第31話

 先に休憩へ行っていた小春が言うには、今日のイベントのことは食堂内でも話題になっていたらしい。


「私も結構聞かれましたよー。二人はいつもどこで活動されてるんですか、みたいなのを」

「えーっ、すみません……」

「いえいえ、子供の為に自分で調べなさいって言っておきましたけど、SNSくらいやってみてもいいんじゃないですか?」


 小春に言われて、睦美は「そうですねぇ」と答えながらも、香苗がそういうのは好きじゃなさそうだなと思っていた。別に有名になりたくて活動している訳でもないし、リンリンお姉さんの基本はボランティアで、その場に居合わせた子供達に楽しんでもらうことが何よりの優先事項。決して人を集めるためにやっているんじゃない。その点は睦美も同感で、今日のような集客の為のステージはちょっと違う気がしていた。


 ――ま、あれは業務の一環だから仕方ないけど……


 店長が言っていた定期開催が実現するかどうかはまだ分からない。別にプライベートの時間を切り売りするわけじゃないから、それは正直言ってどっちでもいい。でも本来のボランティアのステージに影響するのだけは勘弁だ。そんなことを考えながら、睦美は交代して休憩に行く為に壁面棚から休憩バッグを取り出した。内線を使って香苗と連絡を取ろうかとも考えたが、向こうは自分よりももっと騒がしくなっている気がして、誘うのは諦める。


 食堂に入り、目ぼしい席が空いてそうも無かったから、先に定食を買おうとカウンターに並ぶ。午前中の緊張感がようやくほぐれてきたのか、一気に空腹が襲ってくる。平日の割に混雑していた食堂はすでにメインの唐揚げ定食は売り切れで、カレイの煮つけ定食しか残っていない。でも、ご飯は白米と雑穀米とが選べるみたいだ。


「あ、じゃあ、煮魚定食を雑穀米で。あと、小鉢は……」


 棚に並んだ小鉢を眺めて、ひじき煮を手に取る。香苗のように毎日自炊弁当というのは無理だけれど、社食は出来るだけ健康志向の物を選ぶようになった。少しでもお姉さんと呼んで貰える期間を長びかせる為に。


 会計を済ませて振り返り、空いているテーブルを見回す。予想通りにさっきよりは空席が目立ち始めていて、真ん中辺りの列でこちらに向かって手を振っている香苗の姿を見つけて移動する。彼女がこんな中央の席にいるのは珍しい。


「お疲れ様。もしかして、だれかと一緒だった?」


 いつもは隅っこで控え目に休憩している香苗が、好んでこんな席を選ぶとは思えない。そう聞いた睦美に向けて、香苗はにこりと機嫌よさそうな笑みを漏らした。テーブルの上に置かれたお弁当はまだ半分近くが残っているし、休憩に入ったばかりなんだろうか。


「うん、さっきまで、ミセスのチーフとね」

「え、珍しい組み合わせだね。あー、でも同じフロアか」

「いきなり売り場に来て休憩誘われて、うちはまだパートさん達が回し切れてなかったから断ったんだけど……ここで会って、さっきまで少し話し込んじゃった」


 少し年配向け『ミセス』の婦人服を扱う売り場のチーフは三十台後半のシングルマザー。小春と同じく中学生の母だけれど、育休後もフルタイムで復職したキャリアウーマンだ。香苗の売り場とは隣接しているから仕事上の交流は頻繁にあるみたいだけれど、個人的に話しているのは見たことも聞いたこともなかった。


「彼女、例の佐山チーフの元カノと仲良かったから、今回はとってもスカッとしたって言ってたよ。私達が散々バカにされてたのも知ってたみたいで、心配してくれてたんだって」


 万が一イベントが不発に終わっていたら、佐山の思う壺だっただろう。けれど店長に定期開催を提案されるほどに成功することができ、会社の後ろ盾を得た二人のことは今後一切バカになんてできない。社員による自社イベントへの批判はご法度だ。もしまた悪口を吹聴したら、この店には居られないだろうし、今後の出世だって怪しくなるだろう。


「あ、うちの売り場にはさっき奥さんの方が来たよ。なんか次のイベントも観に来るって言ってた。娘さんがお気に入りなんだって」

「へー、そうなんだぁ」


 二人でニヤニヤと悪い顔をして笑い合う。休日の二人だけの秘密というわけにはいかなくなったけれど、これはこれで悪い流れではないと思えた。

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