第2話 海水浴なんてしたくない

 学校から一番近い海はバスに乗ってすぐの場所にあるのだが、そこは大型の船が入ってくる港なので海水浴は出来ないのだ。

 そもそも、この辺りの海は海水浴に適している場所が一切ないのでどちらにせよ遠出することになるのだが、それだと温泉に行くのとあまり変わらないような気がしていた。


「海か温泉でデートって露骨だよね。サキュバスの子たちに珠希ちゃんが肌を見せたらどんなことになるのか想像もつかないよ」

「案外何も起こらない可能性もあるんじゃないかな。だってさ、あの子たちって珠希ちゃんの写真を大事に共有しているのに自分たちでは珠希ちゃんの写真を撮ろうとしないじゃない。その辺は自制できるって凄いことだと思うんだよね」


「それなんですけど、サキュバスの人達が私の写真を撮ろうとすると心霊写真になっちゃうって話なんですよ。どういう原理なのかわからないんですけど、私の写真を撮ろうとするとその辺の浮遊霊とか地獄から這い出てきたような恐ろしい幽霊が写っちゃうんですって」

「その話は私も聞いたことあるかも。サキュバスが興奮しているとそういうのを引き寄せてしまって記録されちゃうんだって。色欲ってのが強すぎると霊を集めちゃうとか何とかって言ってたな」

「誰が言ってたのか知らないけど、珠希ちゃんが盗撮される心配が無いってのは良いことかもしれないわね。じゃあ、サキュバス達から珠希ちゃんを守るための会議を始めようか」


 レジスタンスの代表である栗鳥院柘榴の部屋に集まって会議をしているのは栗鳥院柘榴と鈴木愛華と工藤珠希の三人で、レジスタンスの他のメンバーはサキュバスが勝手に入ってこないように見回りをしてくれていた。


「太郎ちゃんの課題はあり得ないくらいエグイと思うんだけど、珠希ちゃんの課題もそれに匹敵するくらいエグイよね。一方的に好意を向けてくるのにちゃんとラインを見極めてハッキリと断りにくいところを攻めてくるような相手とデートしろとか難しいに決まってるのにね」

「確かにそうなんですよね。もっと直接何かしてきたらハッキリと言えるんですけど、その辺のライン引きにめちゃくちゃ注意してるみたいなんですよ。嫌だって言いにくいところを攻めてくるのって、サキュバスの特性なんですかね?」

「その辺はうまなちゃんが上手にコントロールしてるんだと思うよ。人間の気持ちを理解しようって決めてからその辺の駆け引きが上手くなったって言ってたし、これからもそんな事が続いちゃうかもね」


 テレビ画面に映し出されているのは工藤太郎がどこかの魔王と戦っている様子であった。名前も知らないような場所に飛ばされて何が何だかわからないまま魔王と戦っている工藤太郎を見ていると自分も何か頑張った方がいいのかなと思った工藤珠希ではあったが、サキュバスと海や温泉に行くことを頑張ろうとは思えなかった。

 しかし、このままでは課題をクリアすることが出来なくて罰を受けてしまうことになってしまう。それを回避するためにレジスタンスの代表である栗鳥院柘榴と鈴木愛華に知恵を借りようと思っているのだが、どんなに考えても素敵なアイデアは出てこなかった。


「この感じだと太郎ちゃんは今回も余裕で課題を終わらせちゃいそうだね。先生たちとしてはもっと苦戦してもらいたいって思ってたかもしれないけど、そんなに強そうじゃない魔王ばっかりと当たっているからその思惑は外れちゃったかもね」

「私には太郎ちゃんが戦ってる魔王って弱そうに見えないんだよね。レジスタンス全員で戦ったとしても勝てないような気がするんだけど」

「まあ、その辺は相性ってやつでしょ。一対一だとそんなに強くないってだけなんじゃないかな。ほら、愛華って自分の事を過小評価しちゃうところがあるから仲間の事もそうやって控えめに考えちゃってるだけだって」

「柘榴ちゃんの言う通りかもしれないけどさ、太郎ちゃんが苦戦するような相性の悪い相手っていないような気もするんだよね。ほら、この前も全宇宙の支配者で全能の神って言ってた魔王軍も一人で壊滅させちゃったでしょ。あんなのを壊滅させることが出来るのに課題で魔王三人を倒せって簡単すぎると思うんだけどな」


「ちょっと待って、その話私知らないんだけど」

「私も太郎がそんなことしてたって知らないです」


 しまったと言った表情を見せていた鈴木愛華とそれを不審に思っている工藤珠希と栗鳥院柘榴。何とかごまかそうとした鈴木愛華ではあったが、あまり詳しく聞かない方がいいと感じ取っていた工藤珠希と栗鳥院柘榴はごまかそうとしている鈴木愛華の話に乗ることにした。


「そう言えば、イザーちゃんが全滅させた野生のサキュバス達がポンピーノ先生の力で無事にみんな蘇ったらしいよ。あれだけの人数をちゃんと生き返らせることが出来るなんて、さすがはポンピーノ先生だよね。私は死んだことないからわからないけど、死んだ後に生き返るのってどんな感じなんだろうね?」

「さあ、私も死んだことないからわからないかも」

「私も死んでないんでわからないですね」


 先ほどよりも微妙な空気に包まれてしまった三人ではあった。

 これなら工藤太郎の話を聞いた方が良かったのではないかと思ったのだが、今更その話を蒸し返しても鈴木愛華が困ってしまうだけだろう。

 どうしたものかと外を見ていると、たまたまそこを歩いていた見回り中の女の子と目が合ってしまった。

 お互いに会釈をしていた工藤珠希と女の子とそれを見ていた栗鳥院柘榴。

 栗鳥院柘榴はその女の子を呼び止めて何となく工藤珠希は課題に対してどう取り組めばいいのか聞いてみた。


「珠希さんの課題っすか。それだったら、海に行ってみたらいいんじゃないっすかね。海に行って大型客船でも見て帰ってくればいいと思うっす。客船が無かったら漁船でもいいと思うんすけど」


 海でデートと言われたからには海水浴を想像していた三人ではあったが、彼女の言う通りで一緒に船を見ることもデートには違いなかった。


 女の子は三人から手渡された手作りクッキーを貰って上機嫌で見回りに戻っていったのだ。


「デートって言葉だけで何でも決めつけるのは良くないですね」

「確かにね。デートだからって水着になって海に入る必要なかったもんね」

「問題は、誰と行くかって事ですよね」

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