第51話 デイジー宮

 以前に帝都を訪れたときと同じく五日間の行程を経て、ハイドを乗せた馬車は帝都オニクスに辿り着いた。


 帝都中心地を囲う城壁を抜けた先。

 馬車が入っていったのは、以前滞在したハーレ宮よりもさらに奥。皇城を近くに望める宮殿だった。


 敷地は生垣で囲われ、その内部に宮殿といくつかの建物が内包されている。


 ――デイジー宮。

 第四皇女モニカ・バーナードの居館だ。


 今回ハイドは奉公として招請された。

 これから一年間、伯爵家長子という身分を捨て、モニカに仕える騎士見習いとしての振る舞いを求められる。


 そのため、馬車は宮殿の主人や客人を迎える正面入り口からではなく、裏口から入っていった。

 宮殿に乗り付けるまでの間、早速裏庭で訓練をしていた騎士たちの好奇の目を浴びる。


(当たり前だけど、リューゲン家の騎士団と比べると数は少ないな)


 未成年であることと第四皇女という立場から、モニカが命令権を有する騎士団の人員はおよそ二個小隊規模の二十余名。

 貴族のように遠征に出ることもないので、箔付けのための見せかけの戦力だ。


 それゆえに皇族直轄騎士団の練度は場所によっては酷い有様だと聞く。


(でも、ここは違うみたいだ)


 昼間から鍛錬を重ねる姿は、リューゲン家直轄騎士団と同じだった。

 騎士団での生活に思いを馳せながら、ハイドは馬車を降りて宮殿へ足を踏み入れた。





「ハイド・リューゲン、参上いたしました。この度はモニカ殿下のご招請を賜り、大変光栄に存じます。非才なる身の全力を以て誠心誠意殿下にお仕えさせていただきます」


 宮殿に到着してすぐにモニカの前へ通されたハイドは、彼女の前で跪き、口上を述べる。

 返ってきたのは軽やかな微笑みだった。


「顔を上げてちょうだい、ハイド。わたくし、あなたに会えるのを楽しみにしていたのよ」


 その言葉にゆっくりと顔を上げる。

 デイジー宮にあるモニカの私室。

 機能美に満ちたその部屋の最奥に、彼女は口元に笑みを湛えて佇んでいた。


 肩口で切り揃えられた空色のウェーブがかった髪がその口元にかかり、可憐な印象を抱かせる。

 ぱっちりとした濃紺の瞳が顔を上げたハイドを捉え、「ふぅ」と息を吐き出した。


「もしかしてと期待していたけれど、あなたの輝きは以前と同じね。綺麗で大きいけど、初めて目にしたときの鮮烈な輝きには及ばないわ」


 モニカの呟きにハイドは沈黙を返すほかない。

 彼女が何のことを言っているのか、そしてその目に何を映しているのかはすぐに思い至った。


 モニカが有するスキル、【審美眼】。

 当人の意志に関係なく、目にした者の内面を推し量ることができるこのスキルは、ハイドに興味を持たれるきっかけとなったのだった。


 セントリッツを出立する際から、ハイドはすでに【神界の泥人形】によるスキル偽装を行っている。

【審美眼】を通して視えたものが期待と違っていたのだろう。


(彼女の期待……四つのスキルを宿した状態の、俺の内面の輝き)


 内面の輝きが当人の価値や力を表すものなら、四つの最強を有する状態と【剣術】しか持たない状態では雲泥の差だろう。

 だが、その期待には応えるわけにいかない。


 ハイドが口を閉ざしていると、モニカは小さく笑った。


「まあいいわ。時間はたっぷりあるわけだし、あなたと話せるのも楽しみにしていたの。あなたが手折らずにいた花もその命を終えて、新しい花を植えたところよ。今度一緒に見に行きましょう」

「光栄です、殿下」


 ハイドが胸に手を当てて応えるとモニカは少女らしい笑顔を浮かべる。


「ハイド、これからわたくしの騎士としてしっかり仕えてちょうだいね」

「――はっ」


 ハイドが改めて頭を垂れたときだった。

 私室の扉がノックされ、外から老年の男性が現れる。

 皺の深い顔の右頬には斜めに走った三本の傷跡がある。

 大きな傷だが痛々しいということはなく、男の屈強な雰囲気を増進していた。


 彼は鋭い眼光をハイドへ向ける。


「紹介するわ。彼がわたくしの直轄騎士団を束ねる騎士団長、アウグストよ」

「アウグストだ」

「ハイド・リューゲンです。よろしくお願いします」

「ハイドだ」

「え?」

「お前は今からただのハイドだ。それ以上でもそれ以下でもないし、殿下が招請したからといって特別な配慮はせん。よいな」


 腹に響くずっしりとした声で、アウグストは告げた。

 その鋭い眼光に戦士としてのすさまじさを感じながら、ハイドは「承知しております」と頷き返した。





 ◆ ◆ ◆





 モニカの前を辞したハイドは、アウグストに連れ添われる形で騎士団の宿舎へと案内された。


 宮殿の裏手。簡素な一階建ての平屋だ。

 傍には厩舎が併設されていて、騎士団所有らしき馬が今もいなないている。


「明日、他の者も交えてお前の正式な入団式を行う。今年はお前の他にも三名、モニカ殿下に奉公することとなった。例年領地へ逃げ帰る者が現れるが、お前がそうならないことを祈っている」


 道すがら、アウグストが淡々と告げた。


 招請を受けたハイド以外にも、皇族の威光を借りるために奉公先として皇族の下を選ぶ貴族の家は多い。

 貴族との連携を高めたい皇族としてはその申し出を断ることはないが、親戚の家であれば受けられる特段の配慮というものも存在しない。


 要するに、甘やかされないのだ。


 皇族に仕える騎士として相応しい振る舞いと鍛錬を求められ、その過酷な生活に耐えかねて逃げ帰る貴族子女も多い。


(なんだかんだで心配してくれている、のかな? わざわざ迎えに来てくれたわけだし)


 騎士見習いの立場にあるハイドをわざわざ団長の彼が案内する必要もない。

 無愛想な態度の中に温かみを感じつつ、ハイドは彼の後に続いて宿舎に入った。


「ここがお前の部屋だ。宿舎の案内は同室の者がついてから改めて行う。それまでは身の回りの整理をしておけ」

「わかりました」


 案内されたのは六畳ほどの部屋。

 二台のベッドが間を空けて並んでいて、その間には簡素な机と椅子がある。

 ちょうど扉から入って左右対称に設備が備えられていた。


 ハイドは言われたとおり荷物をクローゼットに収納していく。

 そうしながら頭を悩ませた。


(二人部屋かぁ……どうやって抜け出したものか)


 ベッドに腰を下ろしてこれからのことを考えていると、廊下が騒がしくなってきた。


「ちっ、こんなちっせぇ部屋、しかも相部屋かよ」


 扉を開けて姿を現したのは、ハイドと同い年ほどの少年だった。

 オールバックにした金髪がどこか背伸びした印象を与える、刺々しい雰囲気の少年。


 彼はベッドの上に腰掛けるハイドを忌々しげに睨む。


「お前、どこの家の出身だ」


 挨拶もなく突きつけられた問いに、ハイドは戸惑いながら答える。


「俺はリューゲン伯爵家が長子、ハイド・リューゲンです」

「はっ、伯爵かよ。俺はバルバーニ侯爵家のジョナスだ」

「よ、よろしくお願いします」


 立ち上がってハイドが差し出した手をジョナスは一瞥すると、鼻で笑う。

 そうしてドカッともう片方のベッドに腰を下ろすと、ジョナスはハイドを指さした。


「――お前、さっさと領地へ帰れ」

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