第24話

そうして迎えたパーティー当日。

やや阿保令嬢に絡まれはしたが、それ以外は特に大きな問題もなく過ごすことができた。

「素敵ですわ、お嬢様」

「ありがとう、サラ」

支度が終わると、サラがうっとりとして言う。

オーウェン様の瞳と同じ空色のドレスに、金の装飾。

(完全にオーウェン様の色なのよねえ)

もちろん、こういう場ではそれが当たり前なのだろうが、彼の物になったようで面映ゆい。

そこへ、ノックがして、すぐにサラが応じる。

きっとオーウェン様だろう。

「お待たせ、リア。行こうか」

「はい」

予想通り、差し出してくれた手を笑顔で取る。

さて、不安―――というか問題は山積みだろうが、上手く対処するしかない。

まあ、何も起こらなければそれでよいのだが。


* * *


会場に入り、皇帝陛下に紹介いただく。

ある程度、挨拶が済み、せっかくの舞踏会なのだから、とオーウェン様が誘おうとしてくれた、そのときだった。

「ああ!我が運命の乙女はここにいたのか!!」

芝居がかった声に、厨二か?と言わんばかりに言葉のチョイスが酷い。

ひとまず、無視をすることにしようとしたが、どこぞの阿呆はそんなことなど意に介さず、無理矢理私の手を唐突に握る。

イラっとするが、なんとか堪えて、代わりに反対の手をオーウェン様に伸ばす。

すぐにぎゅっとその手が握られて少しだけ安堵する。

「………何かご用でしょうか。第一皇子殿下」

苛立ちが滲まないように、けれど冷ややかに問いかける。

私の手を取ったのは、ムーンライト帝国第一皇子殿下アレックス・オンリー・ムーンライト。

「そんな他人行儀な」

いや、他人だし。

「貴女もわかっているはずだ」

何一つ分からん。

「私たちは結ばれるべきだ!!」

「は??」

思わず低い声が出た。

しかし、アレックス殿下は私のそんな様子に気付かないらしく、言葉を続ける。

「我らは運命の赤い糸で結ばれている!!だから、どうか私と―――――」

「お黙りなさい」

ピシャリと告げれば、ようやくアレックス殿下―――いやもうソイツと呼ぼう―――ソイツは黙った。

「先ほどから、まともに名乗りもせず、運命だなんだと人前で騒ぎ立て、そう言いながら、私の言葉は何一つ聞いていませんわね?」

ああ、イライラする。

「それから、あなたの目は節穴かしら。私の隣に誰がいるのか、ご存知ない?私たちは招待された“他国の客”です。あなたはこの国では偉いのかもしれませんが、何をしても許されるわけではありません」

冷ややかに跪いて、その手を振り払う。

「オーウェン様、行きましょう」

「ああ」

彼は青筋を立てていたが、どうにか堪えてくれたらしい。

多分、私も青筋が立っている。

それくらい、不躾で、無礼で、気持ち悪かった。

(あんなのの何がいいのかしら)

まあ、顔は整っているし、肩書も第一皇子ならば悪くはないだろう。

けれど、彼のその地位は砂上の楼閣。いつ崩れてもおかしくはない。

「ま、待ってくれ!だが、君は政略結婚だろう!?」

「はあ?」

どいつもこいつもなんなのか。

公爵令嬢と王太子が婚約すれば、すぐ政略結婚だと結びつけるその思考は。

「お嬢様」

ブラウンの切羽詰まったような声に、懸命に自分を落ち着かせる。

何度も息を吸っては吐く。

どうやら怒りのあまり魔力が漏れ出ていたようだ。

「リア」

オーウェン様がそっと肩を抱き寄せてくれて、ほっと息を吐く。

「っ、なんなんだ君は!!さっさと彼女から手を離したまえ!!嫌がっているだろう!!」

ようやく落ち着いたというのに、そいつはさらに爆弾を投下してくる。

ぶつり、と何かが切れる音がした。

「どこをどう見れば、そうお思いになるのか、さっぱり意味が分かりません」

「医者に診てもらうべきでは?まあ、目だけでは治らないでしょうが」

私たちはニコリと笑みを浮かべて口撃する。

「そもそも、あなたには婚約者がいたでしょう?第一皇子殿下」

そう告げると、知られているとは思わなかったのか、彼は顔を青くした。

「浮気者など御免被りますわ。浮気は治らないと聞きますし」

「いや、ちが……っ、あれは親が勝手に………っ」

「で、あれば、正しく手順を踏むべきでは?癇癪持ちの子供と変わりませんわよ」

そいつの後ろにいる泣きそうな女の子。

可哀想に。こんなのと婚約を結ばされて、今までだって苦しかっただろうに、それを堪えて努力してきたんだろうな。

彼女が割って入れないのも、泣き喚かないのも、皇子教育などで学んだ結果なのだろう。

今ここにいるのは彼女より上の地位の人ばかりだから。

(ああ、“あの子”もああだったのかしら)

感情をみだりに表に出してはならないとそう言われ続けて、耐え続けた結果、全てを喪った少女。

「それから、誤解されている方が多いようですが、私たちは別に政略結婚ではありません。その必要さえないのに、わざわざそうする必要があるとでも?」

周辺諸国の関係性は落ち着いており、国内でだって、大きく争っているわけではない。

国王が良い政治を行っているから。平等で、誰も困らない政治。

「それから、ここにいらっしゃるのは、我が国の宝である王太子です。国の跡継ぎでもないあなたが無視してよい人物ではないのです」

オーウェン様はここから一言でも発そうものなら攻撃魔法でも放ちそうな勢いのため、私が代弁する。

正直私も吹っ飛ばしてやりたいが、喋った方がまだ気が紛れる。

「お、俺は第一皇子だぞ……?!次期――――」

「次期皇帝ではありません。あなたの肩書は第一皇子であって、皇太子ではないのですから」

まあ、何故指名されていないか、なんてこの数分の会話だけでもよくわかる。

傀儡にしたい貴族からすれば恰好の餌だろう。

それでもそうなっていないということは、皇帝がしっかり貴族の手綱を握れていて、傀儡にもできないくらいこの皇子が愚かだからなのだろう。

「あなたの噂は王国にも届いております。まともに勉強もしない、遊び歩いて、どの令嬢にも運命だと囁く、浮気者の皇子だと」

「…………っ」

そいつは息を飲む。

「婚約者を蔑ろにし続ける男に、運命など感じるものですか。あなたの現婚約者の未来が結局私の未来になるだけ。どの令嬢でも同じ運命にしかならないでしょう」

そもそも、と私は遠慮なく言葉を続ける。

「私には大事な婚約者がおります。次期国王として奮起する彼を支えたいと思い、私はここにいます。彼の隣に立つことを選んだのは私です。あなたは今、友好国の王太子自身も、その努力も、私の選択さえも蔑ろにしたのです」

そんなやつ死んでも御免だ。

私が話す間にオーウェン様は落ち着いたらしい。

「リア、行こう」

「ええ」

穏やかな声に素直に頷く。

これ以上言ってもどうせ無駄だ。

「ブラウンも声を掛けてくれてありがとう」

「いえ。俺は………」

ブラウンはそこで言葉を切った。

彼の視線の先を思わず追う。

「お前のせいだッ!!!」

その瞬間、響いた怒声と、頬を打つ音。

「わ、私は………っ」

「何故お前のような冴えない女が俺の婚約者などやっている!!」

このクソ皇子…!!

けれど、正直それどころではない。

いや、最早そいつを張り飛ばした方が早いだろう。

しかし、彼女が優秀であったが故に、距離がやや遠い。

「オーウェン様、少し離れます」

「気を付けて」

「ええ。ブラウン」

「はい」

だっと風魔法を使って二人の元へ飛んでいく。その間も心無い言葉に彼女は傷つけられ続けている。ブラウンがすぐにそのあとに続く。

よくもまあ、この短い時間でそれほどの暴言が出てくるものだ。

「お前などとさっさと婚約破棄でもしていれば―――――」

ぞわり、と嫌な気配が湧きたつ。

(マジでヤバイ………!!!)

きっとあの馬鹿は決定的な言葉をここで告げてしまうのだろう。

それが、己の運命を終わらせるなどとは知らずに――――――

「貴様とは婚約破棄だ!!!とっとと俺の前から消えろ!!!」

「―――――っ」

あと一歩間に合わなかった。

決定的な言葉を聞いた彼女は、

「あ、あぁ………っ」

漆黒の闇に包まれてしまう。

「どきなさい!!!」

クソ野郎を突き飛ばして、黒い靄に手を伸ばす。

「ブラウン!!」

「はい!!」

そして、それを引っこ抜くように彼女から引きはがす。

その勢いのままブラウンが開けていてくれた瓶の中へ靄を封じる。

「シェリー様!!」

調べている中で知っていた彼女の名前を叫ぶ。

ぐったりと倒れている彼女はしかし、今は気を失っているだけのようだ。

そのことに少しだけ安堵する。

「シェリー!!」

群衆をかき分けて、二人の男女が飛び出してくる。おそらく彼女の両親だろう。

良かった、彼女を蔑ろにしている親ではないようだ。

「今は気を失っているだけです。ですが、念のため医者に診てもらった方が良いでしょう。頬は冷やしておいてください」

ハンカチを少しだけ濡らして彼女の頬に当てる。

「ああ、ありがとう、ありがとう………っ」

彼女の父親は涙ぐみながら彼女を抱きかかえ、母親がそのハンカチを受け取って彼女に当てた。

「当然のことですわ」

にこ、と微笑めば、彼らはもう一度頭を下げて、衛兵と共に下がっていった。

(まさか、ここまで愚かだとは)

そして、彼らと入れ替わるように衛兵がやってきて、第一皇子が取り押さえられる。

さて、彼が皇子でいられるのはあと何分かしら。

「この愚か者が!!!」

呼ばれて来たのだろう皇帝がそいつの頬を強く打つ。

「隣国の王太子やその婚約者に無礼を働いたばかりか、己の婚約者をあそこまで傷つけ追い詰めるとは!!」

「俺は………っ」

「黙りなさい」

未だに言い訳をしようとするその声を、凛とした声が遮った。

「ルーン嬢。まずは感謝を。彼女を救ってくれてありがとう」

「いいえ、先ほども彼らに申しましたが、当然のことです」

「それでも、貴女以外ではきっと彼女を殺すしかなかったでしょうから………」

まあ、魔女になる瞬間などそう見るものでもない。

そして、魔女になる、と分かっていたとしても、見ていることしかできない。

どうしてなるのかを分かっていても、防ぐ方法など誰も知らないし、知っていたとしても実行できる者は多くない。

そうすれば、必然的に倒す―――殺すしかなくなる。

魔女に堕ちた者の末路など一つしかないのだから。

「知っていたから、やっただけです。私も実践するのは初めてでしたわ。上手くいって良かったです。」

「本当に、なんと言ったらよいか………」

気にしないでください、ともう一度言って、頭を上げてもらう。

「リア、大丈夫か?」

「ええ、平気ですわ」

隣に来たオーウェン様ににこ、と微笑んで彼に寄り添う。

「さて、お前の処罰はここで決めてしまおう。まずは王位継承権を剥奪、皇子などという地位もお前に分不相応だ。貴族とすることさえ許さん。廃嫡し、平民として、生涯を生きよ」

「そ、そんな、父上――――」

「貴様はもう、我が息子ではない」

ピシャリと拒絶され、彼はパクパクと口を動かすもそこからはもう空気しか出ない。

「お前が招いた結果です。私たちの馴れ初めを知りながら、愚行を重ねた。周囲の言葉も、私たちの言葉も、まともに聞かなかったお前の落ち度です」

皇妃陛下が悲しそうに言った。

「ああ、どこで間違えたのでしょう。本当に、王太子殿下、ルーン嬢、申し訳ありません」

「皇妃陛下が謝る必要はありません。確かに子育ては失敗したとしか言いようがありませんが、ただの結果論でございます。正解もないでしょう。結局のところ、彼自身が自分で決めて、招いた結果です。それに、彼はとうに成人しており、皇妃陛下も先ほど申していたでしょう?自業自得でございます」

「それでも、我が子だった者が迷惑をかけたことに変わりはありませんから………」

「どうぞ、気に病まれぬよう………」

「ありがとう」

皇妃陛下は力なく笑って、あとは任せると皇帝陛下に告げると、侍女たちに支えられながら退出していった。

二度と、息子だった者に目を向けずに―――――。

「さて、処罰についてだが、貴殿らの意見も聞きたい。直接無礼を受けてしまったのだ。加えて、魔女に堕ちかけた者を救ってもくれた、褒賞も与えねば」

「私はまあ、十分に罰、になっていると思います。が、リア?」

オーウェン様が苦笑して私を見る。

「まあ、手緩いのでは、と私は思ってしまいますが」

「ほう?」

「私たちへの無礼、勝手に婚約を破棄し、あまつさえなんの瑕疵もない令嬢に向けた暴言・暴力……それについては、先ほど申し上げられた罰で十分でしょう」

じろりと元クソ皇子を見る。

「ですが、彼は魔女を生み出しかけた。真っ先に自分が死ぬでしょうが、周囲さえ危険に晒しました。現在、怪我人も死人もいないのは結果論です。平民にもなったのですし、奴隷とすべきだと思います」

皇帝陛下は真剣な表情で思案している。

「もちろん、決められるのは皇帝陛下ですが、それだけ罪は重いと思います。また、ただ平民として放逐するのではなく、奴隷となれば国の管理下に置けますわ」

「!」

皇帝陛下はハッと顔を上げて、その瞳を揺らした。

それは一瞬のことだったが、そこに親心が滲んでいた。

(ま、奴隷ってことは死んだ方がマシだと思うかもしれないでしょうけど、誰にも知られぬまま死ぬよりはマシでしょう)

「処刑、を望まない、のか………?」

もちろん、さっさと処刑してしまう、という手もある。

それを、彼を想う人たちは望まないだろうし。

「ええ、そうですわね」

死んだ方がマシだと思うくらい苦しめばいい、とは思う。

だから、処刑は望まない。

もちろん、最終的に決めるのは権限を持つ皇帝陛下らだろう。

「わたくしからの意見は以上でございます。参考になりましたでしょうか?」

「ああ、感謝する」

どこか安堵したような顔に、皇帝だなんだと言われていても人の親なのだとそう思った。

「さあ、今日は騒がせてしまい、すまなかった。申し訳ないが、今日のところはお開きとしよう」

皇帝陛下の声を合図に、それぞれが出口へと向かう。

元皇子は衛兵に引っ立てられていった。

きっとこれから、彼の人生は地獄と化すのだろう。

自業自得とはいえ、いつかの未来がああだったかもしれないと思うと、あまり他人事だとは思えない。

「リア」

「はい」

彼のエスコートで、私たちは皇帝陛下に会釈すると、自分たちに割り当てられた部屋へと向かった。


* * *


翌日。

「帰り支度をしている中、すまないな」

荷造り中に皇帝陛下と皇妃陛下が訪ねてきた。

おそらく、昨日のあの屑の処遇について報告しに来てくれたのだろう。

「わざわざ皇帝陛下にお越しいただけるとは。ありがとうございます。慌ただしいですが、どうぞゆっくりなさってください」

オーウェン様が軽く会釈をし、椅子に座るよう促す。

二人が座ったあとに私たちも腰かけた。

「まずは、改めて昨日の礼を言おう。貴殿のおかげで多くの命が助かった。魔女が産まれかけて、死者も怪我人もいなかったのは奇跡だろう」

「恐悦至極でございます」

ぺこり、と互いに頭を下げる。

「まず、元第一皇子の処遇だが、昨日アドバイスいただいた通りにしようかと思う。それが我々も一番安心だと結論が出た」

「左様ですか」

オーウェン様が淡々と返す。

どうでも良さそうな返事に思わず内心苦笑する。

それを表に出すのはどうかと思うが、まあ、正直私も興味はない。

すでに終わったことだから。

「ただ………」

「?」

歯切れの悪そうな皇帝陛下に私たちは疑問符を浮かべ、顔を見合わせる。

「ルーン嬢に、謝罪と礼、そして頼みがある者がいてな。通してよいか?」

どう告げるべきか悩んだようだが、結局当人に任せることにしたようだ。

「そうですか。もちろん構いません」

扉の向こう、そわそわと待っている者が一人。

謝罪に礼、さらには頼み事となれば、おおよその予想はつく。

「入れなさい」

皇帝陛下の言葉を合図に、兵たちが扉を開ける。

そこに少女が転がるように飛び出して、流れるように綺麗な土下座をした。

さすがに予想外の行動に驚く。

「この度は、我が国の事情に巻き込んでしまい、誠に申し訳ございません。私が不甲斐ないばかりに、救ってくださったことも聞きました。本当にありがとうございます」

彼女――――元第一皇子の元婚約者―――シェリー様は物凄い勢いで捲し立てた。

「そして、決まったことに差し出がましいことですが、お願いがございます!!」

そのお願いとやらは大体予想はつく。

それだけ彼女も切羽詰まっているのだろう。

「彼の、アレックス様の減刑をお願い致します……!!」

「無理です」

しかし、私はあっさりとそれを拒絶する。

顔を上げた彼女の顔は絶望に染まっていた。

「あなたが、元第一皇子を大変慕っているのは理解しました。あれほどの仕打ちを受けてもなお、慕い続けるということは、私には理解できませんが、貴女の気持ちですから。しかし、決められた刑罰を覆す権利を私たちは持ち得ません」

そもそも他国の話だ。

刑について参考程度に、と請われたので希望を述べはしたが、それを元に皇帝陛下らが決めたのであれば、私たちにできることは何もない。

「それから、貴女は魔女になる、というものをよく理解すべきです」

「…………っ」

とはいえ、一度はなりかけたのだ。その恐ろしさは身を持って理解しているだろう。

「貴女は魔女に堕ちかけましたが、奇跡的にならなかっただけです。あらゆる条件がそろって辛うじて成り立った奇跡です」

淡々と私は告げる。

「魔女に堕ちるのはその人のせいじゃない。周囲の心ない言葉や行動のせいで、決して許してはならないの。実際に手を下すのが魔女だとして、そうさせたのは魔女に堕とした人たちなの。貴女は、あの元皇子のせいでそうさせられそうになったのよ。そのときその罪を償うのは結局貴女だわ」

私はすっと立ち上がって、彼女の元へ向かう。

「そして、あなたが真っ先に殺すのは元凶となった元皇子で、そのあとは周囲の人間を無差別に殺すでしょう。そこにはきっと、貴女のご友人も、ご両親も含まれるでしょうね」

「…………っ」

「たとえ、生き残ったとしても謗りを受けるのは貴女のご家族や近しい者たちでしょう」

そして、怯む彼女に構わずその頬を両手で挟んでこちらへ向けさせる。

「魔女となり、誰かを殺せば、それはもう魔女の罪となります。魔女に堕とした者たちなど、とっくに死んでいるのですから、償わせようもありません」

真っ直ぐに彼女の濡れた瞳を見据える。

「いいですか。ここで減刑をして御覧なさい。ただでさえ、前例のない事象の中、ここを起点にするのです。これを元に皆動くのです。それが前例です。今回、被害者からの要望だから、と減刑したとして、次はどうなるか分かりますか?その減刑にどれだけの人が納得できるでしょう?」

「―――――っ」

「元皇子の婚約者であったのなら、その程度理解しなさい。私情で動くのは減刑ここではありません」

「っ、申し訳、ありませんでした………」

彼女は再び深く頭を下げると、すっくと立ち上がって、皇帝陛下と皇妃陛下に向かって綺麗なカーテシーをする。

「皇帝陛下ならびに皇妃陛下、この度はご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした。そして、私の我儘を聞いてくださり、ありがとうございます」

その様は、確かに立派な淑女だった。

「それから、サンライト国王太子殿下、帝国来訪の折に、お目汚し大変失礼いたしました。ルーン公爵令嬢様」

最後に彼女は私の顔を真っ直ぐに見た。

「改めて、命を救っていただきありがとうございました。貴女様のアドバイスのおかげで、己が何をすべきか、ようやく目が覚めました。私なりに頑張ってみようと思います」

「大したことはしていないですわ」

ふ、と穏やかに彼女は、穏やかに笑って、再度礼をして退出していった。

「さて、実は本題がもう一つあるのだが」

私が座り直すと、皇帝陛下はそう切り出した。

(どちらかといえば、そちらが本題でしょうね)

正直、先ほどの処罰の報告も、彼女の嘆願も、皇帝陛下が出張るほどの用ではない。

「昨日、そなたらが行ったこと。それの説明を改めて頼む」

まずは、その説明からする必要があるだろう。

「もちろんでございます。前もって、魔女であり、私が所有します少年を連れて行くことをお伝えしたかと思います」

皇帝陛下が頷く。

「正直、興味本位で始めたことではございます。魔女を、人間に戻せないかと」

「ああ、実に興味深い話だ」

「今まで魔女とは、殺すしか選択肢がありませんでした。しかし、戻すことが出来れば、そもそも魔女に堕とさないことも可能、となります。もちろん、魔女に堕ちる原因はある程度判明しております。しかし、そう簡単にはいかないのが人間関係です」

私はブラウンを手招きで呼び寄せる。

彼はすぐにやってきて、私の横に立つ。

「彼がその魔女です。医療などで使う、疾患を見つけるためのスキャン魔法で彼の身体を見ると、黒い靄が全身を蝕んでいました。しかし、それらは魔力を流すことで消えていきました」

つまり、と続ける。

「魔女とは魔に魅入られた者。その黒い靄が魔だったのでしょう。そうなればあとは取り除くだけですが、残念ながら彼の場合は深く根を張っているため、今は様子見をしているところです。こればかりは彼の心の問題ですので」

「なるほど。無理矢理引き抜くとどうなる?」

「おそらく死にます。生きていたとしても、心が死ぬでしょう。それくらい魔は心臓辺りに根付いて、複雑に絡みついています。さすがにそこまではおいそれとは手が出せません」

そう告げると皇帝陛下らは息を飲んだ。

「シェリー様の場合、定着する前に抜くことが出来ましたので、問題ありませんでした。そして、この瓶の中に封じているのが、シェリー様を魅入ろうとした魔です」

「っ、それを―――――」

「残念ながら、これをお譲りすることはできません」

乗り出した皇帝陛下の言葉を遮る。無礼ではあるが、これはさすがに簡単に譲るわけにはいかない。

「理由は2つあります。まずひとつ、これは私が捕まえた、私の戦利品になります。他国のことであっても、手に入れたのは私です」

とはいえ、魔の研究はどの国でも進めたいもの。魔女はそれくらいこの世界にとって、大きな災害なのだ。

防げるものなら防ぎたいだろう。

「もう一つは、我が国ではブラウンを捕まえたことで魔についての研究が進み、そのための設備が充実し、安全面にも十分に考慮されています。正直、我が国ほど魔の研究が進んでいるところはないでしょう」

そう告げると、皇帝陛下は口を噤んでしまった。

ですが、と言葉を続ける。

「情報を秘匿するつもりはありません。魔女や魔というものは大昔から脅威であり、世界で対処すべき重大な問題です。加えて、この魔を捕まえたのは確かに私なのですが、この魔に魅入られたのはこの帝国の令嬢です。このままお渡しするには危険性が高いので、できませんが、我が国へ帝国の研究員を送る、ということであれば、歓迎いたします」

もちろん、諸々の調整は必要だし、帝国側でも選定の時間が必要だろう。

皇帝陛下がなるほど、と言ったように表情を綻ばせた。

「その通りだな。危うく我が国の者を危険に晒してしまうところだった」

すぐに選出する、と皇帝陛下がおっしゃったので、これで良いだろう。

もちろん、国王陛下や防衛大臣辺りにも報告して、根回しをして、研究所において迎え入れる準備をしなければならない。

魔に関することは私も魔女を所持している身として、ある程度は口出しできる。というか、むしろ私が情報提供しまくっているので、この程度の融通は利くだろう。スポンサーもルーン公爵家だし。

「この魔も含めて我が国で、存分に調べてください。そして、研究成果についても、お持ち帰りいただいて構いません。他国への開示も」

「ほう、太っ腹なことだな」

「先ほども申しましたが、魔や魔女については世界で対処すべき問題です。これは災害でもあります。そのため、これはどこが早く情報を得るか、については競争しても良いかとは思いますが、その結果を秘匿することは世界にとってマイナスにしかなり得ません。おそらく魔は、人間がいる限りどうあがいても消えることはないでしょう。それならば、その対処を、どう防ぐかを、全世界が知っているべき事柄です」

キッパリと告げると、皇帝陛下は満足げにオーウェン様を見た。

「妻からも聞いていたが、貴殿はとても優秀な婚約者を得たようだ」

「はい、自慢の婚約者です」

皇帝陛下とオーウェン様が笑い合う。

「私が彼女を選び、彼女が私を選んでくれて良かったと心から思います」

「ふ、それは何よりだ」

その後は、今回の騒動に対する細かい調整を行い、ひとまず解決に向かうのだった。

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