第12話 神様
「慌てるな! 敵はたったの二体! それも木々に阻まれ満足に飛び回れていない! 各個撃破に専念しろ!」
初めて目にしたモンスターを前に自身の無力を悟ったエンジュは、三人の騎士に守られながら元来た道を引き返していた。
そんな時だった。突然上空からモンスターが現れたのは。
それまでの空気が一変し、騎士たちの慌てた怒号とモンスターの身の毛もよだつ咆哮が轟く。
エンジュは騎士たちの指示で急いで木の陰に身を潜めていた。
現れたモンスターは一対の刺々しい翼を備えた深緑の怪物。
空中を自在に飛び回る上に、体色がこの森の中では保護色となって騎士たちは苦戦を強いられていた。
「っ、団長の下に誘導しませんか!」
「ダメだ、万が一ゲートに侵入したら決壊を引き起こしかねない。この場で仕留める!」
戦闘音がエンジュから遠のいていく。
木陰からそっと顔を出すと、騎士たちは二体のモンスターを引きつける形で少しずつエンジュから離れていた。
二体のうちの一体はすでに傷だらけで、騎士たちは苦戦しつつも押しているようだ。
エンジュは木の幹に体を預けるように座り込むと、ホッと胸を撫で下ろす。
その時、遠くの空が赤く光った。
「な、なに……?」
光はしばらく
そして気が付くと、騎士たちの姿はモンスターと共に完全に視界から消えていた。
「……わたし、本当にじゃましてばっかり……」
こんなつもりじゃなかったと、エンジュは体に抱き寄せた両足の間に顔を埋めた。
自信があった。
【剣術】のスキルがあれば、モンスターと相対しても足手まといにならない自信が。
夕食の席で遠征に兄を連れて行くと父が切り出したとき、エンジュの胸中に湧き上がったのは不安と自信だった。
【剣術】を使えない兄への心配。
そして、そんな兄が随伴を許されるのなら、自分もついていって問題ないはずだという自負。
エンジュは兄のことが大好きだ。
いざとなればそんな兄を守ることもできると、そう思っていたのに――。
「兄さまの方が、ずっと強かった……ッ」
モンスターを目の前にして守るつもりだった兄へ身を寄せるしかなかった自分に、安心する言葉を与えてくれたのは他でもない兄だった。
その時になって、ようやくエンジュは自分が遠征に随伴することを認められなかった理由を悟った。
「わたしは全然、強くない……」
一人きりになってしまった不安からか、視界が滲み出す。
スキルに目覚めてから、これほど無力感と孤独を覚えたのは初めてのことだった。
「帰ったら、兄さまに剣を見てもらおう……!」
ぐじぐじしていても仕方がないと決意を新たに顔を上げたエンジュは、そこで最悪のものを見てしまう。
(……ッ!)
騎士たちが戦っていた飛行型のモンスター。
それとまったく同じタイプのモンスターが、さらに一体、
立ち上がろうとしていたエンジュは慌てて息を潜める。
モンスターは何かを探すように辺りを旋回していた。
仲間を探しているのか、獲物を探しているのか。
どちらにしてもエンジュにとって望ましい状況とは言えない。
(っ、今のうちに、離れないと……っ)
モンスターが背中を向けた瞬間に、エンジュは静かに駆け出した。
◆ ◆ ◆
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
不安定な足場と極限の緊張状態の中、エンジュは無我夢中で走り続けた。
ようやく後ろを確認し、モンスターがいないことを確認してからエンジュは足を止める。
「はぁ、はっ、はっ……」
走るのを止めた途端、両足がガクガクと震えだし、立っているのもままならなくなる。
その場にへたり込むと、必死に息を整えながら周囲を見回し、はたと気付いた。
「ここ、どこ……?」
とにかくモンスターから離れるのに夢中で走り回ったために、自分が今どこにいるのかわからない。
ただ確かなのは、ドルフたちがいた場所とも、樹海の出口とも違う場所だということ。
「どうしよう……」
護身用に持ってきていた木剣に手を添えて蹲る。
そしてそんなエンジュに、さらに苦難が押し寄せてきた。
「LOOOOAAAAOOAAAAA!!!!」
「なん、で、いるの」
完全に振り切ったはずのモンスターが現れる。
獲物を見つけ歓喜の雄叫びを上げるモンスターの鋭い顎は、エンジュに向けられていた。
「っ、たたかわ、ないと」
木剣を掴んでいた手に力を籠める。籠めようとする。力が入らない。
手が恐怖で震え、満足に木剣を掴むこともできない。
それどころか立ち上がることもできず、そうしている間にもモンスターが眼前へ肉薄していた。
「っ、兄さま……!」
咄嗟に浮かんだのは厳しくも頼りになる父、ドルフの顔ではなく、なぜか兄であるハイドの顔だった。
意味がないと理解しながらも縋るように叫んだその瞬間――、一陣の嵐が舞い降りた。
「GYOAA?!?!?!」
爆音と共に、空中から迫っていたはずのモンスターが地面へ叩き落とされる。
衝撃で地面が爆ぜ、轟々と砂塵が舞い上がり、森の緑を染め上げていく。
そんな砂埃の中に、一人の人影があった。
「――――ぁ」
背中に純白の翼を生やした黒髪の青年だった。
彼はエンジュを見ると安堵したように頬を緩め、すぐさまモンスターに向き直る。
「GYO……? GYO…GYAAAAA!!!!」
モンスターは傷だらけになりながらも怒りに満ちた咆哮を上げ、飛翔した。
超速で迫るそのモンスターを、しかし青年は涼しい顔で見下ろし、右手に携えた
「はぁ――!!」
その一撃で、モンスターの体躯は上下に分断され、漆黒の光となって消えていく。
地面にマナストーンが落ち、地上に舞い降りた青年はそれを拾い上げた。
「すごい……」
一瞬の出来事にエンジュは目を奪われていた。
命の危機に瀕していたことが遠い過去のように錯覚する。
それほどまでに、目の前の光景は衝撃的だった。
「かみ、さま……?」
純白の翼を背に生やしたその威容に、エンジュは神の姿を幻視した。
「ぁ、た、助けていただいて、ありがとうございました……っ」
こちらへ歩み寄ってくる青年へ向けて慌てて頭を下げる。
「……しばらくすれば、信号弾が空に上がる。それを目印に樹海を出ればいい。心配しなくてもこの辺りにモンスターはもう
そう断言する青年の目は、ここではないどこかを見ているようだった。
不思議な重圧を覚えて思わず顔を伏せたエンジュの頭に青年の手が伸びる。
「大丈夫。よく頑張ったな」
「――ぇ」
そう言い残すと、青年はまた空へと昇った。
一瞬で消え去ったその背中を追うようにエンジュは空を見上げる。
そして、青年に撫でられた頭に両手を添えてぽつりと呟いた。
「兄さま……?」
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