第4話

 検品の終わった商品をストック用の引き出しにしまい込んでから、空になった段ボール箱を畳んでいく。売り場の隅に重ねていたものをまとめて抱えると、睦美は小春へと「ゴミ捨ててきますね」と声を掛けてからバックヤードへと向かう。

 スタッフオンリーのプレートの付いた観音扉を押し入ると、店内で聞こえていた軽やかな音楽は不思議なほど聞こえなくなる。防音扉でもないのになんでだろうといつも思うが、きっとスピーカーの角度の問題なのだろう。


 通路のいたるところに積み上げられた各売り場の在庫を避けながら、専用のゴミ収集場所へ着くと、雪崩を起こさないよう注意しながら段ボールを指定スペースの一番上へと重ね置く。ここにはデパート内の全ての売り場の廃棄物が集まる。直営店だけじゃなくテナントショップも共用だから、朝に回収されても夕方にはもう満タンになってしまう。


 ゴミを捨てて身軽になったその足で、睦美は階段を上がって二階の事務所へ顔を出す。手前のデスクで眉間に皺を寄せている子供服チーフを見つけて「お疲れ様です」と声をかけた。


「あ、今日は柿崎さんは公休日でしたっけ?」

「はい。昨日の夜に『代わりに話を聞いておいて』って連絡があったので――」


 イベントの打ち合わせのほとんどは香苗が受け持ってくれている。けれど今日は来週の最終確認の予定があったのを忘れて休みを取ってしまったらしく、睦美が代表して聞きに来ることになった。


「えっと、おおまかにはこれまで通りと変更なしです。あ、でも、今回はホームページで紹介する用の動画の撮影が入ることになってます」

「動画、ですか?」

「ああ、本当に短いやつなんで大丈夫ですよ。店舗ごとの定例イベントの紹介で。ほら、どっかの店舗ではマグロの解体ショーとか上げてたりするの、見たことありません?」


 チーフの言葉に、睦美は「あー、はいはい」と納得して頷き返す。そのマグロの解体ショーをウリにしてた店は、睦美が以前に勤務していたところだ。確か二分くらいの短い動画だった気がする。


「それで、メンバー紹介で二人がうちの従業員だってことを公表するかどうかを悩んでて……前に柿崎さんにそれとなく聞いてみたら、その時は渋い顔をされちゃったんですよね」

「なら、公表はしないでいただけると……」

「分かりました。これまで通り、謎の二人組ってことでですね!」


 「いや、謎の二人組って……」と苦笑しながら、睦美はイベントの企画書類にメモを書き足しているチーフへ小さく頭を下げてから部屋を出た。以前に香苗からもそういう話は聞いていたから、改めて確認もせずに即答してしまったけれど、多分問題はないはずだ。


 香苗は自分がリンリンお姉さんの姿と普段とのギャップがあり過ぎることを少し気にしている節がある。ステージ上は髪型やメイクも丸っきり違うから、普段の地味な自分を見たら子供達がショックを受けるんじゃないかと本気で思っているみたいだった。それはあまりにも変わらなさ過ぎる睦美からしたら、羨ましいことなんだけど……


 隔週で開催されるキッズフロアでのイベントは、同時開催される臨時セールのおかげもあってか、回を追うごとに観覧席に並べられる椅子の数は増えていた。ステージの真ん前に敷かれたマットには何度も見かけた覚えのある子供達が香苗達の登場を目をキラキラ輝かせて待ち構えてくれている。いつものツインテールキッズに紛れて、白いリボンのポニーテールの子がいる光景にはもう慣れた。ミルクお姉さんも好きだけど、リンリンお姉さん達のことも好き。きっとそんな感じなんだろう。別に好きなものはたくさんあって構わないのだから。


 子供達と一緒に大合唱して終わった最後の曲。まだまだ元気が有り余っている子供達とハイタッチして別れた後、睦美達は急いで更衣室で着替えを済ませ、自分の担当売り場へと戻った。


「ただいま戻りましたー。小春さん、お待たせしました。休憩に行ってください」

「はーい、じゃあ先に行かせていただきますねー。四階は相変わらずの大盛況でした? 今日でしたっけ、動画の撮影が入るのって?」

「そうなんですけど、別にどこかのカメラマンが来るとかじゃなかったです。普通に催事のマネージャーが撮ってただけで」


 睦美の報告に、小春は「なにそれー?」とおかしくて堪らないといった風に大袈裟に笑う。睦美もリハーサルの時に位置確認しておいたカメラを、本番では見知った男性社員が構えてるのを見て拍子抜けしてしまった。気合いの入れ損だ。


 休憩バッグを持っていそいそと隣の靴売り場のパートさんへ休憩のお誘いに向かった小春を見送って、睦美は売り場内を商品整理して回る。向きを揃えて規則正しく並んだ商品達も、ふと目を離した一瞬の隙に乱れていることがある。ぐちゃぐちゃの陳列は商品価値を下げてしまう。それはここのような高級志向な客の多いデパートにはあってはならないこと。


 ハンディモップで棚の埃を払いつつ、シリーズ展開している財布とキーケースの並びを整えていく。すると、真後ろから子供の声で名前を呼ばれた気がした。沙耶とは全く違う別の女の子の声だったから、睦美は首を傾げつつ振り返る。


「……あ、やっぱりむっちゃんだぁ!」


 睦美に向かって走り寄って来た女の子は、香苗のステージ衣装によく似たふんわりスカートを穿いていた。髪はショートだったから前髪にピンクのお花のピンを付けているだけだったけれど、一目で自分達のステージを観に来てくれた子だというのが分かる。

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