第16話

魔物の大量発生、それを殲滅して数日が経った。

魔女出現の調査もあり、魔物の大量発生の調査は後回し気味らしい。というのも、大量発生と言っても、他の班から話を聞くと、帰り道は全く遭遇しなかったらしい。つまり、魔の森にいたほとんどの魔物がこちらに集まっていたと言うこと。ナーシャ様たちを追いかける素振りがなかったので、目当ては私だったのかもしれない。

だが、物証がなく、無事だったということで、カルム様もウォリス様も気にしてないと言ってくれた。

「あら、ついに?」

「ええ、私たちも」

「ようやく、といったところですけれど」

穏やかな日曜。

今日は久しぶりにトリニティ様とミア様と一緒にお茶会をしていた。

今日は二人がそれぞれ婚約したという報告を聞かせてもらっていた。

「まあ、お父様がだいぶ渋っていたのですけれど」

「あら、うちもですわ」

クスクスと笑いを零す彼女たちは本当に幸せそうだ。

「お二人とも良縁に恵まれたようで良かったですわ」

「ふふ、ありがとうございます」

「今度ご紹介させてくださいね」

トリニティ様もミア様もニコニコと笑顔でそう言ってくれたので、「楽しみにしていますわ」と返した。

ここのところよく婚約した、という話を聞くようになった。オーウェン様が私と婚約したのを皮切りに。

トリニティ様はザック・キック・テイラー侯爵令息と、ミア様はエゼキエル・ザゼ・ギャレット子爵令息と婚約した。

ザック様は一つ上の好青年だ。Sクラス所属なので、顔だけなら見たことがある。彼は優秀だが、次男なので家を継ぐことは今のところないだろう。彼は宮廷魔導士となって身を立てるつもりだっただろうが、トリニティ様は一人娘なのだからラインハルト辺境伯家に婿入りすることになり、そのままラインハルト家を継ぐことになるだろう。騎士の家系でもあり、Sクラスで優秀な成績を残しているところからもなんとかラインハルト辺境伯のお眼鏡に適ったのだろう。

エゼキエル様は、ミア様より一つ下で、家格も下だが、彼女には兄がおり、跡継ぎ問題はない。政治に関して現アーシュレイ侯爵が野心的でないのもあって、ミア様は自由に結婚相手を選べるだろう。もちろん流石に相手は貴族に限るだろうが、子爵令息なら多少家格が低いと言っても問題はないだろう。

「次の舞踏会ではお二人がお相手と踊られるのね」

「ええ、ちょっと楽しみですの」

運動神経が良く、運動が好きなトリニティ様はわくわくとした様子で言った。

「私は、ダンスは苦手なので、あんまり……」

「あら、それこそ婚約者様がしっかりリードしてくださるのでは?」

反対にミア様は不安そうにしたが、そう告げると彼女は顔を真っ赤にした。

そんな風に他愛のない話をして、冬の気配を感じ始めた晩秋の1日を過ごした。


* * *


それから大きな問題なく、日々を過ごした。

学園内の結界装置は、大幅に見直され、しばらくそれで様子を見ることとなった。今のところはそれで問題なさそうだ。

そして、願い出ていた魔女の身柄についてだが――――

「御機嫌よう」

「………ども」

目の前に立つのはあの時の魔女の青年だ。とはいえ、見た目だけでは女性のようなので、青年というのが正しいのかは不明だ。

「今日からあなたは私の所有物となります。人に危害を与えそうになった時点で私が処分します。絶対に人に危害を加えないこと、そして疑われるような行動はとらないことです。良いですね?」

「……それは、何があっても?」

じろりとねめつけられたが、怖がると思うのだろうか?

「何があっても、よ」

「正当防衛の可能性は?」

「ないわ。どんな理由であれ、相手が悪いとしても、死にそうになっても、攻撃した時点であなたを処分する。あなたに人権はないのだから」

「………」

彼は不満を思い切り露わにする。

「あなたが今、生きていられるのは私の気まぐれが通っただけよ」

そう、彼の命は完全に私が握っている。

私の気まぐれが、学園長と国王陛下から許可が下りただけだ。

(ま、それも卒業まででしょうね)

オーウェン様と結婚し、王族の仲間入りとなったら、私が彼の所有権を維持し続けることはできないだろう。1年と少しの期間で彼を人間に戻す、もしくはその取っ掛かりを見つけなければならない。

「不満なら今ここで殺すわ。私の研究に協力してくれるのであれば、あなたの所有者としてあなたを守るわ」

「……分かった、いや、分かりました。あなたに協力します」

「いい返事ね」

彼の言葉に私は満足げに笑う。

「では、まず初めに、あなた名前は?」

「名前………?」

「人間だったときの名前はないの?」

「…………………………ない」

たっぷりと時間をかけて彼は考え込んでいたが、思い出せなかったようだ。

「そう、じゃあ何か名前をつけるべきかしら」

ない、ということは親につけてもらえなかったか、または忘れているかだが、彼の険しい顔からつけてもらえなかった可能性の方が高いだろう。

「どんな名前がいいかしら?」

「変じゃなければなんでも……」

何がいいかしら、と彼を見る。

魔女の青年は、すらりと背が高く、痩身に見えて意外と筋肉はついているようだ。それが魔女になったからなのかは不明だが。

彼は深紅の瞳に漆黒の長髪をポニーテールにまとめている。その肌は病的なほどに真っ白だ。赤みがかった瞳を持つ者はそれなりにいるが、これほど鮮やかな深紅の瞳は魔女の特徴の一つと言われている。とはいえ、幻覚魔法などを使えばいくらでも誤魔化せるので、普段の見分けに役立つかというと微妙なところだ。

「あなたの髪の色も人間の時とは違うのよね?」

「そう、だと思います。自分の姿を見たことはないが、髪は茶色だった気が、します」

たどたどしい口調で彼は答えた。

「うーん、それなら人間に戻ったあとも使える名前が良いかしら」

「お任せ、します」

彼は視線を彷徨わせる。

「OK、じゃあ今日からあなたはブラウン、ね」

安直だが、人間だったときが茶髪だったというのであれば、それにちなんだ名前が良いだろう。

「ブラウン………」

「今ならまだ変更を受け付けるわよ?」

安直すぎる自覚はある。嫌だと言うのならまた違う名を考えるだけだ。センスがあるかは不明だが。

「いえ、その名がいいです」

そう言って、彼―――ブラウンは頬を緩めた。

笑った、と言うにはぎこちないが、まあそんなものだろう。最初なんだから。

「そう、よろしく。ブラウン」

にこ、と笑って手を差し出す。

(あ、でも握手なんて習慣ないかしら)

自然と握手を求めてしまったが、案の定彼はオロオロとしていた。

「これは握手と言って、あなたの左手を私と同じように出して?」

「こうか………?」

彼は戸惑いながらも左手をおずおずと差し出した。

「それをこう握るの」

私はそれを自分の右手で握る。

「あくしゅ………」

ぽつりと零しながら、ブラウンは握り返してくれた。

「よろしくお願いしますって言う挨拶の一種ね。必ずするものではないけれど、こうやって求められたときは応じてあげて。もちろん、嫌じゃなければ、だけど」

「わかりました」

手を離すと、ブラウンは何か感動したように握手をした左手をじっと見ていた。

「あなたが相手と仲良くしたいと思ったらもちろん、求めて良いわ。けれど、相手が応じてくれるとは限らないから、それは心に留めておいてね」

「はい」

ブラウンが頷いたのを見て、私は本題に入る。

「じゃあ、色々と実験してみましょう。魔女が人間に戻れるのかどうか」

実験という言葉に彼は体を強張らせたので、思わず苦笑する。

「身体を切り刻んだりはしないわよ」

「え?」

「残念だけど、その手の知識も技術もないの。それなのに、わざわざそんな非効率的なやり方を取るわけないでしょう?」

そう言えば、彼はホッと安堵したようだ。

「全く、失礼しちゃうわ」

「すみません………」

気まずげに視線を逸らすブラウン。

「まあ、いいわ。とりあえず、魔女の身体がどうなっているか、見させてもらうから、そのまま動かないで」

「えっ」

「治癒魔法関連で、スキャンするのよ。骨格とか筋肉とか内臓が見えるって感じ?透視とも言うのかしら?」

「それ、身体を切り開くのとそう変わらないんじゃ……」

「変わるわよ。言ったでしょ、知識と技術が必要だって。だから無理よ」

「そう、ですか………」

「それとも痛い方が良かったの?」

「いいえ!!」

ブラウンは物凄い勢いで首を振る。勢い余ってもげそうなくらい。

「やらないわよ」

私は肩を竦めた。

キチ、と魔法を発動させる。以前、ナーシャ様の怪我の具合を見たときと同じものだ。

「うわ、どす黒っ」

思わず声を上げる。

彼の身体は全体的に黒い靄に覆われていた。特に心臓部と脳が他の場所より黒い。

「これが魔かしら………?」

すっと目を細める。

そこで、無意識に手を伸ばしていることに気付く。

(いきなり心臓のに手を出すのは危ないわね)

伸ばしかけた手をブラウンの腕に移動させる。

「あの………?」

「大丈夫、大人しくしていて」

そう言って、彼の困惑を一旦無視する。

彼の左腕に自分の魔力を流すと、すっと黒い靄が薄くなる。

(ほほう~、なるほど?)

こんなにすぐにきっかけを発見できるとは、幸先が良い。

「まずはこの真っ黒い靄をどうにかすることからね」

ほとんど独り言のように言って、手を放す。

すると、黒い靄はすぐに左腕を覆った。

(けれど、さっきよりは薄くなったような気もするわ)

これは繰り返す必要がありそうだ。

「よし、しばらくの方針ができたわ」

そう言って困惑したままのブラウンを見据える。

「方針?」

「そう。あなたを人間に戻すにあたってどうするか、何から始めるかって話よ」

そう言って、ブラウンの身体の説明を簡潔にする。自分が今したことと、その結果の変化もきちんと伝えた。

「理解できたわね?」

「一応は………」

「OK、じゃあそういうことで。今日は初日だし、ここまでにするわ。ところで、住む場所とかは何か言われている?」

「えっと、学園関係者用の寮の一室を貸してもらえると………」

「そう。場所はちゃんと聞いたかしら?」

そう問いかけると、彼はこくんと頷いた。

「じゃあ、初日だし、一緒に行きましょうか」

不安そうなブラウンにそう言うと、彼はぱっと顔を明るくした。

「ありがとうございます。少し、不安だったので、嬉しいです……」

そう言って彼は微笑む。

(わあ、流石魔女……。美形の微笑みは眩しいわ……)

思わず目を細めてしまうが、すぐに気を取り直す。

私も美形の部類に入るとは思うが、それは人間の中での話で、魔女とは比べ物にならないだろう。

「では、行きましょうか」

「はい。えっと……あっ」

返事をしたにもかかわらずすぐに声を上げた。

何だろうと振り返る。

「あの、なんとお呼びしたら良いでしょうか………?」

最初の不遜な態度からだいぶ丸くなったなあとまるで親のような気分で思いながら、私は穏やかな笑みを自然と浮かべた。

「呼びやすいようにどうぞ。ああでも、呼び捨てはだめね」

「わかりました。………お嬢様」

「それでいいの?」

少し悩んで彼が呼んだのは使用人のようだった。

「かまいません。俺はあなたの所有物なのでしょう?ご主人様、も考えましたが、お嬢様が嫌がりそうな気がして、俺もしっくりこないというかそんな感じだったので………」

「ふ、ありがとう。気遣ってくれて。あなたの呼びやすいようにどうぞ」

魔女特有の残忍性が鳴りを潜め、彼の本来の人柄が垣間見えたようだった。

(まあ、そうなるように対策したからなんだけれど)

彼には文字通り首輪がはめられている。

「それ、息苦しくても絶対外したらダメよ」

「はい」

すっと落ち着かないのか首輪を撫でるブラウン。

彼のつけている首輪は、昔私が自分用の魔道具の参考に買ったものだ。あんな雑な魔法陣は削除してあるが、代わりに刻印したのが―――――

「寝るときも、お風呂入るときも、ぜっっっっっっっったい外したらダメよ」

「はい」

何故なら、その首輪に魔力吸収、魔力転移、そして感情鎮静の3つの効果を付与してある。

ブラウンが今穏やかなのは、感情鎮静の効果だ。これは精神魔法に関係するもの。魔女特有の精神汚染や魅了と同類の魔法。要するに対象を落ち着かせる魔法だ。そのおかげで彼の残虐性は抑えられ、理性的に思考ができている。そのため、ブラウンは今正しく自分が男だと認識することができ、襲撃時とは口調が異なっているのだ。加えて、敬語を使うという思考も働いている。

(精神は肉体に引きずられる。彼が女性の言葉遣いだったのも魔女となったせい。見た目が女性側に寄ったから、それに自然と引きずられた)

そして、魔力吸収と魔力転移は二つで一つだ。何故かと言うと、吸収だけだと吸い取った魔力の行き場がない。魔道具の中に貯めて置ける量は限りがあり、魔女であるブラウンの魔力量は計り知れない。そのための転移。転移先は新しく作ったブレスレットの魔道具。私がそれを身に着けて、自分の魔力ではなくそこから魔力を使用する。量によっては常に魔法を使う必要があるかもしれないが、自分の魔力ではないのだから、そう疲れることはないだろう。それでも溢れるとは思うので、ブラウンが身に着ける魔道具に一定量溜まってからブレスレットに転移する。そもそもその転移が発動するのだって魔力を消費する。

私が昔からつけている魔力を抑える魔道具はカギをかけるようなもの。だから、魔力消費はない。けれど、彼の魔道具は常に発動状態。それでブラウンの魔力を削りつつ、それでも余る分は転移で消費しつつ、私が使用する、という寸法だ。

以前悪夢のせいで暴走しかけたときから考えていたものだが、正直ブラウンと私、二人いるからこそ成り立っているに過ぎない。

「その魔道具を外した時点で、私はあなたを処分するわ。いいわね」

「はい」

やがて、彼がこれから住む教職員用の寮に着く。そこの寮監から注意事項や決まりなどを一緒に聞いて、問題なさそうだったので、今日はそこで解散とした。

「じゃあ、また明日。昼休みに来るわ」

「はい、お嬢様。おやすみなさいませ」

「ええ、おやすみ」

まるで本当の主従のように会話をしてから、私は女子寮まで帰った。


* * *


それから毎日、昼休みや放課後のわずかな時間を使って、ブラウンの身体に魔力を流し、黒い靄の様子を観察した。

そうしていると、やはり全体的に薄くなっていき、彼の体の構造がようやくよく見えてくるようになった。今までは全て黒い靄に覆われていて見ようにも見えなかった。

魔道具で魔力を吸う、という行為も靄を薄めるのに一役買ったようだ。

(やっぱり魔女と化すのは魔力の有無が関係してくるのね)

過去の記録から、魔女の多くは魔力を持たない平民が多かった。それが魔力を持つ貴族の中からも出るようになったのは、平民も当たり前に魔力を持つことが増えたからだ。母数に対しては未だ少ないが、恐怖され忌避されることはなくなった。それくらいの時間は経っている。それでもある種魔女となる者の条件は同じ。魔力を全く持たないか、持っていてもわずか―――気付かないほどわずかの量か。

(けれど、魔王は違う)

記録にはない。けれど、恐らく王族は知っているのだろう。そして、これはトップシークレット。誰にも言ってはいけない。外に漏らしてはならない。たとえ、魔王が現れたとしても言葉に、声にしてはならない。

それほどのこと。

(そして、私もまだ知らないフリをする必要がある)

私がそれに気付いたのは偶然だ。実戦演習での魔物殲滅のあとに見た悪夢。

恐らくあの悪夢は、乙女ゲームで悪役令嬢が婚約破棄をされ、断罪された後の話だろう。

いくら死んだあととはいえ、王に値する魔が選んだ器は魔力を多量に持っていた身体。

魔の王はおそらく元々が強大。それに耐えられる肉体はそうない。そして、条件の合致する器とはつまるところ、頑丈であること―――膨大な魔力に耐えうるかどうか。

きっとこれまで魔王となった者たちは魔力を多く持っていた。そして、それだけ国の役に立っていたはずだ。

(いや、大抵そういう人は嫉妬や僻みの対象となる)

そして、身分が低ければより風当たりは強くなる。

だからこそ、魔に堕ちる。

強く技術もあるのに、平民というだけで虐げられる。それに心折れない人間などいない。どれほど足掻いても、努力しても、全てが踏み躙られる。全てに絶望し、全てを恨んだとき、魔女は、魔王は生み出される。

簡単な理屈だ。

だから王族は隠す。魔女は魔に魅入られたから、魔王は数百年に一度の周期で顕れる。それだけを民には伝えて。

だって、これは恥だ。

貴族をまとめることができていないという。

だって、これは瑕疵だ。

民を大事にする気がないと言っているのと同じだという。

故に秘められた。

国にとって役立つはずの人材を、見出せず、守れず、救えず、結果国を危険に晒した王族になど価値はない。

勇者の血を引いていると言っても関係ない。何故なら、既に勇者の血は薄れ、王族からは現れず、取り込むことでなんとか保っているだけのハリボテ。

(仕方ないことだけどね。政治とはそういうものだし、なんだかんだ平民たちも王侯貴族に守られているのだから、文句を言う権利はないわ。まあ、碌に責任を果たしていない場合は好きに言えばいいけれど)

屑はどこにでもいるのだから。

(まあ、それ故王政が終わるのも真理なのだけれど)

秘密とはいずれ暴かれるもの。

王族が隠しているであろう、とっておきの秘密だ。

きっと最悪のタイミングで暴かれる。

(まあ、それをどう収めるのかはそのときの王様次第ね)

結局そのときの為政者がどうするかで、変わるのだろう。

優秀な王様なら暴かれそうになるのを事前に察知して、被害を最小限にするために先にその秘密を公開するだろう。それだけで混乱は避けられる。

それで王政が終わることはあっても、王族を皆殺し、なんて馬鹿で愚かで誰も幸せにならない事態は避けられる。

「次の段階に移るわ」

「次の、段階………?」

私が以前からコソ練のときに使っていた場所で、ブラウンにそう告げる。

「ここしばらく魔力を通して体内にある黒い靄を晴らしていたけれど、やっぱり根本的な解決には至らない。継続はするけれど、次の方法を考えるべきだわ」

「わかりました。それで、次はどうするか決まっているのですか?」

「とりあえず、身体的構造は人間と変わらないようだけど、それで顔や肉体が変化するのは不思議だわ。だから、あなたが人間だったときの話を聞きたいわね」

「俺の………?」

眉を顰めるブラウンに私は気にせず不敵に笑う。

「そうよ。物心ついた時から魔女に堕ちた時まで全て」

「…………」

ブラウンの顔から表情が抜け落ちる。

「あなたは私の所有物。逆らうことは許さないし、許されない。今日のところは黙秘を認めてあげてもいいけれど、いずれは聞き出すわ。つまり、黙り続ければ協力する気なし、と見做して、処分するわ。またいずれ魔女はまた現れるもの」

「…………………………今日、は黙秘する」

ぽつりとブラウンは答えた。

その瞳の奥には憎悪の炎が燻っていた。

「いいわ。冷静に話してもらう方が有難いし。で、いつ話す?」

いつまでも待てるわけではない。時間は有限。私が卒業するまでなのだから。

「明日……いや、明後日には話す」

「……いいわ。明後日、また聞くから」

魔女に堕ちる者は総じて憎悪、または悲しみ、恨み、怒りといった感情に囚われている。仕方ないとも言えるが、残念ながら今はそれどころではない。故に、私は彼の心を暴く。ある種、その憎悪は、悲しみは、恨みは、怒りは、彼が人間であったという証明だから。

「じゃあ、今日はいつものだけをやるわ」

そう言って、私は彼の腕を取った。


* * *


その後、教室に戻る途中、オーウェン様に会った。

「やあ、リア」

「御機嫌よう、オーウェン様」

いつものように挨拶をしたら、どうやら私を迎えに来てくれたらしく、一緒に教室に向かう。

「実験の進捗はどうだ?」

どこか不機嫌そうに聞かれて、順調だと答える。

「何かご不満でも?」

なんとなく不満の理由はわかるが、彼の口から聞きたいと思った。

(だいぶ毒されているわね)

ふ、と内心で自嘲する。

「魔女とはいえ、君が男と過ごすから」

「嫉妬ですか?」

からかい交じりに言えば、彼は真剣な表情で頷いた。

「当たり前だ。大切な婚約者が、他の男と時間を共有するなど、面白くないと思うのは当然だろう?」

「では、これからはオーウェン様も来ますか?」

「は?」

オーウェン様は思わず足を止め、きょとんとした顔で私を見る。

「国王陛下から許可をいただいていることです。疚しいことは何もありませんし、王太子殿下が知っていても問題ありません。今までにない実験なので、手探りではあります。そのせいで多少彼と接触はしていますが、」

「接触!?」

「いえ!!私の言い方が悪かったですわね、腕をつかむ程度ですわ!!」

彼がぐっと顔を近づけてきたので慌てて訂正する。

「そうか……。まあ、それくらいなら……」

渋々と言った様子で、オーウェン様は身を引く。

「明日からの昼休みは一緒にいたい」

そして、ぽつりと零した。

「ええ、もちろんです」

それににっこりと笑って答えると。オーウェン様は破顔した。

「あ、でも明後日は遠慮してくださいね」

「何故だ」

ふとブラウンの過去を聞くことを思い出してそう釘をさす。

「彼の個人的な、とってもプライベートな話です」

にこりと笑顔で告げれば彼は渋々引き下がった。


* * *


そして、翌々日。

「さ、話しなさい」

「あ、はい………」

有無は言わせない。

ブラウンは、話している内に敬語でなくなることを前もって告げ、謝罪してから話し始めた。

もうどれほど前かも不明な過去を。

「物心ついたころ、ぽいって捨てられました。たぶん森の中。男と女が言い争いながら、女が僕の手を引いていて、突然投げ飛ばされた。ごろごろ転がって、それから周りは真っ暗になっていた。気を失っていたのか、ただ記憶がないだけかは知らない」

記憶の欠落は、幼少期それも物心ついたばかりであれば仕方がないだろうが、話を聞く限り転がされた拍子に頭を打って意識を失ったのだろう。

その衝撃でさらに記憶が曖昧なのかもしれない。

「今思えば僕を捨てに森に行ったのだろう。親、だったと思う男女を探してしばらく彷徨った」

「そう」

幼い子供が森で生き残れるわけがない。小さな足で歩き回るのも限界がある。

「そうしていたら、不意に怖くなった。薄暗い森、動物たちが動き回る音、風で木々が揺れる音、あらゆる音が怖かった」

恐怖。

それは当時の彼にどれほど大きく感じたのだろう。

「そうしたら、哀しくなって、怒りが湧いてきた」

当たり前の感情だろう。

そして、そこを魔に魅入られた。

「そのあとはよく覚えていない。ああ、でも―――――」

彼はどこか遠くを見た。

「どこか覚えていないけれど、真っ赤になっていた。赤くて、赤くて――――」

「ブラウン」

呼びかければ、ブラウンはハッと我に返って、私を見た。

「あの赤い、のは………」

「血でしょうね。あなたが誰かを殺した、ということよ」

「そう、か……僕が………」

どこか他人事のようだ。

「魔女はまず、復讐をする」

私はここ最近で調べ尽くした魔女の経歴、その特性を告げる。

基本的に魔女は謎に包まれている。膨大な魔力を持つこと、残虐な性格、そして堕ちるきっかけ。わかっていることはそれくらいであり、正直それらも曖昧だ。

けれど、過去の記録から魔女の行動はなんとなく理解できる。どれもこれも、魔女に堕ちた者と家族や友人、恋人など何かしら関係があるからだ。堕ちるきっかけを思えば、何故なのか想像はつく。

「必ずではないかもしれない。けれど、チカラを得た者がとる行動は、総じて同じようになるわ」

期待からの失望、喪失、裏切り。

絶望したら復讐へ、そして――――身の破滅。

別にそれが全てじゃない。例外はあるだろう。

(けれど、多くはその終わりを迎える)

純粋な力だろうと、権力だろうと、分不相応なチカラを持てば、人はいつかその身を滅ぼしていく。貴族の没落であれ、平民の死であれ、等しく終わりだ。

そして、現状彼は復讐を果たしている。今、ここにいなければ彼はとっくに死んでいた。これからも破滅の可能性は残っている。

「あなたはいずれ自分の犯した罪を償う。魔女は等しく死を与えられる。けれど、人間に戻ったのなら?」

「………っ」

ブラウンは息を飲んだ。

「人間が罪を犯したら、裁判にかけられて、それに合った罰を与えられる。この国に死刑は存在しない。けれど、国外追放だとか、島流しとか、実質の死刑は存在する。魔女は人間じゃないから、その危険性から原則その場で殺さなくてはならない」

「は、結局僕は死ぬんですね」

「いいえ」

彼の言葉を私は即否定する。

そんなことはさせない。

「あなたは人間に戻る。もちろん裁判はかけられるだろうけれど、あなたが死ぬことにはならないわ。魔女を人間に戻す、という前代未聞の実験。それにあなたは協力的。その第一号なのだから、減刑の理由には十分でしょう?」

ブラウンはぽかんと口を開けて固まった。

「あなたは死なないし、その後の生活も私が保証するわ。未来の王妃たる私がね?」

にやりと不敵に笑えば、ブラウンはその場に崩れ落ちた。

「ぼく……僕は………っ」

嗚咽を漏らす彼を私はただ黙って見守った。

「ぼくは人間に、戻りたい……っ」

それは確かな願いだった。

「それで、僕はっ、あなたの役に立ちたい……っ」

「そんなことは気にしなくていいのよ」

「いいえ、いいえ………っ!!」

彼は濡れた瞳を私に向けた。

「ぼくが、そうしたいんです………!!!」

それは、彼が初めて将来を考えた、願った瞬間だった。

人間に戻ったとき、その先を考えられないのなら、彼はきっと近いうちに死ぬだろう。体が生きているだけの心が死んだ屍と化すだけだ。

そんなもの、長生きできるわけがない。

「いいわ、期待している。でも、私に囚われる必要はないからね」

そう言って笑えば、ブラウンは涙で濡らした顔でくしゃりと笑うのだった。

冬が、近付いていた。

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