第5話 緊急辞退宣言

 圧倒的な力の前には抵抗することすら出来ない。本気を出したイザーの前には誰も太刀打ちできないと思っていたのだが、サキュバスのために力を貸してくれるという助っ人の力はどの世界でも猛威を振るっていたイザーの動きを完全に止めてしまう程協力であった。


「イザーちゃんから今回のデート権争奪戦を辞退するって連絡があったんだけど、助っ人の人達っていったい何をしたの?」


 栗宮院うまなが混乱しているのも無理はない。

 昨日まで全員の息の根を止めてでも工藤珠希との海デートの権利を勝ち取ろうとしていたイザーがベッドから出ることもなく辞退する旨の連絡をしてきたのだ。それを何らかの作戦なのではないかと深読みした栗宮院うまな達は午前中いっぱい使ってその真偽を確かめようとしたのだが、いつまで経っても自室から出てこないイザーの事を少しずつ心配するようになっていっていた。

 昼食時になって部屋から出てきたイザーはこの世の不幸を一身に受けてしまったのではないかと思ってしまう程にやつれており、昨日まで元気はつらつだったその姿は今にも倒れてしまいそうにすら思えていた。


「いったい何があったの? そんなにやつれて大丈夫なの?」


 栗宮院うまなの問いかけにも苦笑いを返すだけでゆっくりと歩いているイザー。その姿を見て心配した栗宮院うまなと一行は無言のままイザーの後をつけていったのだが、あとをつける者の気持ちとしては何があったのか気になるのが半分でこのまま倒れてしまっては大変だという気持ちも半分であった。

 イザーはいつもよりもだいぶ遅い足取りで壁に寄りかかりながら歩いているのだが、その行先は教室でも保健室でも処置室でもなくレジスタンス側の校舎であった。

 本来であれば用もなく立ち入ることが出来ないし、無断で立ち入ることは宣戦布告と取られても仕方のない場所なのだがイザーのあまりにも痛々しい姿を見たレジスタンスの面々も心配そうにイザーの様子を見守っていた。


「あの、イザーさん調子悪そうですけど大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃないと思うんだけど、本人は大丈夫だって言ってるんだよね。でも、レジスタンスの区域に無警戒で入っていくのは自分の状況を理解出来ないくらい弱ってるって事かも」

「いやいや、そんなはずないでしょ。イザーさんに限って弱るとかありえないですよ。って普段だったら言いたいところですけど、どう見ても今のイザーさんって普通じゃないですよね。今にも倒れそうに見えるんですけど、私たちがイザーさんに手を貸すのはちょっと難しいんでうまなさんともう一人誰か見守っててくれませんかね。本気でヤバいって思ったら私たちも手を貸しますけど、ああやって動けている状態のイザーさんの近くに私達レジスタンスが近寄るのってお互いにまずいことになりますよね?」

「そうかもしれないけど、私たちがレジスタンス校舎に入ってもいいのかな?」

「大丈夫だと思います。私はこう見えてもレジスタンス寮の寮長なんで責任はとれますから。それに、うまなさんも“今は”レジスタンスに危害を加えないって誓ってくれますよね?」


「もちろん。“今”だけじゃなく私はこれからもレジスタンスと事を荒立てるようなことはしないよ。まあ、会長と愛華ちゃんとはやりあうかもしれないけど、それはお互いに特別な関係だからって事で見逃してね」

「わかってますよ。私たち全員でもうまなさんには勝てないと思いますし、うまなさんが私達一般レジスタンスと争う理由も無いですもんね。そんな事より、イザーさんの事を頼みますね。あんなに弱ってるイザーさんを見てレジスタンスの誰かが勘違いして攻撃したりしないといいんですけど」

「さすがにそんな事をする人はいないでしょ。あんなに無防備なイザーちゃんって逆に誘ってるんじゃないかって思ってしまうもん」


 零楼館高校に通う生徒であれば知らないものはいないという程の強さを誇るイザーが敵対勢力であるレジスタンスの校舎に現れるというのはレジスタンス側から見ると死刑宣告をされたようなものなのだ。レジスタンスもサキュバスもお互いの校舎に立ち入ることはある話なのだが、それはあくまで一般生徒の話であってイザーや栗宮院うまななど上級生徒は許可なく立ち入ることはあり得ないのだ。

 栗宮院うまなや栗鳥院柘榴のような上級生徒と呼ばれるものはたった一人でも一学年全員とやりあえるだけの実力があるのだ。そんな生徒が敵対している勢力に許可なく立ち入るという事は宣戦布告と取られてもおかしくない行為としてお互いに自粛しているのであった。


 ただ、イザーに限ってはたった一人で零楼館高校全生徒と職員の連合に対しても完全勝利をすることが出来るだけの力があるのでサキュバス側の校舎からレジスタンス側の校舎に遊びに行っても誰も問題視する事は無い。

 しかし、今のように見るからに誰でも勝てそうだと思ってしまうくらいに弱っているイザーの姿を見た誰かが、今のイザーであれば勝てるのではないかと思ってしまい攻撃してしまう恐れもある。それを回避する意味合いもあって栗宮院うまなにレジスタンス側の校舎に立ち入る許可を出したのかもしれない。


「あの感じだとイザーちゃんはどこか目的があって歩いていると思うんだけど、この先って何があるのかな?」

「このまま真っすぐ道なりに進むと、教会があるんですけど、さすがにイザーさんがそこに向かってるとは思わないですよね。だって、サキュバスと神って敵対してるんですよね?」

「敵対とかはしてるつもりはないんだけど、そっちの神からしたら私たちって悪い印象持たれてるかもしれないよね。ほら、私たちって不純だって思われがちだし」

「そう思う人もいるかもしれないですよね。でも、私は別にうまなさんたちの考えも間違ってないと思ってますよ。今は多様性の時代ですし女の子が女の子の事を好きになっても良いって思うんです。自分の気持ちに素直になるのって、凄く勇気のいることだと思うんですよ。だから、レジスタンス寮の寮長って立場の私ですけど、うまなさんたちの事ちょっと羨ましいなって思ってたりしますからね」


 誰にも聞かれていないからこそ打ち明けられることもある。

 その秘密がレジスタンスとサキュバスの間の懸け橋になる。そんな事は思いもしない二人であった。

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