で軽く入力すればパッと倒れてグッと曲がる、そのままのトラクションでドカッと加速する。
全てが完璧な筈だった。
高校生の時間を全部ぶち込んだ、俺のTZR。
未だ最も人気のある3MA型、ボロボロだったのを5万で譲ってもらって直すのに
時間は掛からなかった、アイツが居たから。
工賃は自分たちでやったから0ってことにしてもらった。
部品もツギハギで流用だらけ、走ってるだけ奇跡・・・
とはいえエンジンの組みなおしは親父っさん達がやってくれたから
奇跡では無いかな?
この・・・命を預ける筈だったTZRを俺は、俺は捨てる。
もう2輪には乗らない。4輪も・・・軽かミニバンでいいや。
命をやり取りするような走りはもう出来ない、
出来なくなってしまった。アレを、あんなものを見せつけられてしまったら。
ケガから復帰直後、親父っさん達がプレゼントとしてアイツに用意した
GSXR400と十数年前ここら最速と言われたエボⅤ。
何時もツルんで走ってた峠の1晩限り1回限り1本限りの全開走行、
アイツらにも色々理由が有るって自分は分かっていたはず。
「公道はサーキットじゃない、競うなんてバカなんだ。飛ばすなっては俺も
言えねーけどサ、ヤバいゾーンに入る様な走りはすんなよ。
昔、いっぱいここでケガしたヤツ、死んだヤツ居るんだから。
それだけ俺たちイカれてんだよ。」
何時もアイツは言っていた。
それはアイツがガキの頃からモトクロスで競技走行を経験しているからじゃない。
俺はずっとアイツの周りにはおっさんばっかりだからだと思っていた。
俺はこの峠で今、最速だとずっと思っていた。
リズム良く4、3とブリッピング。
パワーバンドギリギリのリアがぶっ飛ばないラインからタイヤグリップとモンスターパワーで起ち上る。4ストと2ストは確かに違う。
同じガソリンエンジン、同じ時代に生まれた古いバイク。
だけれど何もかも違った。
昔、漫画で見た気がする。乗り手の心が失速したらどれ程のモノを与えられても走ることさえ出来ないって。
俺は失速した、元よりレーサーになんて到底興味無いし普通に生きたい。
バイクは、好きだ。車も、好きだ。でももうダメだ。普通で良いんだ。何もかも。何となく結婚して何となく子供が出来て・・・。
「おう、なんで引っ張ってきてんのヨ~どっかヤッたか?」
店員の一人が出てきた。もうこんなところまで。
「あはは・・・えっとなんて言うか。」
「まぁ、店ン中入んなよ。暑かっただろ?アイツ今デートに行って居ねーけどナ」
椅子に座れなかった。いつも通りお母っかさんが麦茶を入れてくれた。
飲めない、息が詰まる。親父っさんは気を落ち着かせる為にタバコに火を着ける。
「んで、ジェットの番手でも・・・」
「!!!放したいンです・・・もう俺走れないんです。」
親父っさんはゆっくりと煙を吐きながら灰を落とす。
「わあった。今日限りで良いのか?」
もう19になるのに涙をいっぱいにして鼻すすりながら頷く事しか出来なかった。
「ごめ”ん”な”ざい”っつ”!!!みんなに作って貰ったのに!」
「俺、あのバトル見てから怖くなっちゃったんでず!もう乗れないって、アイツはあれ以上公道レースなんて絶対やらないけど・・・でももう俺は行けないって・・・。」
「俺たちが峠小僧だった時もそういうヤツいっぱい居たよ、気にすんな。」
裏から休憩に入ってきたもう一人にも言われる。
「ワイが16ん時、キングって言われてたヤツがハイサイドで飛んで崖から落ちて死んだンよ。それ見て200人の内100人は辞めた。もう100人はしばらくの間乗るの止めた。65人は戻って来なかった。25人は大分時間が経ってから普通のに乗っている。」
そしてもう一人も戻って来る。
「そして10人は続けた。誰もレースの世界には行けなかった。」
二本目を咥えながら親父っさんは答える
「まー結局アイツは特別だったんだよ。いっそ小説にでもしちまいな。色々あって超一流のお嬢様とケンカしたらイイ感じになってさ。」
「お嬢の父親がバイク事故で逝ってて分家が乗っ取って倉にある財産むしり取って行こうってところにだ。」
「そこに分家のドラ息子が出てきてそいつ自身を終わらせる為、叔父の、お嬢ちゃんにとって大切な倉で待っているあの宝物の為に。」
「昔ローリング族やら走り屋が占領してた山の下り一本で全て決める。」
「そして10年以上掛けて作り上げたランエボを骨折から3日というクソみたいなコンディションでぶっちぎる。」
親父っさん達はみんなどこか遠くを見ていた気がした。
「夢とか物語の方がずっとマトモだよな~ホント。」
火をもみ消して最後の質問が来る。
「で、売るのか?」
もう、悔いなんてない。アイツは本当に唯々走るのが好きだった。
結局ツールに過ぎなかった、誰かに近づく為の道具に過ぎなかった。
「音じゃなくて声を聴ンだヨ、何となく分かるだろ?下は大体合ってるけど上の方濃すぎるゼ、速くなりたいんだったら詰めれよ。まだまだマージンあるから焼き付きはまぁ、無いだろ。」
全然意味が解らなかった。アイツは最初から調整の要らないバイク乗ってたのに俺のバイク見てすぐ不調な場所を看破した。エンジンが掛からなくて四苦八苦している時も押し掛けで軽々掛けてしまう。
一息付いて思わず口からこぼれてしまう
「きっとアイツ血の代わりに10w-60とかのクッソ硬いオイル流れてますよw」言ってる自分でも笑ってしまった。
親父っさんは店の金庫からお金を取り出す。
「ん、100だ。今こんだけ綺麗ならもっと高く買うヤツが居る。」
ぽっと100万円を手渡される19の少年。
「でも乗りたくなっなら、乗りたいと少しでも思ってしまったなら・・・同じだけ持ってこい。ずっと待ってる。」
おじさん達もみんなほくそ笑んでいた。
「そうよ!待ってるぜ、坊主。」「こりゃ明日にゃ取りに来るナ。」
「「ガハハ!!!」」
こんな良い人達に逢えた事、普通に生きて居たら見ることが出来ない世界を見れた事。他のイマドキの高校生とは全然違う生き方を出来たこと。
何一つ無いのか?後悔が無い?判らなくなりそうだけど・・・。
俺は麦茶を飲み干す
「俺、きっと戻って来ませんけど・・・ありがとうございました!」
そのまま店から駆け出す、まだ暑い青空の中を遠い家まで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます