第54話 対抗意識

「負けた……? この俺が、負けた……」


 地面に尻餅をついたまま、ジョナスが呆然と呟く。

 眼前で木剣を突きつけるハイドを見上げ、次いでアウグストの方を見た。


 ハイドは静かに木剣を引き戻すと、一息つく。


(さっきのは、スキル……だよな?)


 ジョナスの異常なまでの軌道を思い返す。

 あの超人的な動きは、スキル行使なくしてはあり得ない。


 だが、アウグストたちの様子を伺ってもそこに言及してくる様子はない。


(なんとか勝てたし、そこに突っ込むのも野暮か)


 一人納得してジョナスへ手を差し出すと、彼はその手を払いのけて忌々しげに立ち上がり、早々にハイドの前から立ち去って行く。

 ふとモニカの方を見れば、彼女は観覧席から何やら満足そうにうんうんと頷いていた。





 ◆ ◆ ◆





「双方、構え」


 続いて、同じく騎士見習いであるビリーとヴィオラの決闘が行われる。

 見るからに気弱そうなビリーは怯え腰で木剣を構え、対するヴィオラは半身を下げ、片手で木剣を構えるという風変わりな体勢をとっていた。

 しかし、背に流れる赤髪も相まって不思議と様になっている。


「開始ッ!」


 合図と共に、ヴィオラが前へ踏み出す。

 猛進、と評するに相応しい突進で一気に距離を詰める。


「はぁ――!」


 間合いに入った瞬間、木剣を頭の横へ引き戻してから刺突剣のように突き出した。

 その動きに、ビリーは悲鳴をあげて目を瞑る。


「ちょ、ちょっと!?」


 その反応に気付くのが一瞬遅れたヴィオラ。

 予想外の反応に目を見開き、慌てて剣を引き戻そうとする。

 しかし勢いが良すぎたばかりにつんのめり、そのまま体勢を崩してビリーの隣へずっこけた。


「あ、え、ええと……」


 ずざざぁと滑り込んだヴィオラに、今度はビリーが驚く。

 木剣を所在なげにオロオロとしているうちに、ゆらりと立ち上がったヴィオラが、砂で汚れた顔を拭いながらキッと鋭い眼光を浴びせた。


「あんた、それでも貴族なわけッ?」


 苛立ちまじりに振り上げた木剣が、ビリーの無防備な腹部の間近で止められる。

 一部始終を見守っていたアウグストが「そこまで!」と声を張り上げた。


「ぁ、ぁあ……」


 決着の合図に、ビリーはへなへなとその場にへたり込んだ。

 そんな彼にヴィオラはさらに鋭い眼差しを浴びせた後、モニカへ騎士の礼を取る。

 そうしてハイドを一瞥し、アウグストへ向き直った。


「団長、次は彼と戦えばよろしいのでしょうか」


 その問いに、アウグストは首を左右に振る。


「いや、もう十分だろう。お前たちの実力は知れた。お前たちもお互いの力量差を肌で感じ取られたことだろう」

「ま、待ってください。あたしと彼、どちらの剣術が上かどうか――」


 赤い瞳に対抗意識を宿してヴィオラが訴える。

 だがその言葉はアウグストの鋭い声に遮られた。


「わかっているはずだ、ヴィオラ。相手の観察を怠り体勢を崩したお前と、予想外の動きに対処してみせたハイド。どちらが上かは明確だろう」

「……ッ」


 アウグストの声に説得の色はない。ただ淡々と事実を突きつける。

 そのことが、どんな言葉を弄するよりも効果的に彼女の対抗心を鎮火した。


 ヴィオラは悔しげに唇を噛むと、静かに顔を伏せる。


(彼女も殿下に気に入られたい、ってことなのかな)


 入団式の後、ジョナスがアウグストへ噛み付く様を眺めながら彼女が口にした言葉を思い返す。

 ここにいる三人の貴族子弟たちは、招請されたハイドとは違い自らの――あるいは家の方針でモニカに奉公することを選んでいる。

 そうである以上、彼らにライバル視されるのは当然のことかもしれない。


(だったら、彼らの前でこの立場を蔑ろにするわけにはいかないな)


 それは彼らにとって何よりも屈辱的なことだろう。

 例え今の立場とモニカからの注目が、望んで得たものでないとしても。


 ふと顔を上げると、観覧席から立ち上がっていたモニカがこちらを見下ろしていた。

 彼女は変わらずにこやかな笑みを湛えてハイドたちへ拍手を送る。


「もう少し見ていたくもあったけれど、これで終わりというのなら仕方がないわね。わたくしの選択が間違っていなかったと納得もしてもらえたようだし」


 モニカの言葉に、隅で立ち尽くしていたジョナスがギリギリと歯軋りをする。

 血が滲み出そうなほどに強く握られた拳は、今にも振り抜かれそうな勢いだった。


 そんなジョナスをつまらなげに眺めた後で、モニカはアウグストを呼ぶ。


「アウグスト」

「はっ」

「あとは任せたわよ」

「――承知しております」


 アウグストの返事に納得したのか、モニカはくるりと背を向けて屋敷へ足を踏み出す。

 彼女がこの場に現れた時と違って今度は周りの騎士たちに遅れることなく、ハイドも騎士の礼をとった。


「さて」


 モニカが去り、アウグストが振り返る。

 空気がピリつくのをハイドは感じ取った。


 アウグストが団員たちに何やら目配せをしたかと思いきや、ハイドたちの背後で悲鳴が聞こえる。


「いっつ、な、何するん……ですかッ!」


 その声にハイドたちが振り返る。

 彼らの視線の先では、騎士たちに地面に押し当てられる形で拘束されているジョナスの姿があった。

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