第十二羽

ツバサはよく俺に対してよく、会えて良かった、運命だって笑うけれど、それはこっちのセリフでもあって。

それがあったかくて、嬉しくて。

俺たちは親に愛されなかった、親に捨てられた者同士で、手を差し伸べてくれる他人もいなくて、自分だけの力で藻掻いて足掻いて戦ってきた仲間だ。

俺たちは本来敵同士だったけれど、利害が一致したから共にいる。

俺は体を、アイツは力を。

けれど、それ以上に俺たちは互いが、これまでの過去を慰め合える、その苦労を理解し合える唯一無二の存在になった。

こんな奇跡に、俺はただ感謝した。

アイツの過去は俺よりもっと悲惨で、周囲に傷つけられて生きてきていた。

そして、それでも生きて、人間界で笑うアイツはとても綺麗で。

「負けたみたいで悔しいじゃん?」

そんな風に考えられる彼女は本当に強くて、戦いの中でも恐れることなく同類に向かっていく様は見惚れるほどで。

『いつも短期決戦なのはなんでだ?』

ふと疑問に思ったことを聞けば、アイツは少し悩んで、

『…………なんでだろうね?』

とへらりと笑っていた。

誤魔化すのは下手だったけれど、言いたくない、より正確には思い出したくない、というのがひしひしと伝わってきたからそのときはそれ以上言わなかった。いや、言えなかった。傷ついてきたアイツを傷つけたくなかったから。

けれど、それからしばらく経って、

「聞いて、くれる?」

そう、彼女はぽつりと零した。

俺が唯一まだ見られなかった、彼女が天界を出た理由。

無意識のうちに封じ込めるくらい一番深く傷ついて、彼女が一番自分を惨めに思った一日だった。


「は?」

酷く低い声が自分の口から発せられた。

ソイツーーー蒼龍は相変わらず涼しい顔をして、立ち上がって、なんてことないように膝についた土を払う。

頭の中は混乱している。

意味が分からない。

「負けたよ」

そんな風に言って笑う蒼龍に、ぶちんと何かが切れた。

それは怒りで切れたのとは違う。

それは、もう少し、まだやれる、とこれまでなんとか私を奮い立たせていたあらゆる意地のような何かが切れた音だった。

(もう、頑張れ、ない)

ポトリと零れた雫は、勝ったのが嬉しくて落ちたのではない。

ああ、こんなにも絶望して、怒りが限界突破すると、こうなるんだな、と頭の片隅で思った。

おそらくそんな現実逃避でもしていないと、私はここにいる全員を殺していたことだろう。

そんな理性が残っていることすら腹立たしい。

「よく、分かった」

先程零れた声と同じくらい低い声。

「お前が、私を馬鹿にしていると言うことは」

「え?」

蒼龍は私の放った言葉にキョトンとした。

はは、天然だとしても許されない。

私はきっと笑ったはずだ。

蒼龍の頬に朱がが差して、見惚れたようだと冷静な分析ができたから。

こんな混血に見惚れるなんて馬鹿だな。


「最低最悪のクズ野郎が。お前なんか大嫌いだ」


別に怒鳴ったわけではない。けれど、私の声はよく通ったらしい。

蒼龍が負けたことに不満そうだった野次馬たちの声が消えたから。

「はは、誰も見ていないところで優しくして、優越感に浸って、愉しかった?」

「な、にを………」

「ま、結局その優しさって偽善だってすぐ気付いたけれどね。だって、周りの目があるときは絶対に助けてくれなかったもの。ねえ、今どんな気分?」

「ま、まって………」

蒼龍は顔を真っ青にしているが、どうでもいい。

元々彼の言動は意味不明なくらい最低すぎて、嫌いだったけれど、それでも優しくしてくれるから、優しさに耐性なんてない私は嫌いになりきれなかったけれど。

「教えてよ。自分より弱い存在だって決めつけて、見下して、足掻くさまを見て、面白かった?」

私が泣いたのも、笑ったのも、嬉しかったからじゃないんだよ。

もう、私の心は壊れていた。

「ねえ、答えろよ。クソ野郎」

「俺は、ただ………っ」

「なんにも私のためになってないんだけど、そこんところどう思う?」

「…………っ」

「はっ、お前が傷ついた顔すんなよ」

そう言って、そのクズを嘲笑した。

「いいか、ここにいる全員、教師も含めて、最低だからな。差別して愉しかった?自分より下がいて嬉しかった?でも、残念!教師たちが怠慢で正しく評価されなかっただけで、私はお前らより上!」

ケラケラと笑う。

ああ、生まれて初めて、こんなに笑ったかもしれない。

さあ、地獄を見せてやろう。

片翼しかない翼がバサリと音を立てた。


「教えてよ!!私が何したって言うのさ!!!混血に生まれたのは私のせいなの!?ねえ、答えろよ!!!」

手近にいた奴の胸倉を掴んで、怒鳴りつける。

そいつは、足が地面から離れているせいか、ばたばたと空を掻く。

「ほら、答えろよ。能無しの混血の力なんて簡単に振りほどけるでしょ?」

もちろん、簡単に放してなんてやらない。能力を使うのなら容赦なく地面に叩き付けるけれど。

「た、たすけ……っ」

「は?質問に答えろって言ってんだろ」

「ひぃ………」

どうやら偶然近くにいたせいで捕まった哀れなコイツは攻撃系の能力じゃないらしい。

コイツを捕まえているおかげで、周りの奴らは能力を使えない。

「あははは!!何を躊躇ってんの?撃てばいーじゃん」

そう告げながら、後ろに迫ってきていた体術系能力を持つ男に掴んでいた奴を叩き付ける。

「うわ、めっちゃ痛そうな音!」

ゴツッとう鈍い音がして、二人とも頭から血を流して倒れる。

「よっわ!!」

そして、そのまま二人とも気絶してしまったようだ。

「い、今だ!!」

誰かの号令で、あらゆる攻撃系の能力が放たれる。

「ははは、おっそ」

けれど、彼らの能力を散々見てきて、ずっと研究してきた私にとっては脅威でも何でもない。

ただ集団で振るわれるただの暴力は怖かったな、と思い出して、それさえもとっくに避けられるようになったなと思い直す。

彼らのあらゆる能力を避ける。

炎、水、雷、風、土、等々あらゆる属性攻撃も。

感情の揺さぶり、感情の増減、感情の変換等々あらゆる精神攻撃も。

属性攻撃は避ければいい。

精神攻撃はその発動条件を知っていれば怖くはない。

そうして、私は順調に一人ずつ同級生たちを地面に沈めていく。

身体は勝手に動く。

(だってそうなるように努力したもの)

目の前の夕陽のような赤い上級天使候補生を殴り飛ばす。


(結局、私のこと助けたのって私じゃない?)

それなら、どうして誰かに助けてもらいたいと思うのだろう?と首を傾げてしまうが、結局寂しかったんだな、という結論が出る。

父親を知らない。

母親は愛してくれない。

誰も見てくれない。

そうすると、自然と愛を求めるのだろう。

誰かに愛されたいと願ってしまうのだろう。

中途半端に救われてしまったからなおのこと。

「はは、一番残酷じゃん、あの人」

最初に浮かんだのは私を拾った“彼”。

大嫌いで憎い蒼龍の保護者。

「そんで、次に残酷なの、お前な」

そう言って、蒼龍を血まみれの手で指差した。

「…………っ」

蒼龍は息を飲んで、泣きそうな顔をして、何かを言おうと口を開くけれど、何一つ言葉にならない。

「あは、だから言ってんじゃん。お前は加害者なの。被害者は私だけ。傷ついた顔する資格、お前にねーから」

そう言っている間も、残った奴らが私に飛び掛かってくるけれど、その尽くを潰す。

避けて、投げて、殴って、蹴り飛ばして、ぶつからせて、くるくると踊るみたいに私は避けて、攻撃する。あいつらの攻撃さえも利用する。

「ね?なんか、忘れているみたいだけど、さっきも言ったでしょ。お前たちみんな、私より下!」

そう、蒼龍以外、みんな私に負けたのだ。

成績に残らないから、都合の悪いことは綺麗さっぱり忘れているみたいだから、思い出させてあげたの。

「ね、職務怠慢じゃない?いいの?」

にこ、と教師に笑いかければ、彼らは顔を真っ青にしてぶるぶると震えている。

これまで見ないようにしてきたツケだよ。

つまり、成績なんてつける気がなかったから、まともに私を見たこともなかったんだろう。

馬鹿だなあ。

冷ややかに彼らを見下ろして、手を伸ばす。

見ておけば、きっと今とは違う今だったかもしれないのに。

見ておけば、きっと今能無しに空中に飛ばされるなんてことなかったのに。

別に落ちて死んだってどうでもいい。

ちゃんと両翼あるのだから、ちゃんと生きるでしょ。

地面には同級生たちが転がって、教師は未だ空中だ。

さっき打ち上げたばっかだからね。

そのうち落ちてきて、他の同級生たちと同じようになるだろう。


「誰も質問に答えてくれないなあ」

適当に近くにいた同級生の頭を蹴り飛ばす。

何か呻いていたけれど、無視する。

天使は翼さえ無事であれば、首を切り落とされたり心臓を突かれたりしない限り、回復できる。

「はーあ。もう疲れちゃった」

「な、にを………?」

唯一立っているのは、一番嫌いで憎いアイツだけ。

なんでかって?

意味なんてない。ただ、向かってこなかったから放置していただけ。

「随分と冷たいのね」

「え」

「だって、お友達たちがこーんなにやられちゃったのに、助けもしないなんて」

芝居がかった口調で、両手を広げる。

「それは…………」

「ねえ、なんで助けなかったの?私に勝てるの、あなただけでしょ?」

まあ、それが答えなのだろう。

なんだかんだコイツは人でなしなのだ。

友達とも思っていなかったのだろう。

あんなに一緒に過ごして、一緒に私を貶めたくせに。

「最低だね」

「…………っ」

私の言葉にびくりと肩を揺らす。

「被害者面すんなって言ってるだろうが、偽善者が」

何度目かの苛立ちの言葉を吐き捨てる。

「ねえ、なんで手を抜いたの?」

「え………?」

「お情けのつもり?最後だから、花を持たせようって?」

づかづかと蒼龍に近付く。

「一個も答えないね、お前も」

「……………」

「そんなんだから、流されるんだよ」

彼はぐ、と唇を噛んで、何かを耐えるような顔をする。それがまたムカついて、

「だから、何度も言わせんな。被害者面するな」

「っ」

その頬を思い切り平手打ちする。

「ね、手を抜かれて勝って、それを私が喜ぶって本気で思ったの?」

首を傾げて、蒼龍の顔を覗き込む。

「うわ、喜ぶって思ってたんだ。傷つくって気付かなかったんだ。あんた、本当にバカだね」

答えはなくても、その顔だけで考えていることが丸わかりだった。

「一番の侮辱だよ」

とても悔しそうに顔を歪めて、その瞳には悲しみの色があって。

「今まで、生きてきた中で、一番惨め。母親が自殺して、それを自分のせいにされて、そのせいで見送れなかったときより惨め」

冷ややかに告げれば、蒼龍はその整った顔を今度は絶望に染める。

「どうやって生きたらいいかわかんなくて、ずっと蹲って死を待っていたのに、生かされて、放置されたときより惨め」

「!!」

きっと知っているだろう。

私が、“誰”に拾われたか。

「私、学校通うようになってからいっつも思ってた。あのとき死んでしまえば良かったって。お母さんと一緒に死んでしまえばよかった。ううん、そもそも生まれてこなきゃよかった」

「そ、んな………」

「そう思わせたのお前らだし、今日一番そう思った。ああ、生まれてこなければ良かったって」

へらりと笑う私に、彼は余計に傷ついた顔をする。

それがムカつくって何度言えばコイツは理解するのだろう。

「あんたは加害者だよ。いいよね、あんたはちゃんと“親”から愛されて大事にされている。私は結局、どこまでいっても他所の子で、きまぐれで拾った子だから」

愛されない。

私は誰にも愛されない。

「お前に情けをかけられたのが一番惨め」

何度も、コイツが傷つきますようにと祈って言葉を吐き出す。

「最低なお前なんか嫌い。殺したいくらい大嫌い。なんで優しくしたの。笑いに来たわけ?上級天使様に拾われて浮かれて、結果放置された私を?」

「っちが………!!!」

「何が違うんだよ!!!」

ああ、ほら。また傷ついた顔をする。

ムカつく。

「優しくされたと思った、わずか数分後に目を逸らされる私の気持ちが分かるか!?」

分からないんだろうな。

分からないから、あんなことができたんだろうな。

「初めて、友達ができるかもって、誰かに大事にしてもらえるかもって期待した私が、どれほどお前の言葉に傷ついたか、理解してんの!?」

容赦なく私を切り刻む言葉の刃。それをついさっき優しくしてくれたヒトから飛び出る。肯定される。

あんな思い、二度としたくない。

「八方美人じゃん。誰にでもいい顔して、自分が嫌われたくないからって、他人わたしを傷つけた!!!」

いつの間にか、涙が溢れて、止まらない。

誰にも受け入れてもらえない。

私の何が悪いのか、わからない。

でも、結局聞けば私は何一つ悪くない。

だって、みんな私を虐げるのは、私が混血だからだ。

人間の血が混ざっているからだ。

ただ、それだけだ。

「混血なのは、私のせいじゃないのに………!!」

偶々、両親の種族が違くて、偶然恋に落ちて、愛し合ってしまった。

それを悪いとは言わないのに、私は悪いって何?

なんで存在を否定され続けなきゃならないの?

私が何をしたの?

何も、悪いことなんてしていない。

ただ、生まれてきただけで悪だと言われて、

「そ、れなら、殺してくれたら、良かったのに………!!」

母親にも愛されないで、どうして誰も殺してくれないのだろう。

だって、私の存在は悪なんでしょう?

生まれてはいけなかったんでしょう?

それなら。

それならどうして。


「どうしてだれもころしてくれないの?」


零れた言葉は、誰にも届かないだろう。

私は何もかもすべてに絶望して、その場に泣き崩れた。

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