第24話

 本格的な冬商戦を前に、メーカーからはこぞって納品されてくる商品達。服飾雑貨というのはちょっとした贈り物に適した品が多いから、ハンカチ一つ取ってみても単品だけでなく既に箱詰めされたギフトボックスの取り扱いまであり、意外と場所を占める。限られたスペースの中に沢山の種類を陳列していくのはどうしても無理があり、繁忙期を直前にして返品作業に頭を悩ませるのは毎年のこと。


「この辺りは全然動いてないから、いっそのこと引いてしまいましょうか? でも、ここのは返品は無理かぁ」

「はい。返品許可は下りなかったです……かと言って、ストックもパンパンなんですよねぇ……」


 この辺りの作業はベテランの小春に相談するのが一番だと、睦美は先輩を頼りながら売り場の配置替えをしていた。平日の午前、客足はそれほど多くないのが幸いだ。朝一の納品は在庫の補充分だけだったから、まだ気が楽な方。予定外の新商品が入ってきたら計画していた配置を一から考え直さなければいけないのだから。


 二人で無心になって移動させていた商品列がそれなりに様になって来た時、「お疲れー」という欠伸をかみ殺したやる気なさげな声が聞こえてきて、睦美は慌てて立ち上がりレジの方を振り返った。

 レジ台の上にメーカー名が印刷された紙袋を置いて、スタッフの姿をキョロキョロと首を動かして探していたのは紳士服飾のチーフ、佐山だ。一歳半の娘とそっくりなゲジゲジと太い眉を不機嫌そうに寄せている。


「お疲れ様です、佐山チーフ。どうされました?」

「ああ、うちの荷物にこっちのが混ざってたから――」


 そう言いながら手渡された紙袋には、『一階 服飾雑貨売り場(レディース)』と黒色のペンで記入されていた。メーカーがついでだからとメンズとレディース商品をまとめて発送してきたみたいだ。


「あそこはいっつも同梱してきますよね。ありがとうございました。連絡いただければ、取りに行かせて貰ったのに……」

「ああ、次からはそうするわ」


 忙しい中をわざわざ来てやったという押しつけがましい雰囲気を醸し出しながら、片手をあげて「じゃあ」と売り場を出ようとした佐山だったが、胸ポケットの中から電子タバコがチラ見えしていた。多分、商品を配達するついでに煙草休憩するつもりなのだろう。

 呆れ笑いを浮かべつつ、睦美は持って来て貰ったばかりの袋を開けて中身を確認する。予約分として取り寄せて貰った物が大半で、睦美が入荷待ちしていたパール付きシュシュも入っていた。同封されていた伝票を取り出して、商品と照らし合わせてチェックしていると、立ち去ったはずの佐山がなぜか戻って来て話し掛けてくる。


「そういえばさ、こないだの火曜にうちの嫁が娘と親子イベントっての観に行ったらしいんだよなー」


 背後から聞こえてきた佐山の声は、明らかに笑いをかみ殺しながらで、睦美は顔の血の気が一気にさぁっと音を立てて引いていくのを感じた。


「生憎さ、娘はベビーカーん中で寝てしまってイベントは見れなかったらしいんだけど。で、家に帰ってから見せてやろうと千佳がスマホで動画を撮って来たらしいんだわ。三好さん、知ってる? リンリンお姉さんっていう、子供向けの歌を歌ってる人」


 恐る恐ると後ろを振り返った睦美の顔の前に、佐山は自分のスマホの画面を付き出してくる。その画面に映し出されたのは、こないだのショッピングモールでのイベントの動画だった。少し遠い位置から撮影し、かなりブレブレではあったけれど、間違いなく香苗と一緒に行進曲を歌っていた時のもの。ステージの前で飛び跳ねている沙耶の後ろ姿もしっかりと映り込んでいた。


「うちの嫁がさ、この後ろでピアノ弾いてる人って三好さんじゃない? って言うんだよねー」


 ニヤニヤと笑いながら、佐山が睦美の顔を覗き込んでくる。確かめるふりをしているが、ピアノの前に座っているのが睦美本人だと確信している口調だった。香苗と違って、睦美はステージ用のメイクをしてもそこまで変わらない。だから知っている人に見られたらバレないわけが無かった。


「いや、会社から許可貰ってるっていうんなら別にいいと思うよ。でもさぁ、俺的にはこの格好はどうなのかなぁってね。だって、三好さんって千佳と同じ歳なんでしょ? ってことは、えっ、もう三十路だよね? いくらステージ衣装つっても、これは無いわなって千佳とも言ってたんだよねぇ」

「……」

「あ、いや、別に否定してるって訳じゃないんだよ。うちの娘もこの動画、気に入って何回も繰り返し見てるらしいしさ」


 でもさぁ、としつこく言い続ける佐山は、鬼の首を取ってやったとばかりに得意げだ。要はいい年して人前でよくあんな衣装を着られるなと見下したいだけなのだ。


「まぁ、三好さんはまだ独身なんだし好きにしたらいいとは思うよ。ただまあ、三十を超えたらねぇ……」


 言いたいだけ言った後、佐山は喫煙室のある方へと立ち去って行った。睦美は最後まで彼に対しては何も言い返すことができないでいた。検品作業の為にボールペンを握っていた指先が小刻みに震え、心臓はバクバクと焦ったように早鳴っている。怒りと恥ずかしさとモヤモヤとがごちゃ混ぜになった複雑な感情。これは、どこにどうぶつけたらいいんだろうか。

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