第39話
「山麓の洞窟」に向かう山道。
ガンツから「ランクアップを」と命じられていたこともあり、魔獣と戦闘になる度に「討伐の証」を採取していたミハルだったが、今日何本目だか分からない
の角を手にして、さすがにうんざりしていた。
保存袋に放り込んで袋の口を閉めると、中で角同士がひしめき合い、ガシャリガシャリと耳障りな音をたてる。
そんなミハルに、ライトが苦笑いしながら声をかけた。
「…疲れたか?」
「!…ううん、大丈夫…」
子供じみた振る舞いが少々恥ずかしくなって目を伏せる。
出現するのは下級魔獣ばかりで、体力や魔力はたいして消耗していない。だが、数が多い。
経験豊富なライトはそういったことにも慣れているのだろう。襲ってくる魔獣を淡々と捌いている。
「…増えているな」
「うん。ダレイさんが、言ってた通り」
「ああ。だが予想以上だ」
この山道は、以前は村人達が素材の採取に来るほど魔獣の出現自体が少なかった。それなのに、今日は小型の魔獣が頻繁に現れている。
ミハルが角の採取にうんざりしていた
「…ミハル」
やっと洞窟の入り口が見えてきたところで、ライトが立ち止まった。林の向こうに鋭い視線を向ける。
少し遅れてミハルも不穏な気配を感じ取り、同じ方向に目を凝らす。
生い茂った低木がガサガサと揺れた。黒い影…魔獣だ。大きさは先程までの小型魔獣とは比べものなならず、しかも1頭ではない。
「ウルフ…いや、ダイアウルフか…」
ウルフよりも大型で、通常であればもっと深い森の奥に生息する魔獣のはずだ。
「
ダイアウルフは次々と数を増やし、十数頭程の群れとなった。獲物を横取りされた怒りからか、相当興奮しているようである。より大きな獲物を見つけた喜びかもしれない。どっちにしろ魔獣の表情など読めないが。
低い唸り声を発しながらこちらを睨むように頭を下げ、動きを止める。飛びかかるタイミングを図っているのだ。
ミハルは手のひらに魔力を集中させた。
ライトの方はゆったりとした動きで手にしていたナイフを鞘に納めている。先程小型魔獣の急所をつき、そのまま解体に使用していたナイフだ。
うなり声が次第に大きくなっていく。
「面倒だな…」
軽く舌打ちをしたかと思うと、背中の大剣を引き抜いて駆け出し、大振りな、しかしとても早い一振りでダイアウルフ達をなぎ払った。
魔獣の多さに苛ついていたのは、どうやらミハルだけではなかったらしい。
ライトの大剣から運良く逃れた数頭も、ミハルの攻撃魔法で仕留められた。牙と爪を採取してミハルは袋の口をきつく縛りあげる。
ダイアウルフの群れが一掃されると、それに追われていたらしい小型魔獣も鳴りを潜めたようだ。
ようやく「山麓の洞窟」の入り口を前にする。
「これは…一段と…」
ライトが表情を軽くしかめる。
「うん…」
入り口から漂ってくる空気は、魔素の濃度がかなり高まっているようだ。
「…これが魔獣活性化の原因?」
「そうだろうな」
洞窟は立ち入りを禁ずる立て札や縄が一切取り払われている。遮るものがないその入り口は、以前よりもより大きく、より暗く見えた。
(まるで、地獄への入り口だ)
ミハルは、ぞくりと背筋に冷たいものを感じた。
「山麓の洞窟」は、魔素だまりが作り出した空間の歪み、つまり「迷宮」だ。
魔素だまりができるということは、この辺りはそもそも魔素の循環が悪い。その上、洞窟という閉塞的な空間が、魔素をさらに滞らせている。それは、流れの悪い池沼が徐々に澱んでいくのと同じだ。
「『澱み』…」
「ああ…考えたくないが」
ライトがさらに眉を寄る。そして、自らの経験を踏まえ、断言した。
「内部で、瘴気が発生しているな」
ダレイはそれに目をやられたのだろう。
その言葉にミハルは、忘れかけていた大災害を思い描いた。
「
迷宮内では魔獣が無限に湧く。それが瘴気によって次々と狂化したら。歯止めの効かなくなった狂化魔獣達が、洞窟から溢れ出したら…。
「事態は思ったよりも深刻だな」
「うん…ギルドに報告して、応援を要請しよう」
ライトが洞窟を眺めてため息をついた。
「『要人の捜索』どころではなくなったな」
「…」
(…オーマの生存は絶望的だ)
ダレイの言葉から、オーマが「山麓の洞窟」に入ったことは確実だが、足取りが途絶えてから時間が経ちすぎている。
「とにかく一度村に戻ろう。もうじき日暮れだ」
ライトの言葉に頷き、ミハルが洞窟の入り口に背を向けたその瞬間だった。ざわりとした不快感に囚われる。
ライトが立ち止まった。
「どうかしたか?」
「う…ううん」
それはほんの一瞬のことで、すぐにその不快感はなくなった。だが、ミハルはこの感覚には覚えがあった。冷たいものが体に纏わりつくような、なんとも言えない居心地の悪さ。
(魔力酔い…?)
オーマの魔法を受けたときにくらべ、極々軽い症状ではあるが、恐らく間違いない。
「…大丈夫、戻ろう」
「ああ。…ずいぶん、冷えてきたな」
二人は来た道を戻り始めた。
村に戻る頃には、太陽はすっかり山の向こうに隠れ、辺りは濃い夕闇に覆われ始めていた。
あまりのんびりしてはいられないと判断したミハルとライトはその足で村長の家を訪れた。
不躾な訪問にも関わらず、二人がスムーズに迎え入れられたのは、対応したのが村長ではなく、その息子、カルマだったからだろう。あれからまだ、村長は目覚めていないらしい。
「…先程はご迷惑を…」
カルマは頭を下げたが、ライトはそれを制した。
「いや、それはもう結構だ。それより…」
先程目の当たりにした現状、「山麓の洞窟」の内部で瘴気が発生している可能性と、その影響による魔獣の活発化について伝える。
「魔獣が増えているという報告は受けていましたが…ダイアウルフまで?まさか…」
「ああ…。ミハル」
「はい」
ミハルが差し出した保存袋の中で、ひしめき合う一角兎の角と、ひときわ大きな牙、そして鋭利な爪の数々を目の当たりにして、カルマは顔色を変えた。
その夜のうちに伝書が飛ばされた。
その中身は、ライトとミハルの名で「山麓の洞窟」とその周辺の状況を報告するものと、シンガ村村長代理から、「山麓の洞窟」周辺および、内部の増えすぎた魔獣の討伐を依頼するものだった。
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