「俺は莉乃さんが好きなんだ」
夕暮れ時になると、二人で言い合わせたわけでもないのに待ち合わせた場所まで戻ってきていた。
「今日はありがとうございました」
吾妻さんがわざわざ俺の方に身体を向けて感謝を伝えてくれた。
デートは始まってみればあっという間だった。
初めてだから緊張したが、吾妻さんが空気を和ませてくれたからか自然な振る舞いに戻っていた気がする。
「楽しかったよ。俺の方こそありがとう」
「私も楽しかったですよ」
同意して笑顔を満面に広げる。
「こんな楽しいものなんて知りませんでした」
「俺で良ければ、また付き合うよ」
言ってから恥ずかしい事を口走ったと焦る。
「付き合うって言っても友達として、ね」
無理くりに付け足す。
吾妻さんはおかしそうに口に手を当てて笑った。
「友達ではデートって呼ばないんじゃないですか?」
「そういう細かいことはいいんだ。とにかく誘ってくれれば付き合うよ」
「そうですね。また機会があれば誘わせていただきます」
俺が照れていると察したのだろう、関係性について言及せずに吾妻さんは話を締めた。
合図のようにスマホで時刻を覗いてから再び口を開く。
「それでは、ここで解散としましょう」
「わかった。えーと……」
「どうかしました。誠也さん?」
家まで送っていこうか、と喉まで出かけて寸前で押しとどめた。
わざとらしくないかな?
「家まで送っていただかなくても結構ですよ。それより誠也さんこそ、デートの帰りだからって浮かれて事故に遭わないようにしてくださいね」
「浮かれてないよ」
すぐに表情を引き締めて言い返した。
ふふっ、と吾妻さんは愉快に笑い声を漏らす。
「冗談ですよ。誠也さん」
「冗談でもあんまりからかわないでよ」
「はい。すみません」
悪びれない苦笑交じりの顔で謝った。
冗談を言えるだけ心を許している、と思うことにしておこう。
「それでは誠也さん。私はこれから寄るところがあるのでこっちから帰ります」
俺の帰り道とは逆方向に吾妻さんは足を向けた。
歩き出す間際に手を振ってくれたので振り返す。
俺が振り返したのを見てから吾妻さんは完全に背を向けて歩き出した。
吾妻さんの姿が曲がり角で見えなくなったのを汐に俺の方も帰途に就く。
カッコイイと好きは違う――
建物の間から覗いた夕焼け空を見上げながら、脳裏にこびりついた吾妻さんの言葉を反芻する。
俺は莉乃さんのことが好き、ならば吾妻さんのことを可愛いと思ってしまったのは気移りには入らないのだろうか。
自分の中で莉乃さんより吾妻さんと過ごした記憶の方が色濃く残っている。
俺は莉乃さんが好き、そのはずなんだ。
吾妻さんだって俺が莉乃さんと付き合うことを想定して、今回のデートを組んでくれたと解釈している。そう思いたい。
吾妻さんが俺に気があるなんてことになれば、気持ちが傾いてしまいそう。
「俺は莉乃さんが好きなんだ」
雑念を追い払うようにあえて口に出した。
莉乃さんの事を考えるようにしないと、俺は莉乃さんのことが好きなのだから。
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