第10話 博物館巡り①

 船旅後、笑美はセレナの案内のもと、オックスフォードの有名な美術館や博物館をめぐることになった。さすが学園都市なだけあり、そこら中にミュージアムはあった。


「こっからなら自然史博物館が近いけど、まずそっち行く?」


「うん!」


 セレナは笑美の返事に頷き、すいすいと歩いていった。彼女は本当にこの町をよく覚えているようだった。


 オックスフォード大学自然史博物館に着くには少し時間がかかった。これはロンドンにある自然史博物館とは違うものだ。

 姿を現した建物は、博物館というよりは小さなお城に見えた。日本のそこらへんにある小さな現代博物館とは全く違った。


 観光客はいたが、数はそこまで多いわけではなかった。こんな立派な博物館でも、イギリスでは無料で行くことができるので本当にありがたい。

 二人はそのまま中に足を踏み入れた。


「わっ」


 内部を一目見た笑美は、驚きの声を上げた。それは展示品を見たからではなく、天井であった。

 美しい柱に支えられたガラスの天井から空の光が漏れていて、それが博物館内を明るくしていた。柱には細かいデザインが施され、オレンジ色のランプで照らされているので、特別感がより一層出ている。


「ほんとにここ綺麗だよねー。内部までこだわっているのは、イギリスのいいところの一つね。『ここの博物館は天井が一番の見どころだ』って言ってた人までいるんだから」


 セレナはそのときを思い出したのか、ふっと笑みをにじませた。だが、その後すぐにそれが悲しいものに変わったことを、そばにいた少女は見逃さなかった。


 恐竜の完全な骨格は、博物館の中央に堂々と位置していた。日本では恐竜の骨はなかなか見ないので、笑美の注意はそっちに集まった。

 展示物とともにあったメモには、この骨格は本物のティラノサウルスであるということが書かれてあった。


「すごい……」


 目の前の黒い骨はいったいどれだけの間、地中に眠っていたのだろうか。何千万年前のものを、今自分が見ているなんてどこか不思議な気分だ。


 セレナは近くにいなかったが、笑美はすぐに彼女がはく製のきつねに触れているのを見つけた。(ここではいくつかの数の動物のはく製を触ることが許可されていた)


「かわいいー!」


 笑美はきつねを撮り、そのオレンジ色の毛を楽しんだ。


「『オックスフォードにはきつねがたくさんいる』って聞いたことがあるよ」


 セレナは微笑みながら言った。


「ほんと?!」


「うん。Magdalen collegeモードリンカレッジのSNSアカウントで、雪の中で遊ぶ子ぎつねの動画あげられていた気がする」


「えー、会いたいな……!!」


 モードリンカレッジは、オックスフォード大学のもっとも有名なカレッジの一つである。綴りと発音がまったく一致しない点も、有名な理由に含まれるのかもしれない。

 この大学にはカレッジがたくさんあるが、それぞれのカレッジの独立色が強い。

 だからか、オックスフォード大学全体だけではなく、カレッジそれぞれのSNSアカウントが運用されている。


「運が良ければ見られるかもね」


 はく製はきつねだけではなく、カワウソやアナグマ、そしてクマのものまで置いてあり、どれもそのふわふわとした毛を触ることができた。


「これはドードーだね」


 ガラスの中に納まった鳥の骨格を指して、セレナは言った。


「あ、不思議の国のアリスで出てきた……!」


「そうだね。人間の乱獲によって絶滅しちゃったのよね、確か」


 一つの種を人間が絶滅させる。その言葉は恐ろしく、そして同時にどこか現実感のない響きを持っていた。


 この自然史博物館には他にも昆虫の模型などが置いてあっったが、そのデザインは素晴らしかった。蝶や蛾のレプリカは色彩で綺麗に分けられ、並べられている。

 ふと写真を撮りたくなるくらいの美しい展示。そこは子供が自由に動かせるモニターや動画が流れる広い上映空間といった、機械で勝負する日本の博物館との決定的な違いかもしれない。


「あ、ハエトリグモだ」


 セレナは微笑んで、大きなクモの模型を指した。隣には小さなガラスの瓶があり、そこに本物のハエトリグモの小さな標本があった。

 クモが苦手な笑美は思わず顔を引きつらせたが、セレナは平気なようだ。


「この子、クモにしてはとてもかわいいよね。見て、このつぶらな瞳!」


 喜ぶ彼女を見、笑美は理解できないといった様子でため息をついた。


 二階の展示では鉱物関連のものが多かった(鉱物のいくつかは来訪者にも触れるようになっていた)。ただ一か所に巨大なゴキブリの模型があり、笑美は思わず小さな悲鳴を上げた。


 最後に他の恐竜やクジラの骨を見、二人は二時間程度でオックスフォード大学自然史博物館を後にした。

 ちょうどお昼ご飯の時間だったので、笑美たちは何か食べに行くことにした。



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