第27話 皇族令

「――えっ」


 口元に弧を描いて見つめてくるモニカに、ハイドは固まる。

 まさか彼女の方から【鑑定】を持ちかけてくるとは思っていなかった。


 ぶっつけ本番で【神界の泥人形】による偽装をするしかない――。

 ハイドがそんな決断を迫られる中、モニカはくるりとその場で一回転する。


「ふふっ、なーんてね。残念だけど、勝手に【鑑定】を使うことはできないのよ。皇族令で禁止されているもの」

「皇族令……」

「そっ。『【鑑定】に目覚めた皇族は皇帝の許可無くしてそのスキルを行使してはならない』。だからあなたのスキル鑑定は明日までお預け」


 不満そうに話すモニカに対して、ハイドはホッと胸を撫で下ろす。


「ねぇ、ハイド。どうしてこんなルールがあるかわかるかしら?」

「それは……いえ、私にはわかりかねます」


 皇帝以外が【鑑定】を行使するのを制限する皇族令。

 モニカ曰く、帝国建国当時に制定されたというこの法の狙いは明らかだ。


(――他の皇族が力を手にするのを防ぐため。もっといえば、帝位の簒奪を行わせないためだ)


【鑑定】によって有用な人物を見いだすことで帝国は大陸中央に覇権を築いた。

 そのスキルが欲を抱いた他の皇族に乱用されれば、帝国の基盤も盤石とは言い難い。

 強力なスキルを有する一族が貴族として台頭した今の時代とは違い、まだ混乱の最中にあった黎明期れいめいきであればなおのこと。


(でも、そんなことを俺が言えるわけないだろ、まったく)


 一歩前違えれば初代皇帝への批判と受け取られかねない。

 ハイドがとぼけると、モニカは不満げに唇を尖らせた。


「つまらないわ。あなた、存外に真面目なのね。折角わたくしのお庭に人がいたと思ったのに」

「私が不真面目に見えたと?」

「だってそうでしょう。真面目な貴族はこんな庭の隅に屈んで素朴な花を眺めたりしないわ」

「……その花は殿下が育てられているのでは?」

「ええ。だからわたくしは不真面目な皇族なのよ」


 モニカはそう言ってふふふっと可笑しそうに笑う。

 本当に掴み所がない人だと思った。


(でもこれはチャンスだ)


 明日のスキル鑑定までに、【鑑定】を有する人物と接触できたのだ。

 もし可能なら、【鑑定】の情報を引き出しておきたい。


「――つまり、モニカ殿下は【鑑定】をお使いになったことがないということなのでしょうか」


 問いを投げた途端、モニカは大人っぽい笑みを浮かべてハイドとの距離を詰めてくる。

 ハイドが後ずさるよりも先に眼前にまで迫った彼女は、背伸びをして、耳元で囁いた。


「さっきも言ったでしょう? ――わたくしは、不真面目な・・・・・皇族よ」

「――!」


 そう囁いて、モニカはすぐにハイドの眼前から離れる。

 そうしてにこにこと笑う彼女に、ハイドは冷や汗を掻いた。


(いやそれって皇族令を破ってるって言ってるようなものじゃ――)


 エンジュと似ていると感じた自分の直感は正しかったと、ハイドは確信する。


「そう怖い顔をしないで。近くには誰もいないわよ。わたくしとあなただけの秘密」

「……では、秘密ついでにお聞かせいただけませんか。【鑑定】の力について」

「あら? そんなに興味があるの?」

「ええ、まぁ……事情が事情ですから、私も明日が不安なのです」


 少し突っ込みすぎたかと思ったが、モニカは気にした様子もなく「そうね……」と話し出した。


「同意を得た相手のスキルを視ることができる。それだけよ」

「同意を得た相手? 一方的に視ることはできないのですか?」


 ハイドが思わず食い気味に訊ねると、モニカはその大きな目をぱちくりとさせた。


「当たり前でしょう? 一方的に相手のスキルを覗けるスキルなんてあるわけがないし、そもそもそんなことが可能なら、皇族令の意味が無くなるじゃないの」


 それは確かにそうだ。

 勝手に視て、知らぬ存ぜぬを決め込めば皇族令を破ったことを悟られることはない。


「……あれ? ですが殿下は【鑑定】をお使いになったことがあるのでは?」

「ええ。――自分自身に、ね」


 モニカの答えにハイドは納得する。

 転生直後の時と同じだ。

 鏡に映る自分を【全知神の目】で視ることで、ハイドは自分が所持するスキルを確認することができた。


 自分であれば相手の同意がいるという制約もクリアし、なおかつ皇族令を破ったことを悟られることもない。


(それにしても、他者のスキルを勝手に覗き見ることのできる【全知神の目】はやっぱりおかしいということになるな)


 特に違和感を覚えることはなかったが、改めてスキルの強力さを思い知る。


 さらに【鑑定】について言及しようと口を開きかけた時だった。

 遠くから、「殿下ー」と叫ぶメイドの声が聞こえてくる。


「あら、もうこんな時間。わたくし、そろそろ戻らないと」

「お引き留めして申し訳ありませんでした」

「いいのよ、わたくしも楽しかったわ。……そうだ。ねえ、ハイド」

「はい」

「わたくしの花を褒めてくれたお礼に、いくつか手折ってあげましょうか?」


 前屈みになって上目遣いに見上げてくるモニカと、その後ろの花壇を交互に見る。

 そしてハイドは顔を左右に振った。


「折角のご厚意ですが、遠慮させていただきます。人でも堪える五日間の帰路を花にまで味わわせたくはありませんから」

「ふふっ、あなたならそう言うと思ったわ。やっぱりわたくしの目に狂いは無かったわね」


 モニカは今日一番の笑顔を咲かせた。

 花のような、という形容が似つかわしい笑顔だ。


「また会いましょう。わたくし、あなたのことが気に入ったわ」

「恐れ入ります」


 去って行くモニカの背に向けて、ハイドは恭しく頭を下げる。

 彼女の足取りはとても軽やかで、楽しげだった。

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