第二十羽

「あ」

思わず、声が漏れた。

怪しまれないように何度目かの移住を繰り返して、久しぶりに先輩がいた街に戻ってきた。

そこで、偶然寄った公園で出会った、一人の少年。

何もかも、違うけれど、すぐに分かった。

初めて、天使であったことに感謝した。

先輩の魂は変わらず澄んでいて、泣きたくなるくらいあたたかな色をしていたから。

「やっと、会えた………」

久しぶりに涙が溢れた。

泣きじゃくる私を、彼は混乱しながらも慰めてくれた。

傍から見れば不審者でしかないだろうに。

何も、覚えていないだろうに。

約束だって、私が勝手に守っているだけ。

だって、先輩は約束さえ忘れてしまうのに。

―――私を追って死んでくれるか

―――私の生まれ変わりを見つけてくれるか

先輩が最期に提示した選択肢。

私は後者を選んだ。

またあなたを見つけると、約束したんだ。

だから、また会えて、本当に嬉しくて。

「訳わかんないよね、ごめんね」

「いや、えっと………」

混乱する少年に手を振って、その場を離れた。

今度は彼を見守ろう。

「気にしなくて大丈夫よ」

関われなくてもいい、ただ生きてほしい。

今生も天寿を全うしてほしいから。


「あのさ、結婚してくんね」

「はい?」

あれから、先輩の生まれ変わりの少年と私は何故か交流が続いた。

なんでなのか、よくわからない。

近所のお姉ちゃん的立ち位置から、友達のようになり、いつからか恋人になった。

あの公園で再会して、住処を決めたら、何故か彼の住む近くだった。

彼が声をかけてくれるので、無視をするのも変で、声を掛けられる度応えて、自然と親しくなっていった。

そうすると、最初は野花をもらったり、帰り道をいつの間にか一緒に歩いたり、遊びに行こうと誘われたり、彼が大人になると飲みに行ったりをした。

前世でもよく誘われていたので、友達までは分かるけれど、恋人にまでなったのは実は今でもよく分かっていない。

最早当たり前のように一緒に呑んでいるとき不意に好きだな、と零したら、俺も、と返ってきて、驚いている間に付き合って、と言われた。続くのか続かないのかはよく分からなかったけれど、私は頷いた。私が零したのは、恋愛的な好きだとは思ったから。

狭間の悪魔にだって、やっとかと言われたくらいだから、いつからかは分からないけれど、きっとずっと前からそうだったのだろう。なんだったら最初から。再会であり、出会いであったあの日から。

そして、さらに少し月日は流れて今。

(プロポーズ、されてしまったなあ)

恋人関係もなんだかんだ長く続いていて、喧嘩をするときもあったけれど、仲直りをして、絆を深め合って、なんなら同棲しているこの状態なら多分普通の恋人たちは結婚を意識するのだろう。

「嫌なの?」

「あ、ごめん違う」

驚きのあまり、ぼけっとしていたら、彼が悲しそうな顔で言った。

慌てて首を振る。嫌なわけない。

ただ、吃驚していた。

結婚自体は出来ると思う。

人間の戸籍を得ては捨て、を繰り返しつつ、これで最期の戸籍と決めている。

それにまさか、結婚の記録がされようとは。

いやいや違う。

そんなことは問題じゃない。

前向きな自分に驚きつつ、思考が違うところに飛んでしまったのを慌てて戻す。

「本当に、嫌じゃない。吃驚していただけ。でも、本当にいいの?」

「俺、ツバサじゃなきゃ嫌なんだけど」

困ったな。

彼にはまだ、私たちのことを何も話していない。

あらゆる違和感に気付いてはいるだろうけれど、恋人になったときだって、何も聞かれなかったことをいいことに、まだいいかって先送りにしたくらいなのに。

前世の先輩に言えたのは、彼女とは離れていた時間があって、そしてもう永くなかったからだ。

彼にはまだ時間があるし、私にもまだある。

彼より先には死ぬだろうけれど、彼にとって永くない時間をもらうにはまだ少し彼にも私にも覚悟がいるだろう。

ある程度伏せて話したところで、結局老いない説明はできない。

「ごめんね、本当に嫌じゃないんだけれど。ちょっとだけ時間が欲しい」

「……まあ、分かった。ムードもへったくれもなかったし」

少し不満そうな顔をしたけれど、彼は素直に引き下がってくれた。

ごめんね、ともう一度謝れば、彼は気にするなと頭を撫でてくれた。

その温もりを手放したくないな、と思ったけれど、それを決める権利は私にはないだろう。


「で?話って?」

「うん。結婚の返事をする前に、話しておきたいことがあって」

後日、少しだけ別れてもいいように準備して、私は勇気を振り絞って話がある、と彼に言った。

どこか予約するか?という彼に、申し訳なく思いながらも、あまり聞かれたくないから、といつも通り家のリビングで私たちは向かい合う。

「今まで、言えなくてごめんね。聞いてくれてもいいとは思っていたけれど、聞かないでいてくれたのも、本当は嬉しかった。」

そう前置きをして、私は全てを語った。

本当は天使と人間の混血であること、その血筋のせいで天使たちから酷い目に遭ったこと、逃げた先で人間と関わるうちに傷を癒し、今はさらに悪魔もこの身に宿していること、姿形があまり変わらないのはそれらが理由であること。

そして、とある先輩にとても救われ、最期に約束をしたこと、そしてその先輩の約束があなたであること、本当はあまり関わる予定はなかったこと、でも一緒にいられて嬉しいこと。

気持ちも含めて、何もかも全部話した。

「黙っていて、ごめん。でも、騙すとか、からかっているとか、そんなつもりはなかった。多分、あまり私も意識はしていなかったけれど、あなたに嫌われるのは怖かったからだと思う。好きだって零してしまったのだって、ほとんど無意識だったけれど、応えてくれて、恋人になれて、本当に嬉しかった。だから、結婚の話も、とても嬉しい。けれど、何もかも隠したままあなたの時間を奪うのはとても申し訳なくて、少し話すだけじゃ、結局違和感と不信感しか残らないだろうから、だから―――――」

ぐ、と一度言葉を切る。

一度ゆっくりと深呼吸をする。

過去、初めから拒絶され続けたときと違って、この愛おしい人を喪うのはとても怖い。

でも、これを乗り越えなければ、一緒にはなれないから。

「だから、全部話した。これを聞いて、あなたがそれでも私を望んでくれるのなら、私はとても嬉しい。でも、無理だって思うことは仕方がないから、そのときは受け入れる」

一息に言って、俯く。

怖くて、彼の顔を見られなかった。

はあーっと深くため息を吐くのが聞こえて、ぎゅっと目を閉じた。

「ツバサ」

私を呼ぶ声はいつもと同じで、本当にあったかくて、あ、と思った瞬間、顔を上げてしまった。

「お前は、俺のこと見縊りすぎ。何年一緒にいると思ってんだ。お前が成長しないとか、老けないってことくらい、とっくに気付いているし、てか大人だとしても変わらなすぎだし、その程度で今更気持ち悪いと思ったり、嫌いになったりなんてしない」

もうそれだけで、安堵と歓喜が胸に満ちた。

「まあ、天使だとか悪魔だとか言うのは吃驚したけれど、まあ、それなら見た目変わんないのも納得だし、別に今更気にしねえよ」

彼の名を、思わず呼んだ。

「だから、お前が、俺を嫌いとかじゃねえなら、素直に頷けよ」

そう言って、彼は私の足元に跪いて、掌サイズの小箱を開ける。もちろん、その中にはシンプルだけど、綺麗な宝石のついた指輪があって。

あの数日の間にこれを準備してくれたんだと思ったらとても嬉しくて。

「言っただろ、お前しか考えられねえ。お前じゃなきゃ嫌だ。だから、この先もずっと一緒に生きてほしい」

「もう、離せないけど、いいの………?」

「生まれ変わった俺を探して待っていたくらい好きなら早く頷いてくれよ」

「………っ、うん」

頷くのが精一杯。

そうしたら、彼が私の左手を取って、その薬指に指輪をはめてくれた。

「一生離さねえし、なんなら来世も俺を探せよ」

「ふは、私だって、もう寿命近いから、無理だよ」

「はあ?嘘だろ、まだまだあるんじゃねえの」

「もう天界で200年くらい生きて、人間界に来てからさらに200年以上経ってるんだよ」

「は!?そんなに!?」

そうだよ、って私は泣いているのに、なんだかおかしくて笑ってしまった。

「純血の天使より短命だし、悪魔と互いに寿命を削り合っているから、きっとあなたより先に死んじゃうかな」

「聞いてねー-!!」

「ごめん、今言った」

「まあ、いいや。事故とか病気とかで俺が先に死ぬかもだし」

「それは私が許さない」

「おぉい!!」

「寿命以外認めないんだからー!!」

「ッざけんな、お前!!俺を置いていくのか!!」

「前回は私が置いていかれたもん!!」

「知らねーよ!!!」

ぎゃいぎゃい騒ぎながら言い合うも、なんだかおかしくなって私たちは笑い合った。

「てか、天使なら敬語のがいいの?」

「ぶはっ」

あのときの先輩と同じことを聞かれて、私は思わず吹き出した。

「今更敬語で話されたらいやだよ。寂しくって泣いちゃう」

「今、笑ってんじゃねーか」

「だって、先輩と同じこと聞くから」

てか、できるの?と聞いたら、無理と即答してくれた。

ああもう、幸せだ。


それから、狭間の悪魔を紹介して、男かよ!!って言われて、ちょっと一悶着あったけれど、友愛ならなんとか許すってことで、なんとか解決した。

もう、狭間の悪魔は私と彼が恋人同士になってから、ほとんど声を掛けてくることはなくなった。きっと気を遣ってくれたんだろう。

あとは、やっぱり寿命のせいかもしれない。

「つか、前世の俺とどんなことしたの」

「?どんなことって?」

「だから、前世でも、恋人とかだったんじゃねえの?」

彼の言葉にキョトンとしてしまう。

恋人?先輩と私が?

「ん……?いや、違うけど……あ、そうか、今は同性同士でも恋人になる人いるんだっけ」

「は???」

「でも、私と先輩は友達だったよ。最初は職場の先輩後輩だったけど、彼女の晩年は――――――」

「いや、前世の俺、女かよ!!!」

「そうだよ?」

そんな感じで、吹っ切れた私は、今までは割と聞き専だったが、たくさん話すようになった。

彼はなんだかんだそれが嬉しいらしく、笑顔で聞いてくれる。

「紛らわしい」

「だって、特別なんだよ。先輩は私を一番最初に救ってくれた人で、狭間のは唯一無二の理解者。あなたは先輩の生まれ変わりだけど、そんなの関係なく一番愛した人」

そう言って笑えば、少し満足したようににやけていた。

「だから、最期まで見送ってね」

「ったく、しょうがねえな。てか、寿命以外認めねーって前世は寿命じゃなかったのか?」

「ううん、寿命」

「なんなんだよ………っ!!!」

「晩年一緒にいるのに、私が事故とか病気とかで死なせるわけないじゃん」

「そうか……、一応天使だもんな………」

「そそ」

「いや、怒れよ。一応って失礼だろうが」

「私、天使嫌いだからいいの。天使で良かったって思ったこと片手で足りるくらいしかないと思う」

「あー、そう………」

ぐっぱっと右手を握ったり閉じたりする。

「ちなみに、一番天使だったことに感謝したの、生まれ変わった先輩を見つけたとき」

「はっ?」

にやっと悪戯っぽく笑ったら、途端に彼は顔を真っ赤にした。

「はーーー、お前はまたそういう………」

「大好きだからね」

「俺だって大好きだし……ここまで来るのだって、結構大変だったんだからな」

「ふふ、そうなの?」

「そうだよ。そもそもだな――――――」

今度は私が彼の話を聞く番らしい。

私は先輩と過ごしていた時とはまた別の幸せを手に入れた。

あのときだって幸せだって思っていたけれど、今はそれ以上だ。

それが嬉しくて、ほとんど諦めていた夢が叶ったことが、何よりも嬉しくて――――

(ああ、生きててよかったなあ)

私はようやく、自然にそう思えたのだ。


終わりが来た。

ずっと望んでいた終わりが。

これで、やっと終わり。

でも、最期の時間は何よりも幸せで、まだ生きたいと思ってしまうくらい。

過去の私が知ったら信じられないことを願ってしまうくらい。

愛おしい彼はずっと私の手を握りながら、泣いている。

前とは逆だな、って思いながら、それがなんだか嬉しくて、私は笑う。

大好きなあなたへ。

あなたに出会えて良かった。

あなたに愛されて、あなたを愛して、本当に良かった。

『狭間の悪魔』

『ああ』

『お別れね』

『そうだな』

『今までありがとう』

『こちらの科白だ。今までありがとう、さらばだ、唯一無二の親友ともよ』

『ええ、さようなら、唯一無二の親友ともよ』

先に親友に別れを告げて、最期に最愛の人をこの瞳に映した。

彼の名前を呼べば、彼は潤んだ瞳を私に向けた。

「私、幸せだった。昔は辛くて悲しくて苦しくて、何度も死にたいって、生まれてこなきゃ良かったって思っていた。でも、前世のあなたに会って救われて、唯一の親友を得られて、またあなたに再会できた。それだけでも奇跡みたいだったのに、あなたに愛されて、私本当に幸せで、生きてて良かったって、生まれてよかったって本当に自然と思ったの」

「そこに至るまでが長すぎだろ………!!もっと、もっと幸せにして、やりたかったのに………!!」

足りないんだって彼は怒っている。

「ふふふ、じゃあ、約束ね。来世もまた会いましょ」

「お前も人間に生まれ変わるかもしれねえのに、そんな約束して、いいのかよ………!!」

「だめ………?」

「良いに決まっているだろ、ばか……!!」

「やった。じゃあ、約束ね。きっとまた会いましょう」

別に叶わなくたって構わない。

だって、どうせどっちも忘れちゃうから。

前の約束だってあなたは、覚えていなかったから。

でも、再会の奇跡に、あなたに愛される日々があったから、別にいいの。

「また幸せにしてね」

「当たり前だろ、何回繰り返したって足りないんだから………!!」

二人ともしわしわの老人なのに、こんな風にはしゃげるのが嬉しい。

彼の言葉が、行動が、全部嬉しい。

「すぐ来てね」

「約束はしかねる」

そう言いながらも、彼ももうすぐ寿命だ。

私が頑張ったんだもの、当然だ。

(あなたを永く独りにするわけないでしょう)

きっと数日後には、彼も眠るように逝くのだろう。

それをちゃんと待っているから大丈夫だよ。

「ツバサ………?」

私は目を細めて、彼を見る。

「愛しているわ」

「俺も、愛している」

そうして、私は目を閉じ、およそ500年近く続いた永い人生を終えた。

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