リアゾン⑦

「落ち着いた?」


トイレの個室。

彼の言葉を聞いた時にはもう身体の熱さは消えていた。

つばさはさっきまでの発作と血を飲んだという行動で疲労感が凄くボーっとしていた。

心ここに在らずといったようにボーッと一点を見つめるつばさ御影みかげは少し意地悪をしたくなった。


「………」

良いことを思いついたように笑う御影みかげは行動にでる。一点を見つめるつばさの口の端をペロッと舐めたのだ。


「!?」


突然の事でびっくりしすぎて声の出ないつばさを他所に御影みかげは自分の血の味を吟味する。


「ん~やっぱり自分の血の味はわかんないね」


御影みかげは自身の制服のボタンを留めながらつばさに聞いた。


「僕の血美味しかった?」


「…ぇ、」


御影みかげの大きな目がつばさを捕らえる。


「…えっと、わからない…」


もう何年も飲んでいなかった血。

つばさの身体は細く、モデルのようにスタイルが良い。見る人が見れば心配する人もいるだろう。もっと食べなければ…と。


「………」


「…今まで母の血しか飲んだことがなかったから、それも子どもの時以来で…」


すると御影みかげは目を見開き、信じられないとでも言うような表情をする。


「母…子どもの時…?」


つばさは頷いた。

その御影みかげの表情がなんとも困惑していて、急な不安感に襲われた。


「母親の血を飲んだのはいつが最後?」


「…8歳」


「それ以降は…」


「誰の血も飲んでない…」


御影みかげは驚いた。

吸血種の身体的構造上、吸血種は人間との吸血行為によってしか栄養を得られない。

ある程度食事から栄養は補えるがやはり血を飲まないと栄養不足に陥り様々な病気へと発展していく。

彼女がいくらダンピールだからと言ってそれが可能なのか?もう10年近く吸血していない事になる。そんな状態で生きてこれるのか…?

そして何かを考えるように手を組む。


「吸血衝動はどうやって抑えてたの?」


「…吸血衝動?」


「さっきの君の状態が吸血衝動」


血が欲しくて堪らなくなり、身体中が熱くなって胸が苦しくなる。人によって記憶障害や自我を保つことが出来なくなり見境なく人を襲うこともある。それが吸血衝動である。


「…言いたくない…」


つばさは言いたくなかった。

少し後ろめたかったのだ。

つばさが吸血衝動を抑えていた方法は自身を傷つけ、痛みで意識を拡散するという方法だった。この方法で幾度となく夜を超えた。

あまりにも耐え難い夜は自身を切りつけ、流れる血を啜った夜もある。

そんな事誰にも言えやしなかった。

ましてや相手は本物の吸血種だ。

吸血種からしたら信じ難いなんとも奇妙な行動だろう。

つばさが黙っていると、御影みかげは黙るつばさの制服の袖から覗く細い手首に目がいった。

すーっと伸びる古い切り傷が目に入る。

そこで彼女が黙っている理由を察する事が出来た。


-そういう事か…


「…誰も教えてくれなかったんだね」


その言葉につばさは顔を上げる。

つばさを見つめる御影みかげの目は真っ暗で一切光がなかった。暗い…暗い、つばさを見ているようで翼を見ていないそんな瞳だった。

その真っ暗な瞳に吸い込まれそうになる。




ーキーンコーンカーンコーン


学校中に響き渡るチャイムの音。

その音を聴いてつばさはドアの前に立つ御影を押しのけ慌てて個室の扉の鍵を開ける。


「早く出て!」


つばさの言葉に御影みかげは何だ?と言うように頭を傾げる。何も分かっていない御影みかげの手首を掴みつばさは慌てて女子トイレから出た。

チャイムが鳴ったという事は次は昼休みだ。

昼休みのトイレは女子が大勢押し寄せてくる。女子トイレに男がいる事を見られたら大騒ぎは間違いない。ましてや男の正体は【リデルガ】の吸血種で容姿の整った男。大混乱間違いなしだ。

そこまで考えつばさ御影みかげの手を引いて人気のない屋上へ続く階段の踊り場へと無我夢中で走った。


「そんなに走って大丈夫?」


その声に対しお構い無しに走る…とその瞬間視界が歪んだ。


「…ぁ」


もつれそうになる脚、体勢を崩したつばさはグイッと後に引っ張られる。

御影みかげの声がすぐ耳元で聞こえた。

御影みかげつばさの身体を支えるため腰に手を回す。


「だから、言ったのに…」


すると下の階から生徒たちの声が聞こえ始めた。生徒達が廊下に出てきたのが分かった。

するとつばさの視界は突如真っ暗になった。


「…ぇ?ちょっ」


御影みかげつばさの目を手で覆っていたのだ。


「…また後で説明するよ」


その声と共につばさは意識を手放した。

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