俺はSSSレア転生特典をひた隠す。

戸津 秋太

第1話 転生

 人の少ない山奥に位置する小さな古民家。

 そこが彼の新たな住居だった。


 都会の喧噪を離れ、田舎で一人静かに生きようと考えての移住であり、今日がその記念すべき初日だ。

 持っていた家財のほとんどを手放したために、段ボール箱を数箱、車から運び込むだけで引っ越し作業は終わった。


 自分の荷物の少なさに苦笑しつつ、蕎麦でも食べよう、そう思った時だった。


 突然現れた強盗に、腹部を刺された。

 上がりかまちに倒れ込む彼をよそに、強盗は土足でずかずかと家の中へ上がっていく。


 そんな強盗の背中を他人事のように見送ってから、彼は赤黒い血で染まった腹部に視線をやり、もう助からないことを悟った。


(……最後の最後に、これかよ)


 少しでも楽な姿勢を求めて壁に寄りかかり、絞り出すようにゆっくり息を吐き出す。

 そうしていると彼の脳裏にこれまでの人生が走馬燈のように蘇ってきた。


 平凡な人生だった。望外の幸運に見舞われるまでは。

 愉快な友人に囲まれ、無難な大学へ進学し、年収は多くないがホワイトな会社に入社した。

 そんな社会人一年目の秋。会社の先輩に勧められて勢いで買った宝くじが一等当選。

 七億円もの大金を手にしてから、彼の人生は一変した。


 当選を知った先輩は分け前を寄越せと豹変し、会社の同期からは嫉妬され、上司からは嫌がらせを受け始めた。

 仲の良かった親戚からは金を無心され、それがきっかけで家族仲もずたずた。


 色々なことに疲れた彼は逃げるように会社を辞め、宝くじで得た大金の大半を家族や親戚に渡し、残った金で田舎の古民家に移り住むことにした。


 ――そして、今に至る。


 入居初日に現れた強盗は、自分が宝くじの当選者であることをどこかから嗅ぎ付けたとしか思えないほどのタイミングの良さだ。

 事実、そうなのだろう。

 そうでなければこんな田舎の古びた家に押し入ったりしない。


(こうして振り返ると、ろくな人生じゃなかったな)


 自嘲の笑みを浮かべる。

 腹の傷をいくら押さえても、もう血が留まることはない。

 腹部を襲う鈍い痛みもとっくに遠のいていた。


「おい! 金はどこだよ、金はよぉ!」


 遠くから強盗の苛立った叫び声が飛んでくる。

 通帳でも探しているのか、乱暴な物音もした。


 ……今さら金に執着はない。

 欲しいのならいくらでもくれてやりたいが、生憎と手元には強盗が納得してくれるほどの金は残っていなかった。


 喉奥から生温かいものが迫り上がってきて、口内が鉄の味で染まる。

 呼吸もヒューヒューとした音がし始めて、意識もぼやけてきた。


 世間では宝くじに当たった自分のことを幸運な奴だと羨むが、実態はどうだ――と、自虐めいた皮肉を抱く。


 会社での居場所を失い、家族を失い、そうまでして得たはずの大金も手放して、挙げ句に強盗に刺し殺されようとしている。

 とても、運の良い人間の末路だとは思えなかった。


(いや、そもそも前提からして間違えているか)


 宝くじに当たるまでは平凡でも幸せな人生を送れていたと、今になって思う。

 友人がいて、尊敬できる先輩がいて、仲の良い家族がいて。

 きっと人には身の丈にあった生き方というのがあって、自分はそこから外れてしまっただけなのだろうと、掠れゆく意識の中で彼はふと悟った。


「……悔しい、な」


 鉄の味を噛みしめるようにして、弱々しく言葉を零す。


 もし、次があるのなら。

 もう二度と、分不相応な力に振り回されることなく、平凡で幸せな人生を送りたい。


 そんな、もうどうしようもない後悔と願望を抱きながら、彼の意識は黒く塗りつぶされた――――はずだった。





「……ここは?」


 気が付くと、彼は真っ白な場所に立っていた。

 足下は雲みたいにふわふわと曖昧な地面。周囲一帯を滝のような壁が囲んでいて、頭上には足下と同じ白い空が広がっているだけだ。


(俺って強盗に刺されて死んだはず……だよな?)


 腹に手を添えてみても傷は綺麗になくなっているし、血も出ていない。

 狐に抓まれたような感覚で呆然と立ち尽くす。



「――お主は死んだ。そして転生の機会が与えられることとなったのじゃ」

「ッ?!」



 声がした方を振り返ると、そこには一人の老人が立っていた。

 サンタのような長い白髭を蓄えた、どこか威厳のある老人だ。


「あなたは……神様、なんでしょうか」


 直感的に浮かんだ単語を口にすると、老人は白髭を弄りながら頷き返す。


「いかにも。わしは流転を司る神。死後の魂を漂白し、再び世界の輪の中に戻すのがわしの仕事じゃ。しかし稀に、魂の記憶をそのままに別の世界へ転生させることもある。それがお主ということじゃ」

「……つまり、俺はこれから転生するということですか?」

「理解が早くて助かるのぉ。お主の世界の者は皆、すぐに事情を察してくれる」


 それはたぶん、ラノベとかアニメの影響なんだろうなと、彼は内心で肩を竦める。

 何を隠そう彼自身、学生時代にそういったものにはまっていた時期がある。


「稀に、ということはすでに何人も異世界に転生しているんですか?」

「うむ。同じ魂ばかりを循環させておると、世界が停滞し、やがて壊れてしまう。それを防ぐために定期的に異なる世界の魂を送っておるのじゃ」

「なるほど……つまり俺に魔王を倒せとか、そういう使命のようなものは」

「ないとも。お主が普通に異世界で生きるだけで、世界の滞りが解消される。記憶を残したまま転生させるのもそのためじゃ」


 少し拍子抜けするが、世界を救えと言われるよりはずっとマシな話だった。


「転生に関してお主に拒否権はない。わしに選ばれてこの場にいる以上、お主はすでに世界の輪から外れておるからな」

「……そう、ですか。あの、どうして俺が選ばれたんでしょう。話を聞いたところによると、別に誰でもいいような」

「その通り、誰でもよい。お主であることに理由などないし、難しく考えることもない。強いて言えば偶然、そう、お主は幸運にも選ばれたのじゃ」

「――幸運」


 神様が何気なく放ったその言葉に、彼は奥歯を噛みしめる。

 多くの人にとっては耳心地の良いその言葉は、しかし今の彼にとってはひどく不愉快なものだった。


 そんな彼の心境を露ほども知らない神様は説明を続ける。


「お主がこれから生まれ変わる世界は【スキル】が存在する世界じゃ。人は皆、【スキル】という異能を宿して生まれる」

「それはRPGでいう剣術や弓術のような?」

「概ね正しいが、【スキル】は人の数だけ存在するからのぅ。型にはめることはできん。そしてここからが肝心なのじゃが、別世界の魂であるお主には、本来宿すべき【スキル】が芽生えないのじゃ」

「それってあまりよくないことなのでは……」

「だからお主をこの場に招いたのじゃ。お主に【スキル】を授けるために」


 神様がそう言い切った瞬間、周囲に光が溢れ出した。

 目を凝らしてよく見てみると、その光は無数の文字で形作られている。


「これは異世界にある【スキル】の一覧じゃ。お主はこの中から好きなものを選んでもよいし、欲しい力があるのならそれをお主に授けよう」

「それって……」

「お主に望む【スキル】を授けるということじゃ。どのようなものでもかまわない。剣聖をも超える剣技、賢者すら超越した知惠、原初の錬金術師も羨む目、不老不死さえも、お主が望むのなら【スキル】として形にできる。それを使って何をしようと、わしは干渉せん。ま、強制的に転生させる詫びといったところじゃな」


 神様の言葉を受けて、彼は光の文字に目を走らせる。


 剣術や弓術、鍛冶術やストレス耐性、称号のようなものまで、本当に無数の【スキル】の名が連なっている。


(この中から、どれでも……)


 ごくりとつばを飲み込む。

 今この場で望めば、最強の力を手にすることができる――ということか。


「――さあ、お主はなにを望む」


 その声に、彼は薄く笑みを浮かべた。

 そして神様に向き直り、ゆっくりと口を開く。


「神様、俺は【スキル】は要りません」

「――――」

「もし【スキル】を宿さないということが問題でしたら、何か適当なものをいただければ十分です」


 彼は穏やかな気持ちで言い切った。

 ただ望むだけで獲得できるはずの異世界でのあらゆる地位や名声を断ち切る返事を。


 もったいない、と思う人がいるかもしれない。

 だがこれでいいのだと、彼は思う。


 つい先刻の出来事だった。

 身に余る幸運で大金を得たばかりに、平凡で幸福な人生から道を外し、すべてを失ったのは。


 今際の際で彼は思った。


 もし、次があるのなら。

 もう二度と、分不相応な力を手にすることなく、平凡で幸せな人生を送りたい――と。


(神様からなんでも好きな【スキル】を授かるなんてのは、分不相応の最たるものだよな)


 だからこれでいい、と。

 彼は心の中で強く思う。


「――なんと、なんということじゃ」

「神様……?」


 ふと、神様が顔を伏して全身をぶるぶると震わせていることに気が付いた。

 何か気を悪くしてしまったか、そう不安に思ったときだった。



「わっしは感動した!!!!」



「……へ?」


 それまで一定の距離を保っていた神様は突然彼の下へ駆け寄ると、その両手をがっしりと掴み上げる。

 そして満面の笑みを浮かべながら、掴んだ両手をぶんぶんと振り回し始めた。


「あ、あの」


 突然のことに気圧される彼をよそに、神様は興奮した様子で捲し立てる。


「まったく最近の若い者ときたら、すぐに最強の力チートを寄越せと欲深い者ばかり。挙げ句の果てにはスキルを作れるスキルを寄越せだのと、小賢しいことを考える者もおる! こちらの都合で強制的に転生させるのだから、せめて何かしてやろうと下手に出ておれば勘違いしおって!」

「か、神様……?」


 今の神様のような人を彼は職場で見たことがある。

 クレーム対応に追われて溜まった鬱憤を飲み会で晴らしていた、あの同期に似ている。


 神様は遂には両目から滂沱の涙を流し始めた。


「お主のように謙虚な者は初めてじゃ。わしはものすっごく感動したぞ!」

「は、はぁ」

「よし決めた! そんなお主にはわしからとっておきのスキルを授けよう! 何不自由ない……いや、それどころか、お主が望むなら世界の頂点に君臨できるスキルをじゃ!」

「ちょ、ちょっと神様、それは――」


 やめてください、そう言おうとしたときだった。

 唐突に声が出なくなった。どころか、体が淡くなり始めている。

 まるでこれから消えていくみたいに。


 そのことに神様も気付いたのだろう。

 ようやく一息ついた様子で、こほんと咳払いをした。


「おっといかんいかん、そろそろ時間じゃ。では、新たな生、楽しむんじゃぞ。お主に授けた力はお主の好きに使うといい」


 体がふわりと浮き、神様の姿が眼下に遠のいていく。

 点よりも小さくなった神様へ向かって、彼は心の中で叫んでいた。




(神様ぁぁッ! 誤解なんですぅぅぅッ!!!!)




 そうして、男の魂は異世界へと転生を果たした。

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