第三章

第22話 一樹に嫉妬

 (綾乃さんが遠くに行ってしまった気がする……)


 遠いも何も、綾乃は親友一樹の奥さんだ。そもそも亮介はマンネリ解消のためのピエロ、あるいは狂言回しのような役割に過ぎない。にも関わらず、綾乃が自分のものだと亮介は錯覚してしまっているかのようだった。


 しっぽり過ごす二人には声をかけず、物音を立てずに忍足でエレベーターまで来ることができた。なんだか後ろ髪を引かれる思いがしないではないものの、今日一日を耐え抜いた一樹の邪魔はしたくない。


(思い切り楽しんで欲しい)


 そう思いながら、マンションの隣に広がる広大な田畑に伸びる道を歩く。亮介のアパートの近くぐらいまでは、一樹たちの501号室に灯りがついているかぐらいは肉眼で確認できる。


 ポケットの携帯が震える。左手で取り出す。綾乃の番号だ。


 まさか――。



「あ、亮介くん? いつの間に帰ってたの?」


 案外普通の口調で安心する。昼にしたことをされてしまうかと身構えてしまった自分がちょっと可笑しいおかしいと亮介は思った。

 

「ごめんね、なんか二人の邪魔しちゃ悪いと思ってね」

 

「そうなんだ。気を遣ってくれてありがとう」


「でも……どうだった? ちゃんと見てくれた?」


「……うん」


「なんか元気ないじゃん。もしかして……嫉妬してくれたの……?」


「――!!」


 亮介は何も言葉を発していないが、言葉が出なかったのだ、これは図星ということになるだろう。


「フフッ。かわいい。あ、一樹ちゃん……ちょっと待って」


「楽しそうだね」


「うふふ」


「なんか綾乃さん……キャラ変わった?」


「よく言うわね、亮介くんが変えてくれたのに」


「え、俺が……?」


「うん。今日夕方のホテルで教えてくれたでしょう。おかげであたし……いろいろ気づいたの」


「そうなんだ……俺……そんなにすごいこと言ったつもりないんだけどね」


「あ、……今一樹が入ってきた……」




 亮介は、頭に一気に血が昇ったのか、それとも頭から血の気が一瞬で引いていったのかわからなかった。ただ、さっきの部屋で見せられた時と同じ感情だ。胸が締め付けられる思い。それとは裏腹に、亮介の胸の中で青い火が静かに点った。

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